第7話 英雄

 シズルはこの世界に転生してから今まで、強くなるための鍛錬を欠かしたことはなかった。

 それは魔術的なこともだし、肉体的な修行もそうだ。


 そのおかげもあって、ルキナを助けるためにルージュと戦うことも出来たし、フォルセティア大森林では災厄の獣であるフェンリルを倒すことも出来た。


 最強、と名乗るにはまだまだだとは思っているが、それでも自分より強い人間はそういない。それくらいの自負は持っている。

 だがしかし――。


「ははは! まだまだ甘ぇなぁ!」

「だぁぁぁぁ! クッソォォォォ!」

「兄上交代です! 次は俺ですから!」


 グレンとの鍛錬で地面に転がされたホムラは、悔しそうに叫ぶ。

 それと入れ替わるようにシズルが前に出てグレンに向かって行った。

 

「おら来いや!」


 そうしてシズルは手に持った雷剣をグレンに向ける。身体強化こそ行っていないが、それでも十分すぎるスピードで攻撃しているのだが――。


「なん……で当たらない⁉」

「さあ、なんでだろうなぁ!」


 シズルの剣戟は並みの戦士では視界に入れることすら難しい速度。だというのに、グレンはまるで先読みしているようにシズルの剣を軽々と受け止めていく。


 まるで未来が読めているかのように、こちらが動くよりも先にグレンが動くのだ。 

 この感覚を、シズルは知っていた。


「これ、ジークハルト王子の……」


 生まれた時から常に命の危険に晒されたことによる、未来予知にも近い勘。それと同様のことをグレンは行っていた。


「へぇ。気付いたか。昔はこれ一つ気付けなかったってのに、成長したじゃねえか」

「たまたま、同じようなことをする人と戦ったことがあるだけですよ!」


 超高速の連撃。二人は軽口を叩いているように見えて、凄まじい技量でぶつかり合っていた。


「ちっ!」

「ははは! ホムラはちっとばかし感覚頼り過ぎだが、シズルは考え過ぎだな! もう少し考えるより先に動きな!」


 明らかに速度はシズルが早いのに、グレンによって押し込まれる。

 身体強化をしてしまえばシズルの方がパワーも上だろう。だがしかし、素の能力で戦った場合、大人と子ども。グレンの方が力強く、先回りしていく彼の剣技にいつの間にか防御一辺倒となっていた。


「そらよ!」

「あ!」


 一瞬の隙。普通なら気付くことも出来ないそれをグレンは見逃さず、ガードを崩されてしまう。


「おらぁ!」

「ぐっ――⁉」


 そこから放たれる回し蹴り。満足な体勢を取れなかったシズルは、そのまま吹き飛ばされてしまう。


「おっしゃ次はまた俺の番だ!」

「あ、兄上! 俺まだ負けてない――」


 最後まで言い切る前に、ホムラが再びグレンに突撃する。シズルと比べて父の面影を引き継いだからか、その戦い方はとても良く似ていて、迫力がある。


 中庭に重く鈍い剣戟の音が鳴り響いた。そして何度も何度もぶつかり合ったあと、やはりシズルのときと同様にホムラがどんどん押され始める。


「ぐ、あ、この!」

「ほれほれほれ! お前はもっと考えて動かねぇと、いつまで経っても俺から一本取れねぇぜ!」

「ちぃっ! あ!」


 そして、シズルと同じように態勢を崩され、敗北する。

 その後は再びシズル、そして負ければホムラと何度もグレンに挑戦するが、結局最後の最後まで二人が勝つことは出来なかった。


「ははは! まだまだ俺も捨てたもんじゃねえな!」

「ち、くしょう……」

「くそぉ……」


 体力切れで地面に倒れ込む息子二人と、それを見下ろす父。

 この辺りは経験の差が出た結果であるのだが、負けず嫌いの二人はただ高笑いをしている父を睨むだけだ。


「まあまあ強くなってるが、お前ら魔術に頼り過ぎだな。言っとくが、最後に頼りになるのは自分の身体だぜ」

「……ちっ」

「……そうですね」

「いや、お前ら俺父親だからな? なんか敵を見る目で睨むの止めね?」


 負けたら楽しくないのだから、仕方がない。

 昔に比べてだいぶ強くなったと思ったが、それでも父に一矢報いることすら出来なかった二人はただただ機嫌が悪かった。


 とはいえ、それと同時にグレンが王国の英雄と謳われるだけあるとも思う。


 英雄とは、特別な称号だ。

 

 これまで王国内で強いと言われる者は多数いた。S級冒険者しかり、王国の騎士団長しかり。

 しかし今『英雄』と言えば大陸においてただ一人、グレン・フォルブレイズのことを指す。


 そしてそれは、勇者と呼ばれる光の大精霊の契約者と同等の名声であり、唯一無二の存在。


 だからこそ王国中の戦士や冒険者たちの憧れであり、たとえ年を重ねて現役を引退したとしても、その実力は本物だった。


「まあ、これに懲りたら偉大な父をもっと尊敬しな」

「ちっ」

「……」

「だからその敵を見る目は止めろって……悲しくなるだろうが」


 そんなことを言われても、仕方がない。仕方がないのだとシズルは思った。


「……とりあえず、ホムラはもっと落ち着いて周りを見ろ。んでシズルは考え過ぎだから、もう一歩踏み込むことを覚えることだな。それだけでお前ら、まだまだ強くなれるぜ」


 それだけ言って、グレンは笑いながら去っていく。シズルたちはまだ動けないほど消耗しているというのに、本物の化物だと思った。


「なあシズル……」


 唐突に、地面に寝転がって空を見上げているホムラが口を開く。


「なんですか?」

「魔術ありなら、勝てると思うか?」


 その質問に、シズルは答えない。


 単純な実力だけで言えば、今の全盛から離れたグレン相手であれば勝てると思っていた。

 ただ、そんなことを微塵にも感じさせない圧倒的な経験と、そこ知れぬ実力の深さを前にした今、頷くことは出来なかった。


「そうか」


 ただ、それだけで十分だったのか、ホムラは一言呟くとそれ以上なにも言わなかった。


 シズルもまた、地面に仰向けに寝転がりながら、ただただ空を見上げるだけ。


 ふと、少し離れたところでルキナとユースティアが近づいてくるのが見えた。その後ろにはローザリンデとジュリエット王女も一緒だ。


 どうやら女性陣で仲良くしているらしく、ホッとすると同時に格好悪い所を見せてしまったとも思う。

 それはホムラも同じようで、苦虫を嚙み潰したような顔をしていた。


「ああクソ。俺はまだ弱ぇなぁ」

「そうですね。世界最強、遠いなぁ」


 そんな風に兄弟二人揃って呟きながら、体力の回復に努めるのであった。



―――――――――――――――

【感謝!】

ついに『雷帝の軌跡』の2巻が発売しました!

読者の皆様のおかげでまだ初日ではありますが、1巻同様めちゃくちゃいいスタートとなりました!


加筆も7万文字ほどしていて、二度目でも絶対に楽しく読める内容になっております!


もしまだ書籍版を読んでいないという方は、良ければ第1巻も合わせてこの機会に買って頂ければ幸いです!

何卒、何卒よろしくお願い致します!

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