第6話 政略結婚

 先日のパーティーから一夜明け、アストラル魔術学園ではついに魔術の授業が始まった。


「このようにして、貴族は精霊と対話をすることで魔術が使えるようになるのです」


 教壇の立つ紅い髪の女性教師が黒板を使いながら授業を進めていく。


「魔術を使用するには、己の魔力を代価として精霊から力を借りることが必要です。そのため、魔力だけあっても精霊から嫌われれば魔術は発動できませんし、精霊の加護があっても魔力がなければ発動できません。精霊は良き隣人としていつも傍にあります。彼らには常に敬意を払う事が、魔術師として大成する第一歩と言えるでしょう」


 カツカツと広い教室の中を響くチョークの音。そこには平民と貴族と書かれ始める。妙にデフォルメされたその絵を見て、固い言葉遣いとのギャップがある。


「平民が魔術を扱えないのは、元々持って生まれた魔力が極端に少ないから。貴族が魔力が多いのは、大きな魔力を持った家同士で結婚を繰り返し、その血を濃くし続けてきたからですね」


 周囲の生徒たちが授業に対して真剣に取り組んでいる中、シズルは欠伸を噛み締めながら授業を聞いていた。

 

 ――ヤバい、退屈だこれ。


 わかっていた事であるが、授業は基礎の基礎、そのさらに基礎から始まった。


 この世界に転生し、動けるようになってすぐに魔術の本を漁り続けたシズルからすれば、三歳の頃に学んだ内容を繰り返されているような気分になり、どうしても集中力を持たせることが難しい。


 隣を見ると、黒紅色の髪を二つに括ったルキナが、一生懸命ノートに授業の内容を書き込んでいた。


 ルキナも三年前から公爵家が選んだ家庭教師の指導の下、魔術の鍛錬を行っているはずだ。つまり彼女から見ても授業はすでに知った内容のはずだが、その真剣な表情を見る限り退屈とは思っていないらしい。


「最初は、基礎を学び直すことで学べることもあると思ってたけど……」


 残念ながらここまでの基礎となると、流石に得られるものはなさそうだ。


 とはいえ、栄えある侯爵家の一員として、授業を居眠りするような不真面目な態度を取るわけにもいかず、何とか真面目な顔をしながらこっそり魔術の訓練を行うのであった。




 授業が終わり、放課後。


 シズルはルキナと一緒に豪華な食堂で昼食を食べながら、先ほどまでの授業について振り返っていた。


「授業が午前中で終わりっていうのが唯一の救いだね」

「もう、そんなこと言っちゃダメですよ」

「だけどさ、魔術の授業は知ってる内容ばっかりだし、地理とか歴史とかは正直興味ないし」

「興味なくても頑張らないと駄目ですからね!」


 魔術学園では魔術の授業の他に、貴族として必要な基礎知識も学びの一つとして授業に盛り込まれていた。


 シズルは実家で魔術狂いとまで言われた男である。侯爵家には多数の魔術に関する本が揃えられ、幼い頃からその知識は蓄えられている。


 そしてその知識を実践の中で試し、トライ&エラーを繰り返してきた結果、今の彼が出来上がっているのだ。


「ほとんどの生徒たちにとって、今日が初めて魔術に触れる日なんですから」

「うん、そうだね」


 シズルたちが当たり前に触れている魔術だが、本来はそんなに気軽に扱って良い物ではない。


 制御に失敗すれば腕が吹き飛ぶなど当たり前で、幼い子どもが勝手に触れないように厳重に注意されてしかるべき力なのだ。


 ルキナ、それに他の上流貴族たちは学園に入る前から専属の家庭教師を付けて先行して学んでいるが、これは学園に入ってから優位を得るための手段であった。


 公平を謳っている学園であるが、そこは箱庭。貴族社会の縮図である以上、当然の結果である。


 もし仮に領地持ちとはいえ子爵や男爵程度の貴族が、事前に魔術を勉強させたなどという噂が流れれば水面下で責められる事になるだろう。それよりしたの騎士階級の者たちならなおさらだ。


 つまり、王族や上流貴族よりも優秀になるな、と無言の圧力をかけているわけだ。


 この辺り、貴族とは面倒だなぁとシズルは思う。


 とはいえ、流石に子ども達は一部を除いてそこまで陰湿ではないのか、学園内は基本的に優秀な者はちゃんと認められる風習はある。

 

 これから三年間、一般クラスの生徒たちの中であっても、その才能を発揮して台頭してくるも者もいるだろう。


「あ……」

「どうされました?」

「あれ」


 シズルが指さすと、そこには第二王子であるジークハルト、そしてユースティア、そしてあと二人の男女が食堂に入ってくる。


 一応こちらの食堂は上流クラスの者だけが入れるラウンジ形式になっているので可笑しくはないが、王子が食堂にやってくる事に少しギャップを感じてしまった。


「王子は勝手にプライベートルームとかで食事するんだと思ってた」

「ふふ、流石に学園でそれはないですよ。ジークハルト様だって今は学園の生徒なんですから」


 流石に王国の貴族の子弟が集まる学園だけあって、食堂は豪華な作りとなっているが、王族を招く場所としては見劣りせざる得ない。


 そう思うも、不思議とジークハルトはこの空間に馴染んでいるようで、当たり前のように自分で食事を運び傍に居る三人と談笑を始めている。


「へえ……意外だな」


 つい先日パーティーで見た時は完璧な王子、と言われても納得する雰囲気だったが、あれは公務向けの顔だったのだろうか。今の彼は高貴さこそ隠せていないが、親しみやすそうな雰囲気も感じられる。


「世間ではラピスラズリ公爵家との婚約は政略目的だ、と言われていますが仲は良好みたいですね」

「まあ貴族の婚約なんてだいたい政略目的だからね。実際に会ってみて、あとは当人次第なんじゃないかな」


 シズルの婚約など、宮廷の様々な思惑が重なり合った結果が今で落ち着いているが、実際はまだまだ動きは止まっていないらしい。


 この学園に入る前、義母である侯爵夫人から散々言われ続けてきた。ハニートラップに気を付けろ、迂闊に女子生徒に近づくな。ありもしない事実を捏造されるぞ。


 王国主体でシズルの重婚は推奨されている。あとはその家柄やパワーバランスだけの問題だ。そう言った意味でも、周囲の貴族たちは虎視眈々とその座を狙って裏工作をしている事だろう。


 シズルは普通の貴族とは違う。それを散々教え込まれた今、友人一つ作る事すら怖くて出来ないのが現状だった。


「でも本当にルキナが一緒で良かったよ。このままだったら俺、人間不信になってたかもしれないし」

「し、シズル様なら大丈夫ですよ! でも、私も一緒に学園に通えて良かったです」


 一度は学園に通う予定はないと告げ、彼女を悩ませた。だというのにそんな事何一つ言わずに笑顔でそう返してくれるのだから、やはり政略結婚であっても当人次第だなぁと思うシズルであった。


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