第18話 倒さねばならぬ敵

 様々な思惑の籠った視線を受けながら、シズルはユースティアと共にラウンジへと辿り着いた。


 ここは先日ジークハルトから依頼を受けた個室のため、煩わしい視線もなく、ようやく一息つけた気分だ。


「さて、まずは状況をまとめようか」

「そうですね。正直俺は、殿下の言う学園の敵とやらが本当にいるのかさえ半信半疑なんですけど」

「……ふむ。まあそうだろうな」

「あれ?」


 ジークハルトを疑うような言動をした事に対し、てっきり怒られるかと思ったシズルだったが、思いのほかあっさりと肯定されてしまい拍子抜けしてしまう。


「どうした?」

「いえ、正直怒鳴られるかと思いました。ジークハルト様のお言葉を疑う気が下郎! みたいな感じで」

「なるほど、お前が私をどう思っているのか良く分かった」

「ごめんなさい」


 笑顔は敵を威嚇するためにある、と言ったのはどこかの動物学者だっただろうか? ユースティアの笑顔は明らかに怒りが込められていて、普段の時よりも数段怖かった。

 

「まったく! 冗談はそこまでにしておけよ!」


 ユースティアが腕を組むと、同年代の中では明らかに大きな胸が強調されて思わず視線がそちらに向いてしまう。


 とはいえ、流石に今ここでそれがバレれば先ほどの比ではない怒りを受けること間違いないので、シズルは慌てて顔を上げた。


「どうした?」

「何がですか? どうぞ続きを」


 シズルの不自然な態度にユースティアが首をかしげるが、何食わぬ顔をして続きを促す。


「……まあいいか。さてフォルブレイズ。お前に一つだけ言っておくことがある」


 そう前置きをしたユースティアはまるで過去を思い出すように一呼吸を入れると、再び言葉を紡いだ。 


 ――ジークハルト様が言うのであれば敵はいる。それだけは間違いない。




 ユースティアと別れたシズルは、考えごとをしながら学園の廊下を歩いていた。


「殿下が言った以上、敵は必ずいる、か」

『面白くなってきたではないか』

「面白くないよ。俺は魔術師として強くなりたいだけで、学園のいざこざに巻き込まれたいわけじゃないんだからさ」


 学園生活を退屈に感じていたのだろう。ヴリトラは好戦的に声を上げるが、シズルからしたら迷惑極まりない話である。


 何せ敵、と言われてもどんな相手なのか、目的すら分からない状態なのだ。


 これが明確に強い敵だとわかっていればシズルとしてもやる気が増すというものだが、現状は裏でこそこそ隠れて何かをやっている相手にテンションなど上がるはずもなかった。


『なんだ、戦いに飢えているのであればあの水色の女を襲えばいいではないか』

「言い方が悪い。本当に最近マールの変な本に影響され過ぎだよヴリトラ」

『人が作り出すモノは中々面白いな』

「他にもっと面白いものあるんだけどなぁ」


 これはヴリトラの教育方針でマールとは話し合わなければならないと思う。


 悪影響を与えそうな本は全部没収したはずなのだが、気が付けば部屋に増えているのは間違いなく彼女の仕業なのだから。


「まあそれはそれとして、流石にあの子に近づく気はないよ」

『む? 何故だ?』

「あー……なんていうか、どうにも生理的に無理」


 酷い言い方かもしれないが、彼女を見ているとどうにも背中がゾクゾクするのだ。たまに見られているのは知っているのだが、その視線は決して恋慕とは違うのだけは分かる。


 ありていに言えば、獲物を狙う獣のような、そんな雰囲気を感じるのだ。


『ほぉ。我には分からん感覚だな』

「別に弱い振りをしてるのも、男をとっかえひっかえしても全然構わないんだけどさ。どうもあの子を見ていると……」


 それ以上は言葉にしなかったが、ヴリトラには伝わったらしく少し緊張した様子を見せる。


『……シズル。魔力が漏れているぞ』

「っと、マジか。ごめんね」

 

 知らず知らずのうちに出ていた雷の魔力を意識的に抑えながら、少しだけこの状況に驚く。


 赤ん坊の頃から魔力の制御を続けてきたシズルにとって、無意識に魔力がこぼれるなどほとんどあり得なかったことだった。


 それだけ彼女に不快感を覚えていたということだろうかと、不思議に思う。


『それで、あのおなごを見ていると、どうなのだ?』

「うん……なんていうか倒さないといけない敵な気がして仕方がないんだよね」

『ほう、それは面白い。ならばやはり――」

「敵対はしないよ。さっきも言ったけど、出来る限り近づきたくないんだ」


 例えるなら、トイレに出てきた黒いアイツのように、ただそこにいるだけで嫌悪感を覚える存在だろうか。


 つい先日まではそこまで思わなかったのだが、どうにも意識をし始めるとどんどん苛立ちが増していく。


『だが、どうやら向こうは待ってはくれんらしいぞ』

「えっ? あ……」


 シズルの歩く先に、一人の少女が窓の外を眺めていた。


 差し込む夕日に照らされた水色の髪はまるで妖精が舞っているかのように美しく、ほほ笑む瞳はまるで宝石のようにきらめいている。学園の男が彼女に夢中になるのも、わからないではない。


 もっとも、それがシズルに当てはまるかといえば、全くそんなことはないのだが。


「くそ、ミスった」


 魔力の制御が甘くなったせいか、その気配に気付くことが出来なかったのは失態である。


 改めてしっかり見ると、彼女の視線はこちらを向いていないが、その意識は間違いなく自分に向いている。


 どうやら待ち伏せていたらしい。悩みを抱えているような表情で哀愁を漂わせているが、彼女がそんな玉ではないことをシズルは気付いているのだ。 


 とはいえ、わざわざシズルが相手をしなければならない理由などなかった。


『どうする?』

「無視する」


 シズルはあえて視線を合わさず、その歩みを少しだけ早めた。そうして彼女の横を通り過ぎようとしたその時、彼女はまるで今初めてシズルに気付いたと言わんばかりに顔を上げた。


「あ、フォルブレイズ様!?」


 そして凄まじい速度で動くと、シズルの腕を掴んで涙目で見上げてくる。


「どうか、どうかお話を聞いてください! 実はご相談が――」

「嫌だ。誰か知り合いにでも聞いてもらって」

「……え?」


 彼女の明らかに常人を超えた腕力で掴まれた腕を、こちらも魔力で強化して一気に振りほどくと、そのまま彼女が追いつけない速度で学園の廊下を走り出す。


「――イズ様っ」


 背後から少女の声が聞こえてくるが、それを聞こえないふりをしながらシズルは絶対に関わりたくないと言わんばかりに、全力で駆け抜けるのであった。

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