第50話 決着
ミディールの剣がエリーの心臓を貫く。
「ぎ、ギャァァァァァァァァ!」
その瞬間、周囲一帯が重苦しい魔力で覆われる。
同時にエリーの身体が脈打ち始め、その肉体をどんどんと膨張させていき、近くで叫んでいるエリーの首を巻き込むと、取り込んでしまう。
その膨張は留まることを知らないようにどんどんと広がっていき、巨大な肉塊となって周囲を飲み込んでいく。
「エリー⁉ な、なんだこれ⁉」
「む、不味いな」
『あーあ。やっちゃったわねぇ』
珍しくジークハルトが焦ったような声を上げると、ミディールの首を掴んでその場から離脱する。
もしあの場に呆けたようにいたら、ミディールはこの化け物に飲み込まれていたことだろう。
そうしてしばらくして、エリーだった肉塊はその動きを止める。とはいえ、すでに大きくなったそれはあまりにも醜悪で、とても見ていられない。
『――あぁぁぁぁ、恨めしい、恨めしい! 恨めしいぃぃぃぃぃ!』
「ぐっ――⁉」
エリーだったその肉塊は、つぶれた喉で発するようなガラガラの声で叫んだ。その津波のような音量と恨み募った聞くに堪えない声は、聴いているだけで心を不快にさせる。
「……これが、これがエリーだったものなのか?」
そんな化物を見上げながら、ユースティアは友人だと思っていた少女の変貌に、ただ呆然とした様子で立ち尽くす。
「ユースティア、ここにいたら君も危ない。離れて」
「……エリーは私の友人だったのだ。幼い時から一緒に育ってきた――」
「ユースティア!」
「っ――」
理解の追い付かない事態に呆けていたユースティアを正気に戻すため、シズルは声を荒げる。その声に反応して、彼女の瞳には生気が戻ってきた。
「彼女は、ベアトリス嬢じゃない……」
「っぅ……こんな、こんなことが、あっていいというのか⁉」
友人がすでに悪魔にとって変われていたことは、ユースティアの心を重くする。とはいえ、今はそんな彼女を慰めている時間はない。
「ルキナ……ユースティアをお願い」
「はい……その、シズル様」
「大丈夫。言ったよね。俺がちゃんと終わらせるって。なんだか想像してたのとは全然違う結末になりそうだけど、あとは任せて」
「……はい!」
そうしてルキナがユースティアを支えながら遠のいていく背を見送ってから、シズルは再び苦し気な声を上げる肉塊を見上げる。
「……えっぐいなぁ」
『シズル。いつもならあの程度の敵、一撃で粉砕してやるところだが……』
「わかってる。かなり魔力を使っちゃったし、結構厳しい戦いになるかもね」
エリーだった物体は周囲の魔力を吸っているのか、どんどんとその存在感を増していく。
すでに正気があるのか分からない動きだが、生存本能だけで生きているのだろうかと思う姿だ。
「ま、それでもやるしかないでしょ」
「その通りだな」
「……ジークハルト、様」
つい先ほどまで殺し合いをしていたジークハルトは、相変わらず不敵な笑みを浮かべながら隣に立って、エリーだった存在を見上げる。
「さっき、動けないって言ってませんでした?」
「ふ、言っただろう。私は、嘘が得意なんだ」
「……ああ、そうですか。まあ、いいや」
彼には色々と思うところが多い。そもそもシズルはジークハルトこそが敵であり、エステルこそこの学園を脅かす悪魔だと思っていたのだ。
だが蓋を開けてみれば、彼らの目的がこのエリーだった存在をおびき寄せるためにあったのだと分かる。
となれば、何故彼は自分と戦ったのか。
それもお互い全力を振り絞り、存在をかけるくらいの殺し合い。それが無ければ、きっと目の前の悪魔だって一撃で倒せたはずだ。
「後で事情を説明してもらいますからね」
「断ったら?」
「また力づくですよ」
そう言うと、ジークハルトは肩をすくめながら薄く笑う。その笑みの意味が読み取れず、相変わらず掴みどころがない男だと思う。
「ところで、どんどん大きくなるあれ……どうやったら止まるんですか?」
地上の全てを喰らいつくさんと巨大化していく化物を見ると、流石のシズルも顔を引き攣らせざるを得ない。
「なに、簡単な話だ」
それに対してジークハルトは余裕を見せる。
「力づくで叩きのめせばいい。お前ならそれが出来るだろう、フォルブレイズ?」
「最後はこっち任せかぁ」
「ふ、そう言うな。私ではあれを一撃で吹き飛ばすことなど、出来ないのだからな」
ジークハルトはそう言うが、つい先ほどまで戦っていた時の魔力量を考えれば出来そうな気もする。とはいえ――。
「やるよヴリトラ」
『おうとも! 先ほどは手加減してやったが、今度は手加減無用! 全力全開の我が力、刮目せよ!』
そうしてシズルが常識外れの魔力を高めた瞬間、エリーだった悪魔がその力に危険を感じたのか慌てた様子で触手を飛ばしてくる。
一つ、二つ、三つ、そして数えるのも億劫なほどの触手は、躊躇うことなくシズルを貫こうと迫ってきた。
全力で魔力を高めている間のシズルは無防備となる。このままでは全身串刺しになってしまうことだろう。だが――。
「やらせんよ」
闇色のオーラを纏ったジークハルトが間に入ると、その触手を斬り裂いていく。
上下左右、あらゆる方向から迫るそれを、まるで未来でも見ているかのように的確に、ただ一つの手違いもなく叩き切った。
『私の役割がこぉんな地味なんて……』
「そう言うな。またお前の出番はまたこれからだ」
『まあ、ジーク様の先は結構興味深いから別にいいですけどねぇ」
そんなやり取りをしながら、余裕を見せつけるジークハルトの視線が、一瞬こちらを向いた。
――さあ、見せてみろフォルブレイズ。お前の、本当の本気をな。
そんな挑発的な視線を受けたシズルは、同じように不敵に笑う。
――見せてやるさ。
瞬間、シズルの魔力がこれまでにないレベルで跳ね上がる。それと同時に快晴だったはずの空は暗くなっていく。
『ほら言ったじゃないですか。この学園には、私なんかよりもずっとエッグイのがいるって』
そして、空から激しい落雷の雨がエリーという少女だった悪魔に降り注ぐ。
『ぐ、ギャァァァッァァァアァァァアァ』
ただの一撃でさえ、大型魔獣を滅ぼす一撃。それが雨のように連続して降り注ぎ、その身を浄化させていく。
そんな雷の雨を降らせる黒雲が、さらに闇色を深くしていく。そしてそこに集まるように、どんどんと周囲の雷雲が集まり始めてきた。
そうして出来た巨大な黒雲が、激しいスパークを放ち、地面を迸る。
それは逃げようとするエリーを囲う様に三角形の結界を生み出すと、まるで見えない壁があるかのように閉じ込められた。
その瞬間、肉塊だった悪魔は姿を変え、どんどんと小さくなり、これまでとは異なった形を取り始める。
『あらー。知ってか知らずか……三角形の中に入れちゃったかぁ。これであの子も、もう嘘付けなくなっちゃった』
「悪魔の制約、というやつか?」
『くふふー。それはたとえジーク様といえど言えませんねー』
そうして徐々に形を変えていき、まるで鹿に蝙蝠のような羽根を持ち、炎で燃え盛る尻尾を持った悪魔が現れた。だがその姿もすぐに変わり、今度は天使のような少女の姿に変わる。
『イヤダァァァァァ! 死にたくナァァァィィィィィ」
かつてシズルのいた世界には、一匹の大悪魔がいた。
その悪魔の名はフルフル。序列三十四位にして地獄の大伯爵とも呼ばれるそれは、様々な願いを叶える悪魔だとも言われた存在だ。
男女間の愛を意図的に誘導する力があり、そしてその力を持って思い通りの展開に持ち込む狡猾な悪魔。そして、召喚者がフルフルを呼ぶ一番の理由は――。
『どうしても手に入らない異性を手に入れたいとき……だもんねぇ。あーあーあー、やっぱり人間の嫉妬が一番怖いですねぇ』
「それを君が言うのか? 大罪そのものである、君が」
『くふふー。まあそーですねぇ。でもそれくらい、人間の執念は凄いってことですよー』
すでにジークハルトたちは臨戦態勢を解いている。もう彼らも分かっているのだ。決着はすぐ傍に近づいていることを。
そしてその予想が外れることはない。
以前の戦いでヴリトラの力を制御に成功したシズルは今、極限まで高められたその魔力を完全に自分のものへと昇華させていた。
そして――その雷はまさに、天の怒りそのもの。
「これで――」
『終わりだぁぁぁぁぁ!』
その瞬間、ありとあらゆる音が消えさった。
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