第17話 胸騒ぎ
一夜明け、授業を終えたシズルは、戸惑いながら女子生徒たちに囲まれたユースティアの下へと向かう。
上流クラスとはいえ、一か月も経てばクラス内でもグループやカーストが出来終わる頃だ。
男性側のトップにもちろんジークハルト。彼とミディールがともに行動をしている以上、これ以上のグループは出来ないだろう。
ちなみにシズルはカースト的には上位に思われているが、遠巻きに眺められているだけである。
そしてこちらの方が重要なのだが、女性はユースティアとルキナをトップとした派閥で二分化されている。
比較的落ち着いた令嬢たちはルキナの傍に、明るく元気な令嬢たちはユースティアに付いているようにも見えた。
とはいえ、普通の学園と違い、それぞれが権力を持っているためどちらが一概に強いかとは言い難い。
例え大人しくとも、家に権力がある少女は発言力が強いからだ。
昨夜の様子を見る限り、トップ二人の相性は決して悪くないだろう。良くも悪くも表裏のない二人であるし、本人同士が敵対することは恐らくないと思う。
油断は禁物なのである。
彼女たちに近づいている少女グループがそのまま親などの派閥に影響している事を考えると、笑顔で話しているその裏で何を考えているのか、怖くて想像したくない。
「あー、ラピスラズリ嬢。それじゃあ行きましょうか」
「ああ。それではみんな、今日はこれで失礼する」
シズルがユースティアに話しかけた瞬間、彼女たちから恐ろしい視線を感じてしまうのは、決して被害妄想ではないはずだ。
ルキナの婚約者である自分がユースティアに話しかける。それだけで政治的に関心を持たれてしまうのだから、貴族世界というのはとても疲れるものだった。
「お前はもう少し堂々と出来ないのか?」
「いや、なんというかあの視線が凄く疲れるんですよ」
「私やミディールの言葉を一刀両断した男とは思えんセリフだな」
「それとこれとは違うんです」
二人で学園の廊下を歩いていると、すれ違う女子たちが次々と目を見開き、そしてまるで女の敵のような雰囲気でシズルを睨んでくる。
ルキナと歩いている時にはなかった視線だ。無性に婚約者の下へと戻りたい症候に駆られてしまった。
「ふむ、しかし確かに少しばかり違和感を覚えるな」
「え、何にですか?」
「女子たちにだよ」
その言葉にシズルが首をかしげる。
「ルキナの婚約者である俺が、敵対派閥の令嬢と一緒に歩いているからじゃないんですか?」
「ハァ……その言葉だけでお前が貴族社会の事を全然わかっていないのがわかるな」
「んん?」
呆れたようにジト目で見てくるユースティア曰く、自分とシズルが一緒にいるだけでこれほど敵意を向けられる理由はないとのことだ。
いくら敵対派閥とはいえ、表面上は学園という場所は治外法権である。少なくとも誰と誰が付き合っていようと、周囲から咎められる理由はない。
何せ、例え敵対派閥であってもどこかのタイミングで手を握り合わなければならない時はあるのだ。
その時に個人的な友好があるのとないのでは、領地の運営に変わってくる以上、例え派閥が違っても裏では繋がっているなどざらにある話でもある。
「その辺り、どの家でも事前にしっかり伝えられているはずだ」
「そうなんですか?」
「ああ、お前も……うん、お前の家はあまり言われなさそうだな」
実際、言われていなかった。その代わり義母である侯爵夫人による徹底的なハニートラップ講座は受けたせいで、この学園の女子を見る目は怖くなったのだが。
「じゃあ何であんなに睨まれてるんですか俺?」
「むぅ……それはわからん。つい先日までも会話くらいはしていたが、その時はこんなに睨まれることもなかったしな」
「ですよね」
女子生徒が通り過ぎる度に睨まれるせいで、何故か凄く悪いことをしている気分になってしまう。
「はぁ、仕方ない。本当は歩きながら調査をしようと思ったが、これではいつ変な噂になるかわからん。とりあえずラウンジで方針を固めよう」
そう言って早足で歩くユースティアに付いていく。
「ん?」
不意に他とは違う視線を感じたのでそちらを見ると、遠く離れたところで水色の髪を伸ばした少女がこちらを伺うように見ている事に気が付いた。
その表情はずいぶんと嬉しそうで、その笑い方に妙な悪寒を感じてしまう。
いったい何がと思った所で、彼女の気配が異常に薄い事に気が付いた。どうやら相当気配を消してこちらを見ているらしく、他の生徒の視線に入っていない。
何故こんな学園の中であのような行動を、と思っていると隣のユースティアに肩を叩かれる。
「どうしたフォルブレイズ?」
「いえ、あそこの……」
シズルが指を差そうとした先にはすでに少女はいなかった。
「誰もいないが……?」
「ええ、どうやら俺の気のせいだったみたいです」
「おい大丈夫か? もし女子たちの視線が気になって疲れているなら、今日は休んでもいいんだぞ?」
「大丈夫ですよ。さ、早く行きましょう」
そう言って歩き出しながら、妙に視線に入ってくるあの少女が何者か、シズルは妙に気になった。
学園に似つかわしくないほどの実力を持ちながら、その力を振るうことなく生活をしている少女。
学生を超えた、という意味であればジークハルトもだが、彼はどちらかと言えばその力を隠してはいない。
すでに上級生も含めた多くの者が、彼の実力が噂以上出あったことを知ることになったものだ。
だがあの少女は未だ、その強さを見せることなく学園に紛れ込んでいる。
それが妙に不自然で、シズルはどうにも嫌な胸騒ぎを抑える事が出来ないでいた。
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