第7話 貴族の恋愛

「ところで王子と一緒に座ってるあの男子生徒、どっかで見た事ない?」

「クライシス様のことですか? もちろん同じクラスなので見覚えはありますけど……」


 王子と同じテーブルに座る赤茶色の髪を肩まで伸ばした男子、ミディール・クライシス。


 土の魔術の名門、クライシス公爵家の三男で、祖父は現在王国の大将軍を務めているエリート中のエリートだ。


 本日授業が始まる前、改めて自己紹介があったのでその名前はシズルも覚えていた。ただし、シズルが覚えていたのはそう言った理由だけではない。


「そうじゃなくて……ほら昨日の夜の」

「……え? あ! あれ?」


 ミディールは先日池にある休憩所にいた男女の片割れだ。ということはもう一人の女子生徒がその片割れがその相方の可能性が高いのだが、先日見た女子生徒と違い髪の毛はそんなに長くない。


 そのことに気が付いたルキナも不思議そうな顔をしている。


「……一緒に座ってる人って、クランベル様ですよね? 伯爵家で、クライシス様の婚約者の」

「うん。さっきの自己紹介でそう言ってたからね」


 ルキナが複雑そうな顔をしてる。


 ここで問題なのは、あそこのテーブルに座っている女子生徒がミディールの婚約者であり、そして先日の夜の逢引には違う女性がいたということだ。


「……手が早いなぁ」

「むう……」


 ここであえて否定しないのは、ルキナも貴族としての教育を受けてきたからだろう。


 三男とはいえ公爵家は王家の血すら入っている王国トップの名門貴族。もちろん伯爵家も名門には違いないが、家格に関してはどうしても落ちるものだ。


 公爵家の男児ともなれば、次世代に己の血を残すのは義務でもある。そう言った意味でも、婚約者がいる事とは別に恋人がいるというのは悪いことではない。


 ルキナ自身、シズルが将来的に他の女性と契りを結ぶことは、初めて出会った時から分かっていたはずだ。実際、それをほのめかす言葉も言っていた。


 とはいえその辺りを割り切れるかと言えば、当然ながらそんなわけがない。


 ましてやまだ十二歳の子供にとって、そのような状況が好ましいと思うわけはないだろう。


「クランベル様は知っているんでしょうか?」

「どうだろうね。彼女も貴族だから知ってるかもしれないけど、知ってたらもう少し態度に出てるんじゃないかな」


 クランベル伯爵家と言えばフォルブレイズ侯爵家と同じ火属性の名門貴族。もちろん親の関係で一族全員が同じ属性になるわけではないが、それでもやはり血は争えないもので同じ属性になるパターンは多い。


 遠目から見た限り、意志の強そうな瞳にピンクに近い赤髪をポニーテールにした勝気そうな性格から、火属性っぽいなとは思った。


 もっともフォルブレイズ家には女児がいないため、火属性の女性を見たことがないのだが。


「学園の遊びとして手を出したのか、それともその後まで続いていく関係にするつもりなのかわからないけど、そういうのってあんまり好きにはなれないなぁ」

「……別にシズル様も、私に気を使わなくていいんですよ?」

「そんな顔をして言っても説得力ないよ。それに今の所、ルキナ以外をなんて考えてないから安心してよ」


 元々が日本人だから、という理由もないとは言い切れないが、そもそもルキナを傷付けたくないし不安にもさせたくない。


 自分から他の女子に色目を使うつもり欠片もないシズルはその辺りをしっかり伝えると、ルキナは少しだけホッとした様子を見せる。


「でもそっか。学園だとそういう可能性もあるんだね」

「はい。学園側も多少、その辺りは黙認するってお父様が言ってました」

「へ、へぇ……」


 その発言は際どくないかな義父上様、と思わずにはいられなかった。幸いルキナは気付いていないようだが、もしかしたら彼もまた、学園での一時を過ごしたのかもしれない。


「だけど、うーん……学園側に黙認するメリットってあるのかなぁ?」

「メリットというより、デメリットが大きいみたいですよ。どうせ若い子ども達は規制しても勝手に色々やる。しかも止めようとするとより燃え上がるのだから、好きにやらせた方がまだマシだ。何より、権力のある子どもはややこしい、というのがお父様の話でした」

「な、なるほど」


 確かに権力のある子どもが好き勝手するのを止めて、被害を受けるのは学園側だ。実際今年度などは王子までいるのだから、教師たちもかなりピリピリしている事だろう。


 そして大人たちはこう思っているのだ。しょせん学園での恋愛などおままごとの延長。いつまでも長続きなどしないし、貴族の事を学んでいくうちに段々と本当に大切なのが何なのかに気付くだろう、と。


「その内、真実の愛がどうとか言い出さなければいいけど……」

「何のことですか?」

「ん、いやこっちの話。ただ子どもの恋愛だと思って甘く見ていると、学園も痛い目に合いそうだなぁって思っただけだよ」


 実際問題、恋愛だけが目的でない相手もいるだろう。


 単純に権力や金銭目的で取り入る者もいれば、敵対派閥やライバルの家へのスパイの真似事、男女の関係を利用した行動理由は多岐にわたる。


 その辺り、王子であるジークハルトはもちろん、あそこで楽しそうにしているミディールも注意しなければならないはずだ。


「なんか嫌な予感がするなぁ」


 シズルは前世の記憶を思い出す。こういった貴族が集まる学園の恋愛といえば、定番の物語が存在した。


 元々平民だったり、下級貴族が王族や上流貴族の婚約者を押し退けてその座に座ると言う、俗に言うシンデレラストーリーだ。


 そういった物語では大体の場合、元々の婚約者が不遇な目に合うことが多い。


 もちろんこの世界が物語とは違うと理解しているが、それでも心配に思わずにはいられなかった。


「いっそのこと、全部力づくで解決出来るなら楽なんだけどね」

「だ、駄目ですからね! そういう事言うのも駄目です!」

「ごめんごめん。もう言わないよ」


 とはいえ、先ほどの発言はシズルにとっての本音だ。


 貴族社会とは厄介で、自分よりも上位の家柄というだけで逆らい辛くなる。もちろんシズルは例え相手が王族だろうと、納得できない事はするつもりはないが、普通の生徒では難しいだろう。


 これが強大な魔物が相手であれば、雷で焼き殺すだけで済むのだが流石に学園でそういうわけにはいかない。


 特に、受けるつもりのない好意の視線を無視し続けるのは、シズルの精神衛生上あまり良くはなかった。


 流石にシズルは有名なのか、この学園にやってきてから女子生徒の視線を感じることが多い。ただでさえ普段の鍛錬のおかげで気配に敏感なシズルは、それがどういった類の視線なのかも理解している。


 そういう事情もあり、出来る事ならあまり一か所に留まりたくはなかった。


「そろそろ行こうか」

「はい。この後はどうしますか?」

「うーん……とりあえず学舎と敷地内をぐるっと回ろうかな。出来れば朝と夜、鍛錬できる場所も見つけたいし」


 シズルは感じる視線に関心を示さない振りをしながら、ルキナの手を握って歩き出す。そうすると彼女は嬉しそうに、その手をぎゅっと握り返してくれた。


 こうすることで少しでも自分たちの仲を見せつけて、諦めさせる作戦だ。


 ただそれだけではなく、単純にルキナと手を繋ぎたい。そんな男の欲望が混じっていないかと言えば嘘になるシズルであった。



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