第8話 父の友人

 シズルはこの世界に転生するとき、物語のヒーローのように強い存在になりたいと思った。


 そのために赤ん坊のときから魔力コントロールをしたり、肉体的な鍛錬をしたりと、強くなるために様々なことをしてきたのだ。

 

 実際強くなったと思った。

 ルキナを助けるためにルージュと戦い、イリスたちを救うためにフェンリルと戦い、ユースティアのために大悪魔と契約したジークハルトとも戦った。


 一人ではなかったとはいえ、それでも世界に名を残す強敵たちに打ち勝ってきたことは、自分の自信になっていたのだ。


 だが――。


「あれが、英雄か……」


 夜深い時間帯。シズルは自身の部屋で昼間のことを思い出していた。

 

 自分の攻撃はすべて先読みされ、避けようとした先にはすでに新しい攻撃がある。

 

 決して速い攻撃ではなかった。

 これまでたくさんの強敵たちと戦ってきたシズルにとって、対応するには十分すぎるレベルだったはずだ。


 だがしかし、結果として自分は手も足も出ずに敗北。兄であるホムラも十分な実力を持っているにもかかわらず、同じようにやられていた。


「はあ、最強は遠いなぁ」

「まあそう悲観するな。たしかにあの男は強かったが、我らが本気を出せば――」

「そう言う問題じゃないんだよヴリトラ」


 たしかに大精霊であるヴリトラの力は強大だ。そしてその恩恵を受けている自分が本気を出せば、さすがの父でも現役を退いている今、対応することは出来ないだろう。


 しかしである。今回の鍛錬は『対等』の条件だった。その条件であれほど圧倒されて、男として悔しい思いを隠せない。


「たとえば、あり得ない過程だけどヴリトラと同じく大精霊の契約者が他にもいて、敵対したらどう?」

「ふむ……」


 ヴリトラはしばらく考えるように黙り込む。

 

 実際、今のところこの世界で確認されている大精霊の契約者は一人だけ。


 ルキナとシズルに関しては、身内こそ知っているが基本的には隠している案件だ。そして仮に知っている者も、ことの大きさを知って黙り込んでしまうことだろう。


「……今のシズルなら大抵の敵は問題ないと思うが、それでも敗北する可能性は十分ある」

「うん、俺もそう思う」


 もちろん、ルキナやルージュと敵対することはないだろう。そして父の友人であり、光の大精霊の契約者である王子とも、敵対することはない。


 とはいえ、まだ見ぬ大精霊というのもいる。そしてシズルはなんとなく、いつか引き合うのではないかと、そんな予感がしていた。


「まあだからって、敵対するって決まったわけじゃないんだけどね」

「そうだな。我は他の大精霊のことはよく知らんが、わざわざ喧嘩を売る気などはさらさらない」


 この辺りはルージュに聞けばわかりそうだが、素直に教えてくれるとも思えない。

 それに彼女はルキナの安全第一で、そういった危険に近づかせることも嫌うだろう。


「とりあえず、どんな相手だったとしても負けないくらい強くなりたいな」

「シズルならなれるとも。なにせ、この雷龍精霊である我の契約者だからな!」


 ヴリトラの言葉はいつも力強く、そして信頼に満ちていた。だからこそ、シズルはその期待に応えたいとそう思った。




 翌日、フォルブレイズ侯爵邸が騒がしい空気に包まれる。


「なんだろ?」


 また兄が脱走でもしたのだろうかと思ったが、そうなったらだいたい周りの騎士たちの自分を見る目が厳しくなるので、ちょっと違うかと判断。


 忙しい様子なのはメイドたちのようで、まるで突然貴賓があるような状況だ。


「あ、シズル様!」

「マール? なんだか騒がしいけどどうしたの?」

「じ、実はグレン様がとんでもない人をいきなり呼んできて!」


 どうやら原因はホムラではなく父だったらしい。そう思って続きを促そうとすると――。


「よおシズル!」

「父上、と……?」


 こちらにやってくる父の隣、そこには若々しい青年がいた。

 光の加減次第では銀にも見えそうな薄い金髪に、すらっとした佇まい。


 見た目は二十代前半くらいだろう。

 シズルは昔、鏡を見て異国の王子様のようだと自分で思ったものだが、目の前の男性はまさしく『王子』と呼ぶべき見た目だと思う。


「グレン、この子が君の息子かい?」

「おう! まだまだガキだが、お前以来の逸材だぜ」

「君がそこまで言うなんて、将来有望だ」


 そう微笑む青年は、グレン相手に対等に話しかける。それだけで目の前の相手がどのような立ち位置にいる存在なのかがわかり、つい背筋が伸びた。


 侯爵であるグレンに対してこのように気軽に話せるのは、公爵以上。そして学園でも見覚えのある青年の立ち振る舞いは、ジークハルト王子そっくりだ。


 つまり目の前の青年はおそらく王族――。


「父上、この方は?」

「おう、俺の友人のクレスだ」

「……まさか」


 柔和に微笑む青年の名前を知っていたシズルは思わず呆気に取られ言葉を失う。


 なぜならその名が本物であれば、目の前にいるこの青年こそ二十年以上前に起きた魔王戦役を終わらせた立役者にして、現時点で魔王領をたった一人で抑え込んでいる男。


「初めまして。君のことはグレンから聞いていたからね。会えるのをずっと楽しみにしていたよ」


 光の大精霊と契約者した、正真正銘、世界最強の名を冠する『勇者』なのだから――。

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