第14話 依頼
シズルは一人で帰り道を歩きながら、その表情は憂鬱なものだった。
「はぁぁぁぁ」
『凄まじいほどため息を吐くではないか。そんなに嫌ならいつもみたいに堂々と断れば良かったのだ』
「いやまあそうなんだけど、流石に今回ばかりは他人事じゃないしさぁ」
ジークハルトの本題。それはシズルにとって中々難易度の高いものだった。
「学園に潜む敵かぁ」
『うむ、ずいぶんと胸が熱くなる言葉だな!』
「ヴリトラからしたらそうかもね。俺からしたら曖昧すぎてちょっと待って、って感じだけど」
厨二的な言葉や雰囲気が好きなヴリトラはともかく、シズルからすればややこしい話であることこの上ない。
ジークハルトの話はこの学園に潜んでいる敵を調査し、可能なら倒して欲しいという内容だった。
そんなのは学園にいる優秀な教師陣に頼めばいいと思うのだが、ジークハルト曰く教師もまた敵の可能性が高いと言う。
「だったら俺も敵かもしれないのに……」
『シズルは敵じゃないだろう?』
「いやそうなんだけどね?」
『ではさっさとその敵とやらを見つけて倒せばいいではないか!』
「ヒントも何もないこの状況でどう探せと!」
実際ジークハルトの話は酷く抽象的なものだった。具体的な敵は誰ともわからず、ただいる事だけは確信しているらしい。そしてすでにその敵は動き出しており、徐々に学園が蝕まれているという。
そこまで分かってて犯人分からないってどういうことだと思うが、あの人を喰ったような性格の王子の事だ。もしかしたらこちらを試しているのかもしれないと疑ってしまう。
以前のレノン子爵の件といい、今回の件といい、笑顔で近づいてくる貴族は碌でもない相手だと学んだシズルは、今後近づかないように気を付けようと決意しているのだ。
『しかし良かったな』
「ん? 何が?」
『シズルのフォローをするためにあの女子が付いてくるというではないか。これでルキナ殿がいなくても一人にならずに済むぞ!』
「……別に一人で困ってないし」
ヴリトラの言葉に少し拗ねた顔をするシズルだが、その内心も複雑だ。
調査依頼を請け負った後、ジークハルトは一人で調査は大変だろうと怪しい笑みを浮かべながらユースティアを付けることを提案してきた。
怪しいので断ろうと思ったのだが、断る間もなくとんとん拍子で話が進んでしまい、気が付けばユースティアと一緒に学園を調査することが決定してしまったのだ。
実際一人で学園の調査をするのはシズルの交友関係では難しいのだが、分かっているなら別の者にやらせて欲しいとも思う。
『我は知っているぞ。あれは助手というやつだろう?』
「うん、間違ってないけどやっぱりちょっと違うかもね」
最近本を読むようになったこの雷龍は自信満々にそう言う。
どうやらマールが持ってきて部屋に置いていったミステリーモノで学んだらしい。彼女の本は少し濡れ場が多くて教育に悪いからあまり読ませたくないのだが、授業中などは相手を出来ないので取り上げるのもかわいそうだ。
せめてイリスが持ってくる童話やファンタジー物を読んでほしい。というか、彼女たちはシズルの専属メイドとして一緒に学園に来たが、部屋は別なのだからそっちに置けばいいのに何故いつもシズルの部屋に持ってくるのかが謎である。
「ふう……それにしても、ラピスラズリ嬢も嫌なら嫌って断ればいいのに……」
事前に話を聞かされていたらしい彼女は二つ返事で頷いたのだが、詳しい事情はシズル同様あまり聞かされていないという。そんな状態であっても躊躇うことがないのは、よほどジークハルトを信頼しているのだろう。
だがシズルから見ればどうにも盲目的というか、妄信的というか、ジークハルトを崇拝している彼女の行動には危うさを覚えてしまう。
仮にだが、このままジークハルトが上手くやって王位に着き、そしてユースティアが王妃となった場合、何かあった時に彼を止められるとは到底思えなかった。
『それはシズルとルキナも同じではないか?』
「え……? あー、うーん……」
確かに考えてみればルキナのシズルに対する態度はどこか近い雰囲気があるかもしれない。
そう思ったシズルだが、そもそも自分はルキナに泣かれでもしたらすぐにでも前言撤回をする自信があるので大丈夫だろうとも思った。
「一応、俺たちにはヴリトラとルージュがいるからさ。まあ、最悪のときはどうにかなるかなって」
『ふ、そうかそうか! まあもしシズルが道を踏み間違えそうになったら、そのときはしっかり痛い目に合わせて反省させてやろう!』
「ははは、お手柔らかにね。ただでさえルージュは手加減してくれそうにないんだからさ……」
現実問題、もしそうなったら生きていられる自信がなかったシズルは、絶対に道は踏み間違えないようにしようと心に決める。
そう思うと、やはりユースティアの事は心配になった。彼女には、ジークハルトを止める手段が何もないのだ。そして、止めてくれる人も。
「とはいえまあ、二人の問題だから別にいいんだけどさ」
実際は二人の問題ではないのだが、貴族の抗争に巻き込まれたくないシズルは、中央の政争にかんしては距離を置くことに決めている。今回は学園内の出来事のため協力するが、貴族間の問題に関してはこれ以上首を突っ込む気はなかった。
「あぁ……面倒くさい」
シズルは裏で暗躍とか、そういったことをする相手は苦手だ。もっと言うと、貴族のやり取りはとても疲れる。何せ彼らは笑顔の裏で武器を隠し、自身の利益を得るために怒る振りをする人種なのだ。
以前のレノン子爵、そして今回のジークハルトの件でそれが良く分かった。
シズルとしてはそんな人間とお友達になる気はないのだが、残念ながらこれから先の貴族生活や、今の学園生活ではそれから逃れられることはないのだ。
「一緒にいるならせめて、ちょっと馬鹿でも嘘とか付けない人の方がマシだなぁ」
『む、前から誰か来るな。我は消える』
そんな風に考えていると、道の正面から大股で歩いてくる男子生徒が見える。その姿が見えた瞬間、ヴリトラはシズルの中に姿を消した。
そうして近づいてくるにつれて鮮明になる赤茶色の髪を肩まで伸ばした少年の名は、ミディール・クライトス。
大将軍の息子にして、学年で三人しかいない公爵家の子弟だ。
その表情は怒りに満ちており、鼻息を荒くしながら近くまでやってくると、勢いよく指をさしてきた。
「おいフォルブレイズ! どうして今日は鍛錬場に来なかった! おかげで僕は一人で鍛錬することになったじゃないか!」
『シズルシズル……馬鹿で嘘が吐けなさそうな奴がきたぞ。良かったな』
(うん……だけどもう少しだけ賢い人が良かったかな)
理不尽なことで怒っているミディールを見ながら、そう思うのは我がままなんだろうかと、シズルは空を仰ぐのであった。
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