第28話 尾行開始

 この日、シズルはアストライア王国の王都をユースティアと歩いていた。


 というのも、ミディールが例の女子生徒、エステル・ノウゲートとデートをするという話を聞きつけたからだ。


 シズルとしては一度叩きのめしてやろうと思っていたのだが、それよりも泳がして情報を得る方がいいだろうというユースティアの発言により、こうして尾行をしているのである。


「……確かに私がそう言ったが、この格好は?」

「うん、中々似合ってるね」


 当然ながら、尾行をする以上目立つわけにはいかない。


 そもそもシズルにしてもユースティアにしても、少し歩けば誰もが振り向きかねないほど優れた容姿をしているのだ。


 である以上、普段の学生服で王都など歩いてみれば、即座に噂になってしまう。


 そのためシズルはフォルブレイズ領で培ってきた変装技術を駆使して、市井に溶け込むことを提案していた。


 その結果、シズルは普通の平民が着るような、そこまで仕立ての良いわけではない生地を使ったシャツに、動きやすいパンツ姿。


 ある意味、普通の少年といった風貌だ。


「おいシズル、本当にこの格好が目立たないんだろうな……なんだかいつもと違っていて、その……」

「目立たないか目立つかと言われると、まあ目立つけど」

「じゃあなんでこんな格好を選んだ⁉」


 普段の制服は動きやすさを重視したせいか、スカートは短く彼女のスラッとした足が良く見える格好だ。


 元々の気高さも相まって彼女の制服姿はまるで戦女神のような凛々しさがあるのだが、それでは明らかに街に住む女性からはかけ離れている。


 というわけで今回シズルがプロデュースしたのは、丈の長い白のワンピースに、つばの長い帽子。清楚な雰囲気がいつものユースティアとはだいぶかけ離れている。


 さらに帽子で彼女の顔を隠せるため、万が一学園の生徒に見つかっても彼女がユースティアとは思えない事だろう。


「というか、なんでそんなに恥ずかしそうなの?」

「う、うぅ……私にこのような格好、似合わないだろ?」

「え? そんなことないけど。というか滅茶苦茶可愛いし」

「か、可愛い⁉ おおぉぉぉ、お前なぁ! 冗談か⁉ 世事か⁉ そんなのはいらんぞ!」

「え、えぇぇ……」


 シズルとしては本心をそのまま告げただけなのだが、何故か素直に受け取ってくれない。


 確かに普段のユースティアはどちらかと言えば可愛いより綺麗か格好いいというべきだろう。


 しかし今日の服装は市井の物をそのまま流用し、更にシズルの好みをそのままぶつけたので、個人的にもかなり高評価の出来具合だ。


 だというのにこうも頑なな態度を取るのはきっと、彼女がこれまで貴族の、しかも王子の婚約者というプレッシャーの中で生きてきたからだろう。


 ずっと張り詰めた生き方はシズルからすれば堪ったものではなく、きっと耐えられないと思う。


 そういった意味で、シズルはユースティアのことを本当に尊敬していた。


「だ、だだだ大体! 私にこう言った服装はあまりに合わんだろ⁉ しょ、正直に言っていいんだぞ!」

「いやいや、学園での凛とした感じも良いと思うけど、こういう服も凄く似合ってるよ?」

「うっ、うぅぅぅ」


 今日は変装という事で普段は団子頭にしている髪の毛を降ろしている。


 女性は髪の変化で大きく変わるというが、腰まで伸びた美しい金髪と今の雰囲気は絶妙にマッチしていた。


「しまったな……」

「ほ、ほら何か問題があるんじゃないか! ほら、はっきり言ってみろ!」

「ユースティアが美人過ぎて目立ってる……目立たないために変装したはずなのにこれじゃ本末転倒だ」


 そう言って周囲を見て見ると、すれ違う男はもちろん、同性であるはずの女性たちすら彼女を一目見て顔を紅くしている。


 元々若干中性的な部分があり、学園でもお姉様扱いされていただけあり、その美しさは男女ともに魅了するようだ。


 特に今は服装も髪の毛も、いつも以上に女性らしい格好をしているせいか、男たちは隣に女性がいるにも関わらず見惚れている。


 さらに隣に立つシズルを見て、嫉妬の視線を隠さずぶつけてくる始末だ。


 まだ十二歳だというのにこれだけ周囲を魅了するこの美貌は、末恐ろしいとシズルは思った。傾国の美女、というのはきっと彼女のような女性のことを言うのだろう。


 そんなユースティアはというと、真っ赤にした顔を両手で覆っている。


「…………」

「ん? どうしたの顔を手で抑えて」

「……もう言わないでくれ」


 どうやら恥ずかしがっているらしい。


 しかしそんな態度を取ればとるほど、普段とのギャップで余計に魅力的に映ってしまうから困ったものだ。


 もし自分にルキナがいなければ、そして彼女が王子の婚約者でなければ、それこそ魅了されていたかもしれない。


「まあまあ、とりあえず尾行を開始しようか」

「……ああ」


 本来ならシズルの『魔術探査<<サーチ>>』を使えばこうした尾行など必要なく相手を探れるのだが、今回の場合は悪手である。

 

 グレンのように攻撃に特化した者ならともかく、魔力の流れがしっかり見える相手の場合、バレてしまう恐れがあるからだ。


 相手がどのようにして男たちを虜にしているのか解明できていない今、迂闊に近づくわけにはいかなかった。


「なあシズル、お前なんか色々と手慣れてないか?」

「んー、まあ領地だと結構抜け出してたからね。それで騎士たちと追いかけっこなんて日常茶飯事だったし、街に溶け込む技術は中々だと思うよ」

「……フォルブレイズ家は何をしているんだ?」


 そんな過去の自分の所業を聞いたユースティアは呆れたように息を吐く。


 そう言えば兄であるホムラも良く逃げ出していたし、もっと言えば父であるグレンもそうだったと教えられた。


 そういう意味では、あれこそがフォルブレイズ家の日常なのだ。


 そんな風に会話をしていれば、深窓の令嬢とその付き人、と周囲からは見られることだろう。


 住民たちに紛れてミディールとエミリアを追いかけていると、不意にユースティアが何かを思いついたように声を出す。


「ところでシズル、言い忘れていたがお前も中々似合っているぞ」

「そう? ありがとう」


 おおよそフォルブレイズ家でも同じようなことは良くしていた。


 ここ最近は普通に外へ出ることが許可されていたため、いちいち変装する必要はなかったが、昔取った杵柄というやつだ。


 自身の目立つ金髪は茶色の帽子で少し隠し、青年と少年が着るであろう簡単な服装を選べば、自然と市井の人間に紛れることが出来る。


「……ズルい」

「なんでさ」


 褒めてくれたから素直にお礼を返したら何故か拗ねられた。


 この辺り、女心は良く分からないと思ってしまう。


 きっとこういうところが前世でも彼女一人出来なかった理由に違いないと勝手に自己分析をしていると、ターゲットたちがおしゃれなカフェへと入っていく。


「あの店はミディールが贔屓にしている店だな。昔から女性を連れていくときはあの店がいいと何度か言っていたから間違いない」

「なるほど、まずは自分のホームで勝負するってことだね」


 どんな戦いであれ、始まる前の準備こそが重要だ。


 それは優位なところで戦闘を開始することもそうである。こうして自分にとってホームに引きずり込むことで、主導権を握ろうとしているのだろう。


 流石は大将軍の息子だけあって、実力はともかく戦いに関してはよく理解していると思う。


「……ああ、うん。多分お前の思っているような話ではないと思うが、概ね間違っていないんじゃないかな?」


 そんなバトル脳であるシズルが何を考えているのか理解したのか、ユースティアは少し呆れた様子を見せた。


「よし、それじゃあ俺たちも入ろうか」

「え? いや流石に中に入ったらバレる恐れが……」

「大丈夫大丈夫。こういうのは堂々としてれば意外とバレないもんだからさ」

「……お前、なんか手慣れてないか?」

「気のせいだよ」


 ユースティアの手を引きながら、ミディールたちの入った店へと入店する。


 すぐに愛嬌の良い店員が声をかけてくれるので、ミディールたちが見え、かつ向こうからは見づらい場所を陣取ることに成功した。


「じゃあとりあえず俺たちも昼食を食べようか」

「あ、ああ……」


 少し戸惑った様子のユースティアを見て疑問に思いながら、シズルはメニューを見てささっと決める。


「ん? どうしたの?」


 その様子を彼女がじっと見つめてくるので尋ねると、少し困ったように視線をキョロキョロとさせながら


「その、こういった市井の店に入るのは初めてだから、どうすればいいのか……」

「おおう……」


 その言葉にシズルは若干驚くが、思えばユースティアは公爵令嬢である。


 当然一人で街を歩くなど、学園に入るまでしてきたことはないだろう。


 そして学園内であっても別格の貴族令嬢だ。彼女を軽々しく街に誘える猛者がいるとは思えなかった。


 基本的には学食も同じシステムのはずだが、初めての経験は何事も緊張するものだ。それは決して馬鹿にしてはいけないことだと思う。


「そういえば、ルキナも昔俺が連れだすまでは一人で街に出るなんてことしたことなかったって言ってたっけ」


 思わず昔を少し振り返りながら、シズルはとりあえずメニューを見せてどういう風にやるのかを説明していく。


 戸惑いながらも真剣な表情でメニューとにらめっこをしている彼女の姿は、普段の気負った姿よりも断然魅力的だ。


 きっとこの姿を見れば他の生徒たちももっと親しみやすくなるだろうなぁ、などと適当なことを考えながら、シズルは背後の様子を伺うのであった。

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