後日談

里帰り

 シズル・イシュタールとなり、魔族領がイシュタール領と名を変えてから一年。

 荒廃した大地の開拓を命じられていたシズルは、久しぶりにフォルブレイズ領の城塞都市ガリアへと戻ってきていた。


 屋敷に辿り着くと、ルキナとユースティアが迎えに出てくれる。


「シズル様!」

「シズル」

「二人とも、久しぶり」


 一年で大きく成長したシズルは、二人に近づくとそのまま抱擁する。

 自身の妻と、婚約者。

 どちらもシズルにとってとても大切な家族だ。


「しばらくはこちらにいられるのですか?」

「うん。開拓が結構順調だからね」


 二人を抱きしめながらそんな会話をしていると、背後に黄金の子龍が現れる。


「違うぞ。こやつ、向こうにいたらいつまで経っても休まないから、マールたちによって強制的に追い出されたのだ」

「あ、ヴリトラ! それは言わない約束!」

「シズル様?」

「シズル……?」

「あ、これは……その……」


 すでに雷帝として王国に名が広がったシズル。

 そんな彼も、大切な少女たちの前では形無しで、素直に謝るのであった。




 シズルが帰ってきたことで、パーティーが始まる。

 といっても普通の貴族のそれと違い、身内だけで行われる小さなものだ。


「ようシズル! 向こうじゃ色々とまたやらかしてるらしいじゃねぇか!」

「兄上、誰からそれ聞いてるんですか?」

「イリスがロザリーに送ってる手紙だな」

「……」


 シズルの両親にはマールから連絡がいき、イリスからはローザリンデに連絡が行く。

 つまり、自分がやったことは何も隠せないということで……。


「お前、ドラゴンの巣に一人で突っ込むとか最高じゃねぇか! 今度俺も混ぜろよ」

「あ、兄上! 声が大きい! その話は……」


 先ほどまでローザリンデと談笑していたルキナたちが、笑顔でやって来る。

 

「シズル様? ドラゴンの巣には部隊を整えて行ったのではなかったですか?」

「シズル? お前の手紙には、一人で行ったなんて書いてなかったが?」

「ほらぁ! また怒られる!」


 シズルは普段、彼女たちに心配をかけないように手紙を書いている。

 もちろん、普段領主として行っていることや、危険な魔物が多い魔族領の魔物退治についてなど。


 ちなみに、手紙の内容は脚色されていることが多い。

 たとえば、きっちり休みを取っているとか。

 ドラゴンの巣を見つけたので、部隊を整えてから向かったとか。


 もちろんその手紙を見たルキナたちは安心する。

 そしてその後、真実が書かれているマールやイリスの手紙を見て、怒るのだ。


「お前いい加減にしろよ! 心配するこっちの身にもなれ!」

「そうですよシズル様! いつもいつも無茶ばかりして……」

「ご、ごめんなさい」


 そうしてお説教である。

 といっても、二人が怒っているのはシズルを想ってなので、彼も逃げ出そうとは思えなかった。

 むしろ、こうして心配してくれる二人が愛おしく思うくらいだ。


「でも、おかげでイシュタール領は結構西まで広がったんだよ」

「これまで誰一人成し遂げられなかった魔族領の開拓……それは凄いと思っている、が」

「それとシズル様が無茶をしているのは、まったく別の話です」

「あ、はい……おっしゃる通りです」


 そんな光景を、ホムラは爆笑しながら見ていて、ローザリンデは呆れた顔だ。

 グレンとイリーナは、フォルブレイズ領のことはすべてホムラに任し、隠居して別のところに住んでいる。

 もしいたら、ホムラと同じく笑っていたことだろう。


「それで、シズルが拠点としている街にはもう危険はないんだな?」

「え? そうだね……もう街の人たちも俺たちを受け入れてくれてるし、治安も頑張ったから……」


 シズルがそう答えた瞬間、ルキナとユースティアが目を見合わせて頷く。


「それじゃあ……私たちも行きます!」

「これ以上、シズルを一人置いていては、また無茶をするに決まっているからな!」

「ええ⁉ いや、でも安全になったって言っても魔族領だから、もっと――」


 と、そこまで言ったところで、二人の真剣な表情を見て言葉を止める。

 シズルだって、出来ることならこの二人と一緒に過ごしたい。

 そう思っているが、それでも長年危険と言われ続けてきた場所だ。


 そう簡単に許可は出来ない、と思っていると――。


 ――アンタ、これ以上ルキナを心配させたら、ミンチにするわよ。


 頭に直接響くような声。

 ヴリトラと同じく、この世界で最強の力を持った闇の大精霊ルージュだ。


「あー……」


 ルキナとユースティア。二人の瞳はどこまで真剣で、同時に不安があった。

 それは恐らく、シズルが二人のことをまだここに置いて、一人で危険な魔族領に向かうことだろう。


「わかった……二人とも、俺と一緒に来てくれる?」

「はい!」

「ああ!」


 二人揃って、まるで花が咲いたような満面の笑み。

 どちらも美しく、とても綺麗だった。


「シズルはやはり、女の尻に敷かれておるなー」

「ヴリトラ。それ以上言ったら明日からご飯抜きだよ」

「何故だ!」


 そうしてその夜、三人は久しぶりに同じベッドに入り、そしてこれまでの話をずっとしていた。

 手紙で書いていた内容よりもずっと危ないことをしていたことを知り、怒ったり。

 アストライア王国では見られないような絶景の話をして、感動したり。


 三人はとにかく話し合った。

 まるで子どものように、自分のしてきたことを相手にしっかりと伝えるために。


「シズル様……」

「ん? なに?」

「これからは、ずっと一緒です」

「私たち、三人」

「うん、そうだね……」


 ベッドの中で、二人の手を握る。

 そうして三人はそのまま眠りについた。

 シズルとしても、久しぶりの温もりに、どこまでも深い安心と安らぎを得ながら。




 そうしてしばらくガリアに滞在したあと、再びイシュタール領へと戻る日がやってきた。


「それじゃあ兄上。ありがとうございました」

「おう、またいつでも遊びに来いよ!」

「ええ。兄上も……いや、来たら大変なことになりそうだからやっぱり……」

「ああん⁉ そんなこと言うなら、絶対に行くからな!」

「お前はいい加減、フォルブレイズ家の領主の自覚を持て!」


 そんな兄弟のやり取りをしていると、ホムラがローザリンデに怒られて終了。

 笑顔で見送られながら、馬車を発進させる。


 最初に来たとき、馬車に乗っていたのはシズルだけだった。

 だが今は――。


「それじゃあルキナ、ユースティア。これからも、よろしくね」

「はい」

「ああ」


 来たときとは違い、今度は大切な二人が乗っていた。

 そしてそれは今だけでなく、これからもずっと、一緒に――。

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