第2話 決意表明

 それからすぐに説明を受けたシズルは平謝りすることになる。


 とはいえルキナからすれば、真剣に魔術について考えていたシズルに対し、自分はなんて恥ずかしい妄想をしていたのだろうと、顔を真っ赤に染める結果になったわけだが。

 

「いつつ……」

「大丈夫ですかシズル様?」

「うん、ありがとうルキナ」

「ふん、ちゃんと話を聞いてなかったアンタの自業自得でしょ!」


 その通りなので反論できないシズルだが、聞いてたら聞いてたで何かしらの罵倒を受けていた気がする。


 もっともこういう場合は男が全面的に悪いのだと父であるグレンも言っていたので、素直に謝り続けるのだが。


「しかし『月影転移ゲート』かぁ。流石は大精霊、いくら条件付きとはいえ、とんでもないね」

「ふ、当然よ。私を誰だと思ってるの」


 ルキナとルージュがこの場に現れた『月影転移ゲート』は、残念ながらシズルが妄想してきたほど自由に使える魔術ではなかった。


 闇の大精霊であるルージュの力が最も強い満月の夜。月明りの下でのみ使用可能なのだそうだ。


「言っとくけど、満月の夜だったら前みたいな醜態なんて晒さないわよ」

「確かに、今日のルージュには勝てそうにないな」


 もう夜明けが近いとはいえ、今日が満月なのは間違いない。


 ルージュ曰く、彼女の力は満月に近くなるほど強く、新月になるほど弱くなるのだという。つまり以前戦った時は不意打ちなうえ、万全な状態ですらなかったらしい。


 それだけしても互角以下だったのだから、どれだけ目の前の大精霊が凄い存在なのか改めて感じ入る。そして、あの時の自分がどれだけ運が良かったのかも。


 ふと空を見上げると、空に浮かぶ満月は太陽の光によって姿を消そうとしていた。


「さあルキナ、時間もギリギリだしそろそろ帰るわよ」

「うー、もっとお話ししたかったけど、仕方ないよね」

「そもそも話をする予定だってなかったわよ」


 ルキナが名残惜しそうに見上げてくる。


 その姿が愛らしく、シズルもつい別れが名残惜しくなってしまう。思わず抱きしめたい衝動に駆られるが、横で睨んで牽制してくる少女がいるので、諦めざる得なかった。


「だいたい、アンタ達二人共あと半年もしたら魔術学園に行くんでしょ? そしたら毎日でも会えるんだから、ちょっとくらい我慢しなさいよ」

「あー……」


 ルージュの言葉にシズルは気まずい表情を作る。


「そうだけど、だってせっかく会えたんだよ? 凄く格好良くなってて、もちろん昔から格好良かったけど……」

「はいはいわかったわかった」

「もう、ちゃんと聞いてよ。でもシズル様と同じ学園で……楽しみだなぁ」

「その……」


 ルキナはシズルの制服姿でも想像しているのか、とても幸せそうな顔をしている。そんな笑顔を出せるようになったことは非常に嬉しいのだが、今からこの笑顔を曇らせると思うと憂鬱だ。


 とはいえ、せっかくこうして面と向かう機会を得られたのに、言わないわけにはいかなかった。


「実は手紙じゃ中々言えなかったんだけど……俺、魔術学園にはいかないんだ」

「え……? ど、どうしてですか? だって貴族の子供ならみんな十二歳から十五歳まで通うはずじゃ……」


 確かにルキナの言う通り、貴族の子息は十二歳になると三年間、魔術学園に通うことになる。これは貴族の長男であっても五男であっても関係ない。


 何故なら、貴族は魔術を使えるから。普通の平民とは違う、自分すらも簡単に傷つけることの出来るこの力を、間違った使い方をしないように習得する義務が貴族にはあった。


 だがシズルの場合は元々が独学であり、当たり前だが雷魔術を教えられる者など世界中を探してもどこにもいない。ヴリトラという雷の大精霊が傍にいるので、教えを受けるうえで問題などあるはずがなかった。


 何よりシズルは決めていた。この世界に転生し、そしてその影響で傷ついた一人の女性を助けて見せると、そう決めていたのだ。


「やらなきゃいけない事があるんだ。だから俺は魔術学園に通わずに冒険者になる」

「そ、そんな!? だって貴族なら絶対魔術学園に通わないと――」


 貴族になれない。ルキナはそう言いたいのだろうがそこで言葉を飲み込む。シズルの決意が本物だと、気付いたからだ。


「ルキナ、もう時間がないわ。満月が完全に隠れたら、戻れなくなる」

「……どうしてもやらなきゃいけない事って、なんですか?」


 ルージュの言葉を無視して、ルキナは半分泣きそうな顔でそう尋ねてくる。そんな彼女を見て、強い子だと思った。こんな子だからこそ、シズルは嘘偽りなく言葉を紡ぐことを決める。


「エリクサー」

「え?」

「ありとあらゆる万病に効くと言われてる、奇跡の霊薬。俺は冒険者になって、それを見つけるつもりなんだ」


 自分のせいで子供の成長を見ることの出来ない母のために。例え、この世界で培ってきた全てを捨ててでも、見つけなければならない。


「そんな、エリクサーなんておとぎ話じゃ――」

「おとぎ話でも!」

「っ――!」


 シズルが突然大声を出したことで、ルキナが驚き言葉に詰まる。そのことに気付いたシズルは少し気まずい顔をしながら、それでも決意は変わらない。


「ごめん。でも、おとぎ話でもなんでも、俺はエリクサーを手に入れなくちゃいけないんだ」

「あ、あの私……」


 魔術学園に通うのは貴族としての義務だ。たとえ王族であってもそれは変わらない。それだけこの国において魔術を使える貴族という立場は非常に重要なのだ。


 そしてそれを放棄するということは、貴族としての義務すら放棄していると言っても過言ではなかった。そのようなことをすれば良くて貴族位の剥奪、悪ければ国外追放。


 それは恐らく、『奇跡の子』であるシズルでさえ例外ではない。それどころか、シズルの場合は下手に影響力があるため、監禁してその血を残すために死ぬまで子供を生み続ける『だけ』の人間にされてもおかしくなかった。


 シズルと婚約をしているルキナからすれば、困惑せざるを得なかった。


 シズルの実力なら、その立場なら出来ないことの方が少ないはずだ。未来は約束されている。その輝かしい人生を捨ててまで、何故シズル自身が動かねばならないのか。


 だが、シズルの覚悟は本物だ。それを感じ取ったルキナもまた、覚悟を決める。


「それでも俺は――」

「それなら私も――」

「はいはい、そこまで」


 二人が言葉を紡ぐ前に、ルージュが手をパンパンと叩きながら空を見上げる。


「別に私はアンタがどうなろうとどうでもいいんだけどね。とりあえずもう満月が消える。ルキナも、これ以上は待てないわよ」

「で、でもルージュ!」

「いいからこっちに来て頭冷やしなさい。どうせ今何を言ってもこの男は変わらないんだから」

「あっ……」


 ルージュに手を引かれ、シズルとの距離が離れる。


 とてつもない性能を誇る『月影転移ゲート』は、たとえ大精霊であっても早々使える者ではない。満月の夜、その魔力を十全に受けて初めて使えるのだ。


 次にシズルとルキナが会えるのは一か月後の満月の夜。


「ふん、邪魔したわね。それじゃあ私たちは帰るから、後は好きにしたらいいわ」

「シズル様! 私は、貴方をお慕いしております! 貴方のおかげで私の世界は今輝いていて、それで! だから! 貴方が望むならは私は――」 

「うん、俺もルキナの事は大切に思ってるよ」


 ルキナが何を言おうとしているのか察したシズルは、あえてその言葉を遮るように笑顔を見せた。


 その先の言葉は言ってはならない。彼女には明るい未来があるのだ。これから自分が進もうとする道へ、連れてきてはならない。


「シズル様――」


 ルキナは最後まで言葉を紡げず、ルージュと共に足元に生まれた闇の中へと沈んでいく。


「ごめんね」

『ああそうそう、一つだけ言っておくけど』


 二人が完全に闇の中へと消えた後、ルージュの声だけが闇の中から聞こえてくる。


『エリクサーは存在するわ』

「えっ?」

『フォルセティア大森林。そこに隠れてる風の馬鹿精霊を見つけなさい。アイツならエリクサーについて詳しく知ってるはずよ』

「……ありがとう」

『お礼の言葉はいらない。ただ、ルキナを泣かしたままだったら絶対に許さないから』


 それはつまり――死ぬな、生きて戻って、ルキナと一緒に魔術学園に通え。


 ルキナを守る闇の大精霊は、おとぎ話ともいえるエリクサーをさっさと見つけて帰ってこいと言っているのだ。


 王族すら手にすることの出来ない幻の霊薬を、半年以内に見つけて帰ってこいと、そう言っている。


「はは、厳しいな。だけど――」


 あまりにも無茶難題を突き付けてくるルージュに、思わず苦笑してしまう。


 そもそも三年前、ルージュに啖呵を切ったのは自分の方だ。その自分が今度は逆の立場になってどうするという話である。

 

 光は見えた。これまでどう動いていいかすら分からなかった暗闇の道に、一筋の光が差し込んだのだ。


「朝か」


 シズルが空を見上げると、月の代わりに太陽の光が明るく照らし始めていた。


「ああ、そういえばいつの間にか不安もなくなってる」


 ルキナに抱き着かれた時、シズルの心を覆っていた闇は彼女の暖かさに溶かされたのだ。どうやら自分が思っているよりもずっと、ルキナの存在は大きかったらしい。


 かつての悪夢で弱り切っていた身体は今、少女達のおかげで活力に満ち溢れていた。


「エリクサーを手に入れる。母上は助ける。ルキナも泣かさない。全部、全部守り切る!」


 シズルはこの世界に転生したとき、世界最強の魔術師を目指すと決めたのだ。それなら貪欲に、何一つ諦めずに手に入れて見せるのが当然だろう。


 その在り方はあまりにも強欲だと、人は笑うかもしれない。しかしシズルはもう迷わない。望むもの全てを手に入れてこそ、最強の魔術師なのだから。 


「よし、行こう」


 シズルは顔を上げ、決意を新たに足を一歩前へ前に踏み出した。


 その一歩がこれから出会う少女達の運命を変えることなるのだが、この時のシズルはまだ何も知らなかった。

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