魔族領での戦い
イシュタール領は元々、魔族領とも呼ばれ、強力な魔物たちが闊歩している土地である。
荒廃した土地であり、シズルたちが住むアストライア王国とはかけ離れていた。
そんな普通の人間からすれば死の大地であるが、そこに住む原住民も多くいる。
魔族と呼ばれる人々だ。
魔族は普通の人間に比べて魔力が多いが、それでもこの過酷な地で生きていくには、誰か強い者の庇護に入るしかなかった。
以前は魔王という旗印の下で一つに纏まっていたが、それも勇者クレスによって滅ぼされている。
その後、ヘルが魔王を名乗るも、そのときには魔王に従っていた魔族の実力者たちは独立してしまっている状態。
勇者クレスを後見人に置いているのも、反発を買う原因となり、従わない魔族は多かった
それでも魔王の娘という名で軍を作ることは出来たが、全体からすればわずかな軍勢。
もし魔族領をすべて一つにまとめることが出来ていれば、人類は滅んでしまっていたかもしれない。
それほどまでに、魔族たちの力というのは人類のとって脅威なのだ。
そして力こそすべて、という魔族たちにおいて、ヘルは従う相手ではなかった。
しかし魔王の娘という立場も厄介であり、下手なことも出来ない。
魔族領を支配したい魔族たちにとって、彼女は触れない厄介者であった。
そんなヘルが人間の国に侵略し始め、行方をくらましたという情報が入ると、彼らの動きは早い。
次の魔王になるべく、それぞれの領地を侵略。
そうして、魔族領は戦乱の世が始まったのだが、そんな実力者たちを恐怖に陥れている者がいた。
東の地、人間の住む国からやってきた一人の男は、魔族領を巡る戦乱に名を挙げる。
彼は瞬く間に近隣の魔族たちを打ち倒し、自らの傘下に加えていくと、さらに奥へと進んでいく。
その勢いはどの魔族たちよりも激しく、恐ろしい、と噂が流れていた。
魔族領の支配者の一人、ハーゲンは膨張するほどの肉体を持った魔族だ。
魔族特有の焼けた肌に、悪魔のような角。
その拳は大地を割り、その肉体はどんな魔術も通用しないと、魔族領でも有名な男である。
彼はこの戦国の世に立ち上がり、魔族たちをまとめ上げ、自分こそ魔王よりも強い者として『魔帝』を名乗っていた。
そんなハーゲンの前に、東の地からの災厄がやってくる。
災厄の名はシズル・イシュタール。
『雷帝』と呼ばれる、人間だった。
「我をなめるなぁぁぁぁ!」
ハーゲンの拳が敵に当たる。
凄まじい衝撃が彼の城に響き、粉々になった床から砂煙が舞う。
大地すら割る自分の拳が当たれば、たとえどんな化け物であっても一撃だ。
「は、ははは……なにが雷帝だっ! 東の災厄だ! 我は魔帝! 魔王すら喰らう者!」
勝利を確信して高らかに笑った彼は、勝利の雄叫びを上げる。
しかし、すぐに違和感に気づいた。
自分の拳が当たっているものは、いったいなんだ? と。
「凄い威力だけど、これならアポロの方が強いね」
「やつを基準にするのは良くないがな」
「なっ――⁉」
砂煙が晴れると、そこには無傷のシズルが立っていた。
ありえない、とハーゲンが自身の拳を見ると、そこには黄金色に光る雷壁。
「馬鹿な! 我の拳が⁉」
「今度はこっちの番だ」
シズルが拳を振り上げる。
腕は激しくスパークし、そこに込められた魔力は圧倒的な力。
「ぬ、うぅぅぅ!」
バーゲンは両腕を交差してガードする。
それと同時に走る衝撃は、これまで感じたことのない威力。
「くはぁ!」
凄まじい一撃に踏ん張ることが出来ず、そのまま壁まで激突してしまった。
しかしそれでも、大丈夫。
自身の肉体を集中すれば、どんな攻撃でも耐えられる! とハーゲンには確信があった通り、致命傷ではない。
「ふ、ふん! 噂ほどではないな!」
東の地より来たる雷帝は、すべてを滅ぼす龍である。
そんな誇張された噂に比べて、なんと小さき男か。
これなら自分が本気になれば倒すことが――。
「へぇ、ならこれも大丈夫だよね」
「……え?」
シズルが手を挙げると、これまで見たこともないような魔力が吹き荒れる。
それは徐々に形作られて、神すら滅ぼすであろう雷槍となって顕現した。
「はぁ!」
それをシズルは城の床に刺す。
その瞬間、空から巨大な雷がほとばしり、魔帝ハーゲンの城へと直撃した。
そして――。
「まだやる?」
荒野に瓦礫となったハーゲンの城。
そこで尻餅をついた状態の魔帝は、どこから出したのか白旗を出し――。
――降参します。
と、傘下に下ることを決めたのであった。
最強の雷帝が攻めてきた。
魔族領は今その話題でいっぱいだった。
これから新たな魔王を決めようと、戦っている実力者たちは恐れ、恐怖し、そして自らの名声を高めるために雷帝に挑む。
その先は――。
ハーゲンの城から自らの領地へと戻ってきたシズルはヴリトラと出来た街を歩く。
「いやぁ、結構面白かったねヴリトラ」
「魔帝などと大層な名を名乗るには、いささか弱かったがな」
単身で敵の城に攻めたのは久しぶりで、充実した日だと思う。
そうして城に入り――二人の女性がにっこりと笑顔出迎えてくれた。
ルキナとユースティア。
愛する二人の伴侶に迎えられたシズルは、顔から笑顔を消して背中を向ける。
しかしいつの間にいたのか、そこにはマールがいて、なにも言わずゆっくりと前を向かされた。
「シズル様?」
「なあシズル? お前、また一人で敵の城に行ったな?」
「はい、いや、いいえ、えと、その……」
シズル一人だと無茶をするからと、付いてきた彼女たちは今、大変怒っていた。
そしてそれがわかったシズルは恐怖し、相棒を見ようとする。
しかしそこにはもう、ヴリトラはいなかった。
――に、逃げた……。
二人の圧力は、魔帝などとは比べものにならないほどで――。
「ち、違うんだ!」
「なにが」
「違うんですか?」
唯一の味方を失ったシズルは、二人を必死に説得しようと試みるも、そもそも戦闘を楽しみたいと思って軍も動かさずに一人で出て行ったため言い訳も出来ない。
そうして、魔族領を恐怖に陥れている雷帝は、その嫁二人によって頭を下げることになる。
シズルの魔族領での戦いは、ここから長いものになるのであった。
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