第6話 許可

「ねえマール。俺の聞き間違いじゃなかったら、ダンジョンに行ってもいいって聞こえたんだけど?」

「え? あ、はい。そう言いましたよ」


 シズルは考える。これはいったいどういった罠だろうかと。


 今回の件は、シズルとホムラの二人がダンジョンに行きたいということから始まった。


 そうしていつもの通り脱走したのだが、その過程でイリスを連れてきてしまったのはシズルにとって誤算である。


 そのせいでローザリンデが怒りながら追いかけることになり、こうして追い詰められる一端となったのだから。


 とはいえ、そもそもイリスの件がなければローザリンデが追いかけることはなかったかと言えば、そんなことはない。


 なにせ、彼女はフォルブレイズ家におけるホムラ担当なのだ。


 ホムラがなにかをしたら、それを躾けるのはローザリンデの役目である。


 そこに本人の自覚あるなしなど関係なく、フォルブレイズ家では周知の事実であった。


 ちなみに、当面におけるシズル担当はマールである。


 ここ最近はエリザベートがユースティアにその役目をやらせようと教育しているようだが、今のところシズルに振り回される方が多いので、要修行といったところだろう。


「……」


 さて、ここで一つ疑問が発生した。


 シズルはマールがやって来たのは、自分たちを連れて帰るためだと思っていた。


 だというのに、そんな彼女がダンジョンに行ってもいいと許可を出した。これはなにか裏があるとみて間違いない。


 警戒した様子でマールを見ると、彼女は少し困った顔をする。


「……なにか変な風に疑ってませんかシズル様?」

「そ、そんなことないよ」


 ふと隣を見ると、ホムラに間近で迫られていたローザリンデがベッドに倒れていて、その上をホムラが覆いかぶさるようになっていた。


 どうやら何かしらのラブコメ的なハプニングが起きているようだ。


 ちなみに、イリスはあとから入ってきたヴリトラを抱えながら、そんな姉とホムラを見て顔を真っ赤にしていて微笑ましい。


「いや、そんなことより、今はこっちだ」


 他人のラブコメよりも今は自分のことである。


「ねえマール、ダンジョンに行ってもいいって、どういうこと?」

「どうせシズル様たちは無理やり連れて帰っても、また脱走するか変なこと考えて余計なことをするに決まっているので、奥様から許可を頂いてきました」

「……」

「……」


 自分が黙り込むと、マールはにっこりと笑う。


 まったくもって信用されていないことにシズルも思うところはあるが、しかしその予想通りの結果になるだろうことは間違いないので、何も言えなかった。


「じゃあマールたちがやって来たのは……」

「私はシズル様たちのお世話をするためですねー。ローザリンデ様はお二人の護衛兼、監視役です」

「……さすが義母上。よくわかってくれてるね」

「ええ、それはもう。なにせお二人をここまで育てた第一人者ですからねー」


 少々気になる部分も多いが、思ったよりも普通に許可が出たことに、『とりあえず』シズルは嬉しく思うことにした。


 これで無理に脱走する必要もなく、思うがままにダンジョン攻略をすることが出来るのだから、ここで不満を顔に出すわけにはいかないだろう。


 もちろんその分、なにかがあるのだろうが、今だけは見ない振りをしておきたい。なぜなら、きっともう手遅れだから。


「あ、ちなみに帰ったら大変なことになるかと思いますけど、そこは覚悟しておいてくださいね」

「……た、大変なことって?」

「内緒でーす。お二人とも、言っておきますけど拒否権は一切ないそうですから、ここで聞いても意味ありませんしねー」


 先ほどからニコニコと、怪しげに笑う仕草が怖すぎる。いったい帰ったら自分たちはなにをさせられるのか。


「心の準備くらいはしておきたいんだけど……」

「駄目でーす」


 取り付く島もない、とはこのことだろう。マールは怪しげに笑うだけで教える気は一切ないようだ。


 そんな彼女を怖く思いながら、自分の心を誤魔化すため、少し離れたところでローザリンデから同じような説明を受けているホムラを見る。


「……?」


 なぜか気が付けばその頬には赤い紅葉マークがついており、ちょっと目を離した隙にいったい何があったというのだろうか。


 そしてイリスを見ると、両手で目を隠しながらも指だけ開いて、そのクリッとした丸い瞳でしっかり二人の様子を窺っていた。


「ま、いいや。とりあえず許可が出たってことは俺らは自由ってことだよね?」

「はい。必要なモノがあれば私に言ってくだされば準備しますので、存分に」


 それはなんて至れり尽くせりだろう。


 マールはエリザベートから戦闘メイドの教育を受けた若きエースだ。


 特にその情報収取能力は素晴らしい成績を残したというし、なにより彼女が傍にいてくれるだけで色々な面でサポートしてもらえる。


 自分はダンジョン攻略に専念できると思うと、本当にありがたい存在だ。


「ちなみに、期間はどれくらいなのかな?」

「お二人が満足するまで、好きなだけやりなさい、という伝言を奥様から承ってます」

「なにそれ怖い」


 シズルは今回の件のあとに待っているであろう、エリザベートの命令がとても怖くなった。


 まるで最期の晩餐を食べる聖職者、もしくは最期に美味しいものを食べさせてもらえる家畜の自分たちを想像してしまう。


 致せりつくせりも度が過ぎれば、恐怖に変わることを初めて知ったシズルであった。


 そして隣を見れば、なぜかモジモジと女の子らしい態度を取るローザリンデと、ちょっと焦った様子のホムラ。


 普段は凛とした姿を見せる彼女だが、どうにも様子がおかしい。


 イリスを見れば彼女もなぜローザリンデがそんな態度を取るのかわからないらしく首を傾げている。


 ホムラはホムラで、普段見せない彼女の姿に戸惑っているようだ。


 いったい自分が見ていないわずかな時間でなにがあったというのか。正直気になって仕方がなかった。


「あ、ちなみにですけど。奥様はシズル様とホムラ様が脱走したことを許してはいないそうですよー」

「……マール。俺、十年くらいダンジョンで頑張ろうかと思ってるんだ」

「もしそんなことをシズル様たちが言われたら、『別にそれでも構わないですが、ちゃんと定期的に帰るように』とのことです」


 まるですべてお見通しと言わんばかりに先回りするエリザベートに、自分は一生頭が上がらないだろうなと思う。


 さすがは魑魅魍魎が跋扈する王宮の中で、圧倒的な政治手腕とその意思の強さから戦乙女と呼ばれるだけのことはある。


 自分は逆に、できる限り貴族関係には近づきたくないと思うので、そう言う部分は本当に尊敬するものだ。


「とはいえ、全部ルキナに任せるわけにもいかないもんなぁ」

「そうですよ。だから最近ずっと頑張ってたんじゃないですか」

「……うん」


 エリザベートとユースティアから色々教わってきたことは、自分がこれまで勉強をサボってきたツケでもあった。だからこそ大変だったし、ストレスにもなった。


「まあ、だからって脱走していい理由にはなりませんからね」

「おっしゃる通りです」


 ニコニコ笑うマールから感じるプレッシャーを前に、思わず丁寧な言葉遣いになってしまうのは、仕方がないことなのであった。


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