第6話 親子
改めてユースティアを受け入れると決めてしまえば、心はだいぶ軽くなった。
あのあとルキナとも二人きりで話し、そして今後のことなども三人で語り合った。やはり正妻は元々婚約者であったルキナ、そして側室としてユースティアが入るらしい。
これは自分たちだけでなく、すでに外堀を埋め尽くされたあとだったためにスムーズに進んだものだ。
主導権を握っているのはフォルブレイズ家。ただしシズルではなく、母であるイリーナとフォルブレイズ第一夫人であるエリザベート。
グレンやルキナの父であるローレライ公爵あたりは、彼女たちによって完全に抑えられる結果となった。
最初に聞いたときは、男が弱いのか彼女たちが強すぎるのかと悩んだものだが、すぐに間違いなく後者だろうとシズルは思った。
そして同時に思うのは――。
「兄上もいい加減諦めたらいいのに」
「……ふん」
シズルの部屋にやってきてから、あまり機嫌が良くない兄を見ながら、自分も周りから見たらこんな感じだったのかなぁと微笑ましい目で見てしまう。
「シズル、たしかに俺は貴族だ。だから当然、世継ぎを作るのも仕事だってことはよぉぉぉぉぉぉぉく、わかってる」
「そうですね」
昔からこの兄は、意外と貴族について自分なりに色々と考えているのは知っていた。その中で当然、婚約というのも己の義務であることはちゃんと理解している。
ただそれでも、今回の婚約について中々進展していない。どころか、どうやら受け入れる気がないらしい。
ジュリエット・アストライア王女はシズルの目から見ても美人だし、この屋敷に来てから何度か関わることがあったが、決してホムラが嫌うような性格ではない。
ぱっと見の印象は貴族らしい態度であるが、その実思慮深く相手を気遣えるタイプの人だった。それでいてホムラにべた惚れしているのだから、婚約を拒否する理由などないはずなのだ――本来なら。
「ローザリンデのことですか?」
「……あー」
どうやら以前、城塞都市マテリアでローザリンデとなにかあったらしく、いつもと違っていて歯切れが悪い。
多分、ジュリエット王女のことも気にはしているし、貴族としての立場のことも気にしている。それでもローザリンデを一番に考えているあたり――。
「兄上って意外と、義理堅いですねぇ」
「意外は余計だ、意外は」
否定はしないらしい。
「とりあえず、ローザリンデに関しては元々わかってたことじゃないですか」
「……まあ、な」
「本人はなんて言ってるんです?」
そう聞くと、ホムラは視線を逸らす。どうやらあれ以来まともに話をしてないらしい。ただ、正直気持ちはよくわかる。
自分もまた、ルキナに背中を押されるまではユースティアのことをまともに考えていなかったのだから。
「この兄にして俺かぁ」
まるでつい先日の自分を見ているようで、少しムズムズする。
自分のときと違うのは、ローザリンデにはホムラの背中を押す立場にないということだろう。
「仕方ない……」
とりあえず先に覚悟を決めた者らしく、この兄の背中を押してやろうと決めた、そのとき――。
「おぉぉぉい! シズルー! ホムラ―! お前らちょっとこっち来ぉい!」
「っ――⁉」
「この声、親父か⁉」
窓の外にあるイリーナのために作られた庭園。そこから聞こえてきたのは、長らく家を離れて王都に行っていた、父グレンの声だった。
いつもの要領で窓から飛び降り、庭園近くにある広場に行くと、グレンが不敵な笑みを浮かべて大剣を肩に担いでいた。
「んだよ親父」
「なんの用ですか?」
普段から自由にしまくっている自分たちを、グレンはあまり呼び出したりはしない。
だからこそ、今回みたいに無理やり呼んだことに疑問が浮かんだ。
「いやなに、なんだかお前ら最近、バカのくせに色々と考えてるみたいだからな。こりゃ親父として相談に乗ってやらねぇとと思ってよ」
「いや父上、たしかに兄上は父上に似てバカっぽいですけど、こう見えても色々と考えてるんですよ?」
ましてや父にバカと言われるほど、自分はバカなことはほとんどしてないというのがシズルの思いだ。
せいぜい屋敷から抜け出して色々としているだけ。たしかにマールや騎士たちには迷惑をかけているかもしれないが、それでも家から出奔した父と比べれば可愛いものだ。
「おいシズル。お前微妙に俺のことバカにしてねぇか?」
「え?」
「その驚きはどっちだ⁉ なにを今更? 見たいに聞こえるんだが⁉」
なにを今更と思っているのである。
「まあそんな話は置いておくとして、結局なんの用ですか?」
「そうだぜ。こっちは親父と違って忙しいんだ」
「……息子二人が反抗期だ」
反抗期なのではなく、単純に面倒だと思っているだけである。
若干凹んだ様子を見せるグレンだが、しかしその立ち振る舞いには隙が無い。
この国において最強は誰だという問いに関しては、きっと多くの人が口を揃えて光の大精霊と契約した勇者だろうと言うに違いない。
しかしもし、この国の英雄は誰だという問いに対しては、光の勇者よりもグレンを挙げる者が多いだろう。
それほどまでに、アストライア王国において『英雄グレン』という名は重く、そして強いものだった。
「とりあえずお前ら、女のことで悩んでんだろ?」
「俺はもう解決しましたけど――」
「悩んでんだよな! だったらとりあえず、身体を動かす! それがフォルブレイズ家のやり方だ!」
シズルのことを無視して、グレンは大剣を軽々しく振るう。その風圧だけで、とてつもない力を感じた。
その力はとてもブランクの大きい戦士の物とは思えない。
「ここ最近は王宮のごたごたのせいであんまり構ってやれなかったけどよ。久しぶりに思う存分相手をしてやるから、かかってこいよ」
ニヤリ、と笑う仕草は本当にホムラに似ている。というよりホムラが似ているのかとシズルは思う。
相棒であった精霊であるスザクはもう彼の手を離れてホムラと契約しているので、今のグレンは普通の精霊使い。となれば、シズルやホムラが本気で戦えば、さすがに勝てる術はない。
それはお互いわかっていることなので、基本グレンとの鍛錬は剣術と体術のみであるのだが――。
「今日こそ勝ちます!」
「おう! いい加減、ほえ面かかせてやろうぜ!」
これまでシズルもホムラも、これまでこの条件でグレンに勝ったことがない。肉体のピークもとっくに過ぎているはずなのに、最後に倒れているのはシズルであり、そしてホムラだった。
ここ最近はグレンも忙しくて中々鍛錬をすることがなかった。最後に鍛錬をしたのはフォルセティア大森林に行くよりも前の話。
そしてそれ以降の経験で、二人とも強くなった自覚がある。
だからこそ、シズルたちはやる気に満ちていた。
「「絶対にぶっ倒す!」」
「おう! かかってこいや未熟共!」
貴族の中でも最上位クラスである侯爵家の親子は、端から見ればチンピラの親子みたいな言葉遣いをしながら、鍛錬を始めるのであった。
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もし良ければ第1巻も合わせて、この機会に買って頂ければ幸いです!
何卒、何卒よろしくお願い致します!
●下記 MFブックス公式サイト
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試し読みで中の口絵ががっつり見れますので、良ければ是非とも見てみてください!
・第1巻
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・第2巻
https://mfbooks.jp/product/raitei/322102001205.html
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