第17話 魔の森の異変

 魔の森までたどり着いたシズルは、森の入口で立ち止まっていた。


 侯爵夫人によって森へ入ることを禁止されていたシズルにとって、この場に立つのは半年ぶりとなる。


 だが、どうも前回来た時と比べて雰囲気が異なっている。


「なんだ? 見た目は変わらないし、『雷探査魔術サーチ』で見ても変な感じはしない。だけど……何かが違う」


 決して禍々しいとか、不吉な予感がするというわけではない。ただ、何かに呼ばれている。そんな雰囲気をシズルは感じていた。


「まあ、だから行かないって選択肢はないんだけどさ」


 ここで立ち止まり続けても、追手の騎士達に連れ戻されるだけである。そもそも森に入るということ自体、多少の危険は織り込み済みだ。


 躊躇っていても何の解決にもならない以上、誘われるがままに進む以外方法はなかった。


「さ、行くか。いい加減、義母上様にも森に入るの認めてもらわないといけないしね」


 流石に現時点でグレンを正面から倒すのは不可能である。しかし森で鍛錬はしたい。である以上、侯爵夫人に納得してもらうための何かが必要だ。


 そう考えたシズルは、一つのアイデアを思いつく。


 ――義母上が諦めるまで、森で鍛錬しまくってやる! 監視の騎士を常に退け、いくら叱っても諦めない姿勢を見せれば、いつか認めてくれるはず!


 アホである。転生して魔術を覚えてから、若干脳筋よりになった思考で考えたアイデアは、まったくもってアホなアイデアであった。


 とはいえ、実践的な魔術の鍛錬は必要なのだ。家での個人練習や模擬戦だけではあの『何か』と戦うには足りないのだから。


 まずは森で実戦経験を積み、今よりも強い自分になる。


 それを目標に、シズルは森の中へと入っていった。 






 森の奥まで突き進むシズルは、森の異常について考えていた。


「やっぱり変だな」


 森に入ってからずっと、何者かに監視されているような気配を感じる。別段悪意があるようには感じないのだが、気味が悪い。


 『雷探査サーチ』で周囲を調べようにも、何故か上手く発動しなかった。どうやら、何かしらの妨害を受けているらしい。


「おかげで、普通の魔物も見つけられやしない」


 たまに現れるゴブリンを雷刀で斬り裂きながら、周囲を窺う。


 前回の探索では『雷魔術サーチ』を使えばすぐに見つかった魔物も、こうして森中を駆け巡ってようやく少数の魔物を見つけられる程度に終わっていた。


「今度、森の探索方法とかを騎士の誰かに教えて貰わないと」

 

 魔術頼りではいけないと学んだシズルは、今度の鍛錬で行う事を決めていく。


 なにせ魔術が使えないだけで魔物が全然見つからないのだ。あまりにも効率が悪すぎて、これでは何のために森へやってきたのかわからない。


「あ……いい事考えた」


 ワイルドドッグを見つけたシズルは、わざと小さく音を鳴らす。その音に反応して振り向いたワイルドドッグは、最初の一瞬こそ警戒した素振りを見せたが、相手が小柄な餌だと気付くとニヤリと笑う。


「さ、やろうか」


 背を向けて走り出したシズルが後ろを振り向くと、ワイルドドッグは当然のように追いかけてくる。近くまでやってきたそれを確認すると、シズルは急ブレーキをかけて軽く蹴り上げた。


「キャン!」


 手加減したとはいえ、魔術を使えばオーガよりも強い力である。ワイルドドッグ程度の魔物では耐えられず、勢いよく近くの木にぶつかった。


「ふっ」


 それを鼻で笑ってやると、ワイルドドッグは怒りを覚えたのか空へ向かって大きく遠吠えをあげ始める。すると、集まる集まる、仲間に餌が調子に乗ってるぞとでも言わんばかりに、大量のワイルドドッグが集まってきた。


「これで探す必要もなくなったね」


 前回の時ほどではないが、それでも三十近いワイルドッグの群れを見て、満足げに頷く。


 敵が見つからないなら、見つけてもらえばいい。実に頭のよろしくないアホが考えそうな事であった。


「とりあえず前回は失敗した雷の鞭『雷蛇らいじゃ』の練習してみようか」


 シズルは魔力を練り上げ『雷蛇らいじゃ』を生み出す。


 バチバチと激しく音を鳴らしながら、うねりを上げて自由自在に動く様は本物の蛇のようで、近づく魔物を食らい尽くそうと狙いを定めている。


 そして近づいてきた何匹に向けて軽く振るうと、風切り音が一瞬響き、胴体を境に二つへ分かれ地面に落ちた。魔物からすれば、何が起きたのか分からなかっただろう。


「よし、練習した甲斐があった!」


 まだまだ手加減は出来ないため騎士を相手に実戦練習が出来ていない武器ではあるが、今の所周囲の木々にも燃え移らず順調である。


「さあさあ! それじゃあやっていこうか!」


 シズルは連続して襲い掛かる敵の群れを嬉々として迎え撃つ。


 本人は転生しているため否定しているが、その表情は敵を目の前にするグレン・フォルブレイズそっくりで、英雄の血を色濃く受け継いでいた。

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