第53話 事情説明
アストラル魔術学園は次代の貴族たちが魔術を学ぶための学園だ。
そして同時に、これから先の貴族としての在り方を学び、人脈を作り、将来の自分のために動ける学び舎でもあった。
ジークハルトとの戦いから一夜明け、シズルはユースティアとともにラウンジにやってきていた。
そして今回の事件を起こしたジークハルトを待つも、約束の時間になっても彼はやってこない。
「……」
「……し、シズル。その、ジークハルト様も悪気があるわけじゃないと、思うんだ」
まさかこの期に及んで逃げ出す気なのだろうかと、思わず雷が漏れ出してしまっていると、ユースティアが慌てた様子でなだめに入る。
だがしかし、そんな彼女も自分の言葉に自信を持てていないのか、普段よりも声のトーンがやや低い。
「甘い、甘いよユースティア! あの王子、もう一回くらいひっぱたいてやるくらいしないと!」
周囲には人はいない。さすがにあれだけの大事件が起きた後だ。授業は当然休校となっており、学園内にいるのは極々わずかな人間だけだろう。
「男子はみんな記憶が曖昧。女子はこの事件のせいでショックを受けて寮に引き籠り。ジークハルト様になにか目的があったとしても、やり過ぎだね」
男子生徒たちは相当強い洗脳を受けたせいか、昨日のことはほとんど覚えていないらしい。
中にはエステルという少女がいたということすら曖昧な者もいる始末だ。
とはいえ、さすがに洗脳が解けているらしく、今回の事件を悪魔のせいにしてなかったことにしたいようだ。
「……ジークハルト様は結局、エリーの振りをした悪魔を倒したかっただけなのだろうか?」
「うーん……多分、それだけじゃないと思うんだけど……」
「……私はあの方の考えなど、何一つ理解できていない。情けない……なにが婚約者だ」
「ユースティア……」
それは決してユースティアが悪いわけではない。悪いのは間違いなくジークハルトの方だと、そう思う。
やはりもう一発痛い目に合わせた方がいいなとシズルが内心で思っていると、ラウンジの扉が開かれる。そしてそこからやってきたのは――。
「人の心など、誰も理解できないものだ。お前が気にする必要などない」
「ジークハルト様⁉ それに……」
「くふふー、ごきげんようお二方。相変わらずお似合いのお二人ですねー」
「ノウゲート――っ!」
普段通りの余裕をもった表情のジークハルトと、その腕に絡むように抱き着くエステル。それを見たユースティアは、強く歯ぎしりをして彼女を睨みつける。
「きゃっ、ジーク様ぁ。私怖いですぅ」
「エステル、悪ふざけはそのくらいにしておけ」
「ねえノウゲート嬢? 今度こそ魂ごと吹き飛ばして欲しいのかな?」
「あ、えーと……お二人ともそんなに怒らないでくださいよー。冗談だから、えと、その……ごめんなさい」
ジークハルトの冷たい瞳と、シズルの本気の瞳に圧された彼女はそっとその腕から手を離して、ほんの少しだけ距離を取った。
そんなエステルを睨んだあと、ユースティアは己の婚約者を見据える。
「……ジークハルト様、ここに来たという事は、全てを話してくださるという事で間違いありませんか?」
「ああ。もっとも、私が話せることだけだがな」
そう言いながらシズルたちに近づくと、そのまま椅子に座る。
「そもそも事の発端は、エリーによってあの悪魔、魔界の大伯爵フルフルに召喚されたことから始まった」
「……エリー」
友人が殺された悲しみが、時間をおいて再びやってきたのだろう。ユースティアは一瞬だけ目を伏せて、すぐに顔を上げる。
それを見たジークハルトは、少しだけ嬉しそうな表情をして、続きを語り始めた。
「悪魔フルフルは人の男女間にある感情が大好物な悪魔だ。喰らった人間に成りすましてそのまま生活をしながら、周囲の人間関係を壊していくことを生きがいにしている」
「え? それって……」
シズルはつい先日の話を思い出す。
かつてユースティアの祖先が時の王子とともに戦ったのが、そんな悪魔ではなかっただろうか?
「その様子だと、フォルブレイズも知っているか」
「……ジークハルト様。あのエリーを殺した悪魔は……我が祖先が戦った悪魔だと、そう言うのですか?」
「その通り、大悪魔フルフルはかつて王家とラピスラズリ家が初めて婚約した、聖女伝説に出てくる悪魔そのものだ」
「――っ⁉」
まさか今回の事件がそれほど昔が関わってきていたとは思わず、驚きを隠せない。
なにせユースティアの祖先が王家に嫁いだ聖女伝説といえば、千年以上も昔の話だ。だというのに、今この時代において再び同じ悪魔が現れるなど、思うはずがなかった。
だがジークハルトはそれこそが真実だと言う。
「私はエリーが偽物だとすぐに気付いた。だがしかし、この身は所詮ただの学生。かつての伝説を知っている身としては、とても敵う相手ではないと思い、そして……」
「呼ばれて出てきたのか私でーす」
「……と、いう訳だ。悪魔には悪魔を。とはいえ、このエステルもフルフルに匹敵する悪魔ゆえ、代価が必要だった」
シズルは思わず前世の悪魔を思い出す。彼らにとっての代価といえば、まず一番最初に思い浮かぶのが魂の譲渡、他には寿命など、とにかく召喚者の命に関わるものが多い。
「まさか……」
「ふ、フォルブレイズ。お前が何を想像しているのかはわかるが、まあ落ち着け。エステルは悪魔のくせに、私の命などまったく興味などなかったよ」
「だって人間の魂なんて、別に美味しくないですしー。あ、ちなみに私は人間の嫉妬とかが大好物なのです」
「……嫉妬?」
ユースティアがぽつりとそう零す。そして何かに気付いたように思わずエステルを見ると、彼女は相変わらず嫌らしい笑みを浮かべて笑っていた。
そしてシズルも彼女のその言葉を聞いて、今回の事件の顛末を、ようやく理解し始める。
「……つまりジークハルト様は、エステルっていう悪魔の代価を支払うために、こんなことを?」
「そういうことだ。なにせエリーに成りすました悪魔は狡猾にして強大な力を持っていた。せめてフォルブレイズのことを事前に知っていればと思わなくはないが……」
「それ知ってたら私、召喚されなかったじゃないですかー」
そうして、ジークハルトはこれまで行ってきたことを順番に語っていく。
学園に来る前からすでになり替わっていた悪魔を倒すため、力を欲したこと。その結果現れたのがエステルだったこと。
エステルは極上の嫉妬を食べさせてくれるのなら協力すると言い、そうして学園での行動を許したこと。
「あとはお前たちも知っての通りだ。エステルはその力を駆使して学園中の男を誑かし、女子生徒たちから嫉妬の感情を喰らっていった。そのおかげでフォルブレイズとも戦える力を得た、というわけだ」
「とっても極上の嫉妬、ご馳走様でーす」
あとはエリーの正体を暴くことだけがネックだった。
なにせいくら王子とはいえ、さすがに伯爵家の令嬢をいきなり斬り捨てるわけにはいかない。
とはいえ、あの臆病で狡猾な悪魔は、シズルという化物がいる間はそう簡単に正体を現さないことはわかっていた。
このままでは埒が開かないうえ、気付いたときには手遅れになる可能性がある。ゆえに、ジークハルトはエステルの性質を利用することにした。
すなわち、生徒たちの感情をフルフルに操られる前に、こちらである程度の方向性を決めてしまうことを。
「あの悪魔は男女間の感情を操作する。それによって学園の人間関係が壊される前に、こちらである程度操作してやれば、いずれは強行突破に出ると思ったからな」
シズルは以前エリーがエステルを刺そうとしたことを思い出した。
あの時は単にミディールを奪われた嫉妬からの行動だと思ったが、実際は学園で自分の邪魔をするエステルを排除することが目的だったらしい。
フルフルからすれば、シズルのような明らかに化物な力を持った相手ではない、ただの女子学生が自分を邪魔している。相当苛立っていたに違いない。
「つまり、ジークハルト様は一貫して王国のために動いて下さったと、それで間違いないのですね?」
ユースティアの言葉に、ジークハルトは薄く笑うのみだった。
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