第31話 未来の英雄
かつてシズルは母であるイリーナを救うため、あらゆる文献を読んでいた時期がある。魔術、呪術、錬金術。母の容態を治す手がかりがあるならと神話にまで手を出した。
この世界の研究者たち曰く、すでに何万年も昔の話とされているが、本当にまだ神と呼ばれる存在がいた時代があったというのだ
そしてそれに比例するように、世界には強大な魔物が溢れ、人々はそんな神にすがり厳しい世界を生き抜いていた。
「地球でも神話とかはあったけど……あれは人の願望。それに対してこの世界の神話は、本当にあるものだもんなぁ……」
以前戦ったフェンリルもその一匹であり、神すら喰らったと謳われる化物であったが、目の前のヒュドラもまた当時神を相手に暴れていた化物として有名だ。
その力は首の数だけ強大になると言われており、シズルが見た文献には百を超える首を持つヒュドラによって当時の神々の多くが殺され、大地は死滅した、という話もあるほどだ。
『それに比べて奴の首は九つ。まだ幼体と言ったところであろう』
「幼体って……普通もっと可愛らしいのに使わないかな?」
キングオーガなど他の魔物はホムラたちに任せ、シズルは一目散にヒュドラに向かって飛び出すが、目の前にあるその首一つ一つがシズルたちを丸のみにしてなお余裕のある大きさは、決して幼体という言葉がふさわしいとは思えない。
その九つの首はそれぞれ特性があり、強靭な肉体、圧倒的なまでの再生能力、体内に宿す猛毒。はっきりって、これまで見てきた『普通の魔物』とは一線を画す化物だ。
「まあ、それでも黒龍やフェンリルに比べたら、さすがに見劣りするか」
ある程度近づくと、九つの首から向けられる十八の視線が、一気にこちらに向いてきた。
「どうやらヒュドラも俺のことを敵と認識したみたい」
『ふん、この龍モドキに、格の違いを見せつけてやるか』
「ヴリトラって、相手がドラゴンっぽいのになると妙に気合入れるよね」
黒龍ディグゼリアをベースにして生み出されたせいか、他のドラゴン関係を下に見る傾向がある。もっとも、この世界にヴリトラ以上の力を持ったドラゴンがいるとは、あまり考えたくないが。
『グォォォォォ!』
ヒュドラが九つの首から一斉に咆哮を上げた瞬間、そのうちの三つの首が伸びてきてシズルを喰らおうと襲い掛かる。
「……さてっと! 『雷の斧』!」
それを避けたシズルは両手に巨大な雷の斧を生み出して、その太い首を一閃。 三つの首を刎ね飛ばす。そして残った六つの首を見ながら、シズルは不敵に笑う。
「神代で暴れていた化物ね……相手にとって不足なし!」
『さあ行くぞシズル! いずれ最強に至る我らが実力を、他の者たちにも見せつけてくれようではないか!』
「あれが、シズル様の本気ですか……」
「……す、すげぇな」
エイルとグレイオスはそれぞれ任されたキングオーガを相手取りながら、奥で暴れるヒュドラと、それを相手に一歩も退かずに激しく戦うシズルを見て驚きの声を上げる。
この場にいる人間をすべて丸のみにしてもなお収まらないであろう巨躯に、その身に宿る圧倒的な魔力の奔流は、エイルたちA級冒険者をして死を覚悟してしまうほど強力だ。
少なくともエイルは自分があの場に立って生き残れる自信はなかったし、それはグレイオスたち『破砕』のメンバーも同様だろう。
「あれが、神童と噂の……いえ、一目見ただけでその実力はわかったつもりになっていましたが……あれは想像以上です」
ヒュドラの首はそれぞれ特性があり、火を噴くもの、水や風の魔術を使うもの、猛毒を吐き出すものなど数多の攻撃を仕掛けてくる。
それらをシズルは両手に持った雷の斧を大きく振り回し、弾き飛ばしてしまう。
ただの人間が強大な魔物に挑む。それはまるで英雄の姿であり、神話の一説に出てきそうな光景だ。
「……ああ、畜生。いいなぁ」
グレイオスがその光景を見て呟くのが、聞こえてきた。
そしてその気持ちがエイルには痛いほどよくわかる。
「ええ、あれが、あれこそが我々冒険者の目指していたものなのですから」
迫ってくるキングオーガの心臓に槍を突き刺し絶命させる。この魔物でさえ、もし地上に溢れれば騎士団を動員して命がけで退治しなければいけない強力な個体だ。少なくとも、わずかな時間で村をいくつも滅ぼしてしまう程度には危険である。
だがそれでも、A級冒険者である自分たちなら対処できる。A級というのは、その国における戦いの切り札とも呼ばれるほどに強い者なのだ。
「……ふ、しかしA級が切り札と言うなら、あの方はなんと言えばいいのでしょうか」
再生するヒュドラの首に、普通なら絶望することだろう。どう倒せばいいのか分からず、恐れを抱くに違いない。
だというのに、そんな不死身の化物と対峙するまだ少年とも言える年齢の戦士は、笑いながらヒュドラに向かって行く。心なしか、恐れを抱いているのはヒュドラの方にも見える。
「十二年前、この世界に新しい精霊が生まれたと聞いたとき、私は英雄の誕生を確信した」
この世界が生まれた時からずっと続いた六属性の精霊と魔術。その均衡が崩れ、とある辺境地にて生まれた異才は、きっと世界を変えるだろうとまだ若いエイルは思ったものだ。
そして同時に、きっとこれまで以上の動乱が世界を包むと予想した。
「だからこそ、一人の男としてそんな動乱の渦で成り上がろうと決意し、この槍を握った……そして、私の予想は正しかった」
あれほどの力を持った者が生まれて、世界に動きがないはずがない。今はまだ一地方の中でしか広がっていないその名声も、いずれは世界に響き渡ることだろう。
「シズル様……貴方こそこの世界の中心人物に違いない。ゆえに、叶うならば我が身を傍に置いて、その未来に付いて行くことを……」
王都で神槍とまで称された若手最強とも名高い冒険者は、まだ子どもと言ってもいい年齢の少年に対して羨望の眼差しを向けるのであった。
そしてそれは、その場にいる他の冒険者たちも同じ。
「俺たち『破砕』も、そろそろ先を考えねぇとな」
誰も見たことのない強大な雷という力を見ながら、いずれ世にその名を轟かせるであろう未来の英雄に対して、エイルと同じ思いを抱くのであった。
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【お礼!】
MFブックス様で出版しておりますこの『雷帝の軌跡』が発売して1ヵ月。
1月刊行カドカワ新シリーズ初動売上ランキングにて『第2位』と、非常に好調なスタートを切っていたことが先日分かりました!
https://kimirano.jp/special/new_shinbungei/202101/
これもここまで読んで下さっている読者の皆様のおかげです!
本当にありがとうございます!
書籍版はルキナやイリーナのシーンが大量に増えたり、ホムラが出たりなど、かなりの大加筆を行っておりますので、WEB版を読んで下さった方々も楽しめるように頑張りました!
もし宜しければ一度お手に取って頂けると、作者としても凄く嬉しく思いますので、何卒応援のほど、よろしくお願い致します!
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