エピローグ
シズル達が城塞都市ガリアへ戻ってくるまでの間、フォルセティア大森林でエルフとオークの和解、交易都市レノンでの子爵とのやりとり、ローレライ公爵領を抜ける際ルキナに会うか否かなど、様々な事があった。
今後フォルセティア大森林はエルフ族の長とオーク族のゲオルグを中心に、交流を深めていくことを決めたらしい。
そしていずれは全ての部族が森の仲間として協力し合えるような、そんな未来に向けた動き出した。
白狼族の生き残りに関しては、追放という形を取ることで解決する。
彼ら自身の意思で反乱を起こしたとはいえ、フェンリルのような自分達の神に近しい存在を見て、魅了されることは仕方がないという判断だ。
本人たちも憑き物が取れたような表情をしていたので、復讐などを考える事はないだろうとの事だった。
ローザリンデとイリスも森から出る前に、これらのゴタゴタを解決する必要がある言うので、交易都市レノンにて数日の間待機することとに。
その間、森であった事をレノン子爵に話すと、彼は嬉しそうに英雄譚を作ると息巻いていたので止めておいた。
その代わり、今後何かあった場合必ず手助けをするように強く言いつけておくと、彼は笑顔で了承する。
正直レノン子爵が苦手なシズルとしては、あの狸が笑顔の裏でどれだけ謀略を練っているのか、不安で仕方がなかった。
行きと帰りで変わった事と言えば、合流したローザリンデがホムラを意識している場面を多々見かけるようになったことだろうか。
どうやら兄はそんな彼女の態度に気付いていないらしいが、これは帰って義母上に報告しようと心に決める。
これで少しは落ち着きを見せてくれれば、などと魔術狂い扱いされている自分を棚に上げて思うシズルであった。
そうして旅を続けローレライ公爵領に入った際、ルキナに会わないのかと言われるが、今回は会わないことにした。
ルキナの住む主要都市はこの馬車の進路から相当遠い。
今も苦しんでいるかもしれない母を想えば、一刻も早くガリアに戻りたいという気持ちがあったのだ。
ただ、シズルとて彼女に会いたいのは事実。そのためその想いを手紙を
そうして、風の大精霊ディアドラが再び眠りについてから一か月。
結果として、一刻も早く母の下へと戻りたいと言う思惑からは外れて当初よりも時間がかかったが、シズル達は城塞都市ガリアへと戻ってきた。
「それではシズル。我々はギルドへ結果の報告へ行ってくる」
「うん。事情は説明しておくから、あとで屋敷まで来てくれる?」
「いや、今日は止めておこう。私とイリスは宿に泊まって、明日伺おうと思う」
その言葉にイリスがコクコクと頷く。
二人の様子にどうやら気を使わせてしまったようだと気付くが、その好意に甘えてシズル達は屋敷へと戻った。
家族、そして多くの使用人に迎え入れられながらシズルは屋敷の中を歩き、目的の部屋へと辿り着くと大きく深呼吸をする。
「俺らはここで待っててやるからよ、さっさと済ませな」
「うん。ありがとうございます兄上」
兄、侯爵夫人、マール、そして事情を知ったこの屋敷に住む多くの使用人達。
ホムラと侯爵夫人を除けば、彼らはまるで神に祈りを捧げるように両手を組み、奇跡を願ってくれている。
普通は貴族の夫人が使用人にここまで心配されることは少ない。それだけ母が慕われているという事実に嬉しく思い、胸が熱くなる。
思えば、この扉を開けるときはいつも後悔していた。
自分が生まれた事、自分のせいで光を、そして未来を失った人がいる事を、シズルはいつも後悔していたのだ。
だが今日は違う。緊張する手足を動かし、シズルは扉に手をかけて中に入った。
「入ります」
「シズル……?」
シズルの緊張した声がわかったのだろう。イリーナはいつものように瞳を閉じているが、少し不思議そうに声を上げてこちらを見る。
「おかえりなさい。ルキナちゃんとは仲良く出来た?」
「っ――!」
その声を聞いた瞬間、シズルは思わず涙が込み上げてくるのを我慢する。
母には過度な期待をさせないため、エリクサーの事を黙っていた。そのためシズルはルキナと交流を深めるため、ローレライ領へ遊学して来たことになっているのだ。
「母上……」
「どうしたの? もしかしてルキナちゃんと喧嘩でもした?」
人を疑う事を知らない人だが、感情の機微には敏い人だ。目が見えないはずなのに、シズルが今泣きそうになっているのにすぐ気付いたらしい。
シズルはゆっくりした足取りで前に進むと、ここまでの道中で作り上げたエリクサーの入った瓶を彼女に手渡す。
「何も言わず、これを飲んでくれませんか?」
イリーナの病はこれまでどんな薬でも対処出来なかった。もしかしたら、エリクサーですら効果がないかもしれない。
そう思うと、彼女に真実を告げる勇気がシズルにはなかった。
「これを飲めばいいの?」
「はい……お願いします」
シズルがそう言った瞬間、イリーナは迷うことなく手にした瓶に口を付けて飲み始める。
反応はすぐに起こった。彼女の身体から翡翠色の魔力が発生し、それは柔らかい風となってその身体を包み込む。
そしてその風が止むと同時に、イリーナは驚いたように閉じていた瞳を開けてしまう。
「……うそ?」
いつもは閉じられていた宝石のような瞳がシズルを見つけると、信じられないような表情をする。
「し、シズル……?」
「っ――はい……おれが、おれがシズルです。偉大なる英雄グレンと……あなたの、息子の……っ!」
イリーナの瞳を見て、エリクサーが効果を示したことを理解したシズルは言葉を紡ごうとして、しかし感情が纏まらず上手く話せない。
目が見えるようになった母の前では、凛々しい姿を見せようと思っていたのに、心がまったくいう事を聞いてくれなかった。
そんなシズルを見て、イリーナは座ったままシズルの顔を撫で、髪を触り、肩、腕とゆっくり触っていく。
「ああ、この柔らかい肌……端正な顔立ち……う、うぅぅぅぅ、間違い、ないのね! シズ――」
「っ――!」
ほとんど反射だったのだろう。息子を抱きしめようとしたイリーナが立ち上がろうとし、動かないはずの足が動いた事でその身体が前のめりに倒れそうになる。
そんな彼女を支えるべく、シズルは両手で抱きしめた。
「ごめんなさい……あぁでも、気付かない間にこんなに大きくなったのね……う、うぅぅぅぅ!」
久しく感じる母の身体はとても細く、弱弱しく、だけどどこか暖かくて安心する。その温もりを感じた瞬間、もう駄目だった。
「う、うぁ……あぁぁ! あぁぁぁぁぁ! はは、うえぇぇぇぇ! ははうえぇぇぇ!」
「あ、あぁぁぁ! しずるぅぅぅぅぅ!」
この世界に生を受けてから十一年。そして前世を含めればすでに四十を超えている。本来ならこのように号泣するような年齢ではないはずだ。
だがこの時ばかりは涙が止まらなかった。ただ年相応に、母を求めて泣き続ける。
そしてそれはイリーナも一緒だった。
ずっと耐えてきた、苦しかった。だけど息子の前だけは弱さを見せまいと頑張って生きてきた。最期の時まで笑顔でいようと決めてきた。
だと言うのに――
「あああぁぁぁぁぁぁ!」
「うぅぅぅあぁぁぁぁ!」
まるで幼子のようにシズルは声を大きくして泣き叫ぶ。それはまるで迷子だった子供が、ようやく母と再会できたように。
二人はもう離さないと言わんばかりに、強く、強く抱きしめ合っていた。
いずれ雷帝と呼ばれる少年の、心の闇を晴らす物語はこれにて終幕。
これより彼は生まれてきた後悔という名の楔を振り払い、運命を変えた少女たちと共に前へと進んでいく。
次に進むは同年代が集まる王国の学び舎。
そこで彼は王国の闇を知ることになるのだが、それはまだ先の話。
今はただ、母の愛を享受しながら、その心を安らかにさせていくのであった。
雷帝の軌跡 ~俺だけ使える【雷魔術】で異世界最強に~
第2章 『風の祝福』 完
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