第13話 帰還と報告

「お帰りなさいシズル様」

「うん、ただいまマール」


 一度ヘルメスの大迷宮から城塞都市マテリアに戻ったシズルは、宿で待機をしていたマールに笑顔で迎えられる。


 メンバーの中で彼女だけを置き去りにする形になってしまっているが、装備の補充や食料品の手配、それにギルドや他の冒険者たちからの情報収集など、裏方でやらなければならないことは多岐に渡る。

 

 その辺りを一身に受けてくれ、サポートしてくれている彼女には頭が上がらないと思った。


「イリスも、頑張ってきましたか?」

『うん、頑張ったよ』

「ならよしですね」


 マールは笑顔でイリスの頭に手を置くと、優しく撫でる。


 同じシズル専属のメイド同士、仲が良い。


 特にマールは元々孤児であり家族もいなかったからか、こうしてイリスのことを妹のように可愛がっていた。


「あれ? ホムラ様とローザリンデはどうしました?」

「ああ、あの二人ならギルドに色々と報告に行ったよ。全員でぞろぞろと行っても仕方ないから、俺らだけ先に戻ってきたんだ」

「そうでしたか……皆さん強いから大丈夫だと思いますけど、無茶はしちゃ駄目ですからね」

「うん」


 ホムラとローザリンデの二人は自分に比べて冒険者歴も長い。必要な情報はきちんと報告してくれることだろう。


 あのどんどん魔物が現れる部屋は、はっきり言ってとてつもなく危険である。


 このままなにも知らない冒険者たちがあの部屋に入ったら、それこそ全滅してしまうのは間違いない。


 それどころか、あの時点ではまだ魔物の数も少なく問題なかったが、あのまま四倍ずつ数が増えていれば、すぐにでもダンジョンブレイクを起こしてしまうことだろう。


「……さすがにそれは、ぞっとしないな」


 シズルはかつてフォルセティア大森林で起きた魔物の大量発生を思い出していた。


 あの時は交易都市レノンという地にシズルがいて、真っすぐ向かってくるだけだったから一網打尽に出来たが、もしシズルがいなければどうなっていたか。


 一匹一匹が危険な魔物だった。あの街の冒険者レベルでどうにかなる話ではなかったはずだ。


 間違いなく蹂躙され、街は地図から消え失せていたに違いない。


 そして今回のあの水晶から現れる魔物も同様クラスの危険度を持つ。


 さらに限界があるのかは分からないが、無尽蔵に生まれるのであればいくらシズルとて、どうしようもなかった。


「シズル様、どうされましたか?」

「いや、このダンジョン攻略。思った以上に大変かもなって思って」

「……シズル様でもですか?」

「うん、実は……」


 そしてシズルはマールにダンジョンであった出来事を語る。


 時々イリスが補足説明を入れるため、彼女にもこのダンジョンの危険性が良く伝わったことだろう。


 マールは普段の明るい表情とは違い、真剣な顔をしていた。


「倒せば倒すほど増える魔物……それが本当に限界がないのであれば、危険なんてものじゃないですね……」

「やっぱり、マールもそう思う?」

「はい、はっきり言って侯爵家が全力を持って当たるべき事柄だと思います」


 これまで被害がなかったのは、あのヘルメスの大迷宮が封印されていたため誰の目にも触れなかったからだ。


 だが今、この城塞都市マテリアはもちろん、フォルブレイズ家直轄の城塞都市ガリアでも新しい迷宮が生まれたことは周知の事実。


 今はまだ情報も少なく、冒険者たちも迂闊には飛び込んでいないが、そのうち外部から自身の実力を過信した者も現れるだろう。


 そしてそう言う者が、大抵の場合最悪の事態を巻き起こすのだ。


「とりあえずギルドもバカじゃありません。A級冒険者であるローザリンデと、侯爵家子息のホムラ様が説明をすれば、その部屋の危険性をしっかりと周知することでしょう。その間に、たしかな実力を持つ者を起用するかと思います」

「そうだよね」


 城塞都市マテリアの冒険者の実力は、シズルから見てもそこまで高いとは言えない。


 とはいえ、少し離れたガリアにはA級冒険者も幾人かはいるし、性格に難があってA級に上がれないだけえ、実力はそれに匹敵する者も多い


 それらの人間をきちんとした手順で呼び、そして大規模な攻略隊を作れば、あの部屋も攻略が可能だろう。


「……だけど」

「どうしました?」

「あ、いや……別に」


 本音を言えば、自分たちだけで攻略をしたい。なにせ未踏のダンジョンを攻略する機会など、これから先そう何度も訪れることはないのだ。


 であるならば、この四人で攻略を進めたいと思うのがシズルの本音だった。


 とはいえ、さすがに自領の危険と自身の願望、これを天秤にかければ前者に傾くのは当然だ。


『シズル……いいの?』

「うん。こればっかりは仕方ないって。別に攻略の案がないわけじゃないけど、失敗した時がもっと危なくなるんだし」


 シズルからすれば、あの部屋の魔物がたとえ百いようと問題ない。


 問題なのは、百を倒せば四百に、四百を倒せば千六百になり、そしてそれが万、十万となってしまえば、もうどうしようもなくなってしまうこと。


「兄上だって同じ判断をすると思う」

『そうかなぁ……?』

「イリス、ホムラ様はあれで意外と、驚くことに本当に意外ですが、ちゃんとフォルブレイズ領のことを第一に考えているのですよ」


 マールの言い方はどこか引っかかる部分が多いが、それがフォルブレイズ家の総意。


 あれだけ貴族らしからぬ無茶やらなにやらをやらかしている割に、ホムラのフォルブレイズ家の評判は非常に高い。


 とりわけ、特に父グレンを見てきた者たちはまるで若かりし頃の父を見るようで、英雄の素質とまで言うものがいるくらいだ。


「しかし、あのシズル様も、そのように領地のことを考えられるようになったのですね」


 マールがまるで感動したように、目に手を当てている。まるで自分が領地のことなど欠片も考えない、人でなしだとでも思っていたのだろうかと疑ってしまう、


 シズルはいちおう自分が周囲から問題児扱いされていることは自覚していたが、それでも内心は兄の方が問題児だと思っていた。


「まあ兄上のことは今は置いておいて、だから俺もフォルブレイズ領のことを第一に考えないとね。じゃあマール、俺は部屋に行くね」

「かしこまりました。私はまた少し買い物に行きますので、なにかありましたらイリスに申しつけ下さい」

「あはは、今からは休むだけだから、そんな申しつけなんてないって」


 そう言ってシズルは宿の階段を上って自分の部屋へと向かっていく。それにイリスはついて行きながら、ぽつりと一言。


『そっかぁ……せっかくあの部屋を突破する方法考えたのに、無駄になっちゃったなぁ』

「イリス、ちょっと聞きたいこと出来たから、部屋に来てくれる?」

『え……?」


 そのままイリスの手を握り、部屋の中に連れ込む。


「さあイリス、今の話……詳しく教えてね?」


 さっそく申し付けることが出来てしまったシズルであった。

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