第19話 とても厳しい公爵令嬢
シズルがユースティアと共に行動し始めてから一週間。その間、成果らしい成果はあまり得られなかった。
クラス内で孤立気味のシズルにとって、情報収集というのは最も苦手な分野だ。
だというのに、魔術の鍛錬の時間を削って成果の出ない日々に、シズルのストレスは溜まり続け、苛立ちを隠せなくなっていた。
「もう学園全部ぶっ飛ばしたい……」
授業が終わり、ラウンジに集合することが日課となったシズルは、机に突っ伏した状態でそんなことを呟く。
その言葉を聞いたユースティアがぎょっとした表情でシズルを見た。
「お、おい。物騒なことを言うな。お前が言うと冗談に聞こえないんだぞ!」
「でもラピスラズリ嬢……そもそもこの調査に俺いります?」
「う……」
シズルの言葉を聞いたユースティアが言葉に詰まる。
その態度だけで自分が如何に役に立っていないかがわかってしまい、シズルのテンションはさらに落ち込むのであった。
「……もう殿下に言って止めさせてもらおうかな」
「こ、こら。そんな子どもみたいなことを言うな。もう少しだけ頑張ろう、な?」
まるで手のかかる息子か弟を相手にするようなユースティアに励まされ、流石に大人げないかと理解しつつも、気持ちを切り替えることが出来ないでいた。
とはいえ、これ以上精神的に年下の少女に気を使わせるのも悪いと思い、顔を上げようとしたその瞬間――
「おいシズル!」
「あ、ミディール」
赤茶色の髪を揺らし、怒った様子のミディールが勢いよくラウンジへと入ってきた。
「あ、じゃない! お前いつまで僕を放っておく気だよ!」
「いつまでって、まあ事件が解決するまで?」
「解決させる気あるのかって聞いてるんだ!?」
それはまるで自分がやる気がないとでも言いたげな発言だ。まったくもって失礼であると、シズルは思う。
確かに今この瞬間だけを見れば自分はやる気がないように見えるだろう。何せテーブルにうつ伏せになり、まるで怠け者のように茶菓子を食べているのだから。
だがこれでも先ほどまでは真面目にやってきたのだ。やってきて、まったく成果が上がらないからちょっといじけていただけである。
「……あるに決まってるじゃないか」
「だったらまずそのだらしない態勢をどうにかしろよ! 事件が進展するまでは鍛錬を待って欲しいっていうからこっちは待ってるのに、なんだこの状況は!?」
以前ミディールと鍛錬の約束をしていたシズルだが、結果的にその約束が果たされることはなかった。
というのも結局、この事件の手がかり一つない状況で動かなければならないため、ミディールにかけられる時間がなかったからだ。
これは確かに自分の責任である。それはわかっていたが、だからと言って別にサボっているわけじゃないのに怒られると、少しばかりテンションが下がる。
「おいミディール。フォルブレイズだって一応少しは真面目にやっているんだ。あんまり責めたら可哀そうだろう」
そんな自分を見かねたのか、ユースティアが庇う様に言い返してくれる。
いいぞもっと言ってくれ、と内心思っていると、ミディールはすぐさま反撃に出た。
「甘い! ユースティア、前から一つ言おうと思っていたんだけど、君は人に厳しくする振りしながら何だかんだで甘すぎる! そんなんだからこいつも駄目になるんだ!」
「う……」
「君が甘やかすと大体のやつは自分に甘くなるんだ! こいつみたいに! こいつみたいに!」
「二回も言わなくてもいいじゃないか」
とはいえ、シズルも実は内心思っていたことだ。
このユースティアという少女、人にも自分にも厳しく接しているように見えて、実は人に対して滅茶苦茶甘い。
へこんでいるとすぐに気づいて励ましてくれるし、決して否定はせずに色々と世話を焼いてくれる。
普通ならもっと努力しろというべき所であっても、彼女は何だかんだで色々とサポートもしてくれた。
とても公爵令嬢とは思えないほど気が利くし、ついシズルもそんな彼女に母性を感じて甘えてしまっていたほどだ。
だがどうも、ユースティアにはその自覚がないらしい。凛とした表情でミディールを睨むと、はっきりと言う。
「そんなことはない。私は誰に対しても厳しく接しているからな」
「「それはない」」
「なっ!? というか何故フォルブレイズまで!? 私はお前に相当厳しく当たっているはずだ!」
まるで裏切られたと言わんばかりに目を見開く彼女には申し訳ないが、とても厳しくされた記憶はなかった。
「厳しくされてるのかい?」
「正直めちゃくちゃ甘やかされてる」
「ほら見たことか! 君は自分の行動を顧みた方がいい! 周りにいるほかの令嬢たちは完全に君に依存してファンクラブまであるくらいなんだからな!」
「うぅ……」
ミディールが声を荒げてユースティアを糾弾するものだから、彼女は言葉に窮しているようだ。
しかしよくよく考えれば、彼女が今責められる理由はない。
悪いのはやる気を出せないでいる自分だ。だから責められるのは自分であるべき。そう思うが、ミディールに責められるのは何となく嫌だった。
「ラピスラズリ嬢、すみません。俺がちゃんとやってなかったからなのに」
「むぅ……そもそも私は厳しくしている」
どうやら納得できないらしく、彼女は年相応に拗ねた様子を見せる。普段は年齢に見合わず大人らしい彼女のそんな姿はとても愛らしいものだった。
「うんそうですね。ラピスラズリ嬢はとっても厳しく色々と支えてくれますもんね」
「あ、おいシズル! お前ここで裏切る気か! そんなことを言ったらいつまで経ってもこいつは反省しなうごぉ」
「おっと大丈夫? なんだ体調が悪いんだったらそんなに無理しなくても良かったのに」
ミディールの言葉を最後まで言わせないよう、隙だらけのボディに拳を突き刺す。そのまま膝を付きそうになる彼を支えると、シズルはワザとらしく声を上げた。
「おいミディール大丈夫か?」
「……お、おまえ……絶対に許さない、からな……」
心配そうに声をかけるユースティアを無視して、ミディールは途切れ途切れの声で呪詛を吐く。しかしその言葉を最後まで言い切ることが出来ず、そのまま気絶した。
「ああ、どうやら疲れてたみたいだね。そしたらラピスラズリ嬢、俺は彼を男子寮まで連れて帰るから、今日はここまでにしましょうか」
「あ、ああそうだな。ミディールのこと、よろしく頼む」
「うん、本当に将来が心配になるくらい人がいいね。任されました」
彼女は疑う心を知らないのか、その人の好さを心配しつつミディールを背負う。
「ああそういえば、ミディールに敬語を使っていないのだな。だったら私にも普通に話していいぞ。その方が自然に見えて好感が持てる」
「そしたらラピスラズリさん?」
笑顔でそんなことを言うので、シズルは少し躊躇いがちに家名を呼ぶと、彼女は首を横に振る。
「ユースティアでいいさ。その方がお前も話しやすいだろう?」
「うん、そしたらユースティア。今日はここでお開きだけど、明日から俺もっと頑張るから」
「ああ、期待してるぞシズル」
そう言って別れた彼女の笑みを思い浮かべながら、明日はちゃんと頑張ろうと思うシズルであった。
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