第10話 ちょっとした日常

 シズルがオーガを倒して三か月が経った。


 様々な問題点が浮き彫りになったシズルは、これからガンガン森で魔物を相手に実戦を積んでいこうと思ったのだが、そうは問屋が卸さない。


 明らかな危険行為をした事が義母である侯爵夫人にバレ、今後しばらくは森へ訓練することを禁止されてしまったのだ。


「いやわかってるんだ。あれは確かに俺が悪い。悪いんだけどさ……」


 一応侯爵夫人には何度も弁明をしてみた。自分の力はすでにあの森の魔物程度では脅威にならない。だから実戦経験をさせてくれと。


 返ってきた答えは「旦那様を倒せたら考慮しましょう」と言うものだった。


「普通あそこはさ、なら実力を見せてみなさい、って言いながらギリギリ勝てる相手を用意するものだと思うんだ。そう思わないマール?」

「それで何のためらいもなく遠距離から旦那様を不意打ちしたシズル様には驚きすぎて声も出ませんでしたよ!」

「だって流石に正面からはまだ勝てないし……だけどまさか未完成とはいえ、『電磁弾ローレンツバレット』があんなに簡単に防がれるなんてなぁ……」


 あの時のグレンは「え? こいつ正気? 容赦なく長距離狙撃で不意打ちしてくるんだけど?」と言う顔で少し面白かった。


「勝てないし、じゃありません! しかも何ですかあの魔術は!? グレン様じゃなかったら普通に大怪我してますからね!?」

「一応切り札にしようと思ってる魔術だから改良を重ねてるんだけど、中々理想通りにはいかないもんだ」

「ちょっと待ってください……あれ、もっと強くなるんですか?」

「もちろん! 威力も速度も全然まだまだだからね!」


 現代兵器の理論を基に生み出した、電力で金属球を弾き飛ばして攻撃する魔術『電磁弾ローレンツバレット』。過去に学校で習った左手の法則を指で作りながら、シズルは威力・速度ともに理想からかけ離れた必殺技に頭を悩ませる。


 最終的にはかの超電磁砲レールガンのように城壁を吹き飛ばすくらいのイメージなのだが、今はせいぜい長距離から人を気絶させられる程度のもの。


 近距離で放てばようやくオーガなどを始末出来るレベルなので、切り札と言うにはあまりに弱すぎる。


 シズル自身、自分がどこまでの出力に耐えられるのか、どれくらいの威力が必要なのかが分からないまま手探りで魔術の開発をしているのだ。多少改良が遅れているのは仕方がないことだろう。


「やっぱ実戦経験が足りない。森で魔物狩りたい……」

「もう! シズル様が強くなりたいというお気持ちは理解していますけど、少しは自重してください! 貴方は将来国を背負って立つ逸材で、何かあったら飛ぶのは騎士様達の首なんですからね!」

「わかってるんだけどさぁ……はぁ」


 ため息を吐きつつ、雷の武器を剣に、槍に、斧にと次々変えていく。この武器の換装は毎日行ってきただけあって、最初の頃よりもずっと早く出来るようになっている。


 一つ一つの熟練度はまだまだだが、将来的には使いこなせる手ごたえは感じていた。


「それよりも! 今日はとってもおめでたい日なんですしシャキっとしましょう!」

「おめでたい日……まあ、そうなんだけどね」


 笑顔の眩しいマールとは対照的に、シズルの顔は浮かない様子。もちろんそれには理由があった。


 この日はシズルの婚約が決まってから、初めての顔合わせなのだ。


「でもどんな方なんでしょうね、シズル様の婚約者って! すっごい綺麗な方って聞いてますし、今から楽しみです!」

「なんでマールが俺より楽しみにしてるの?」

「だって私にとって未来の奥方様ですからね! そりゃあ楽しみですよ!」

「いや、俺は次男だし家継がないから」

「大丈夫です! シズル様はきっと御家を興しますし、そしたら私一生付いていきますよ!」

「気が早いなぁ……」


 ただそう言って慕ってくれるのは嬉しいものだ。転生した頃からずっと傍付のマールは家族同然で信頼できる人物であり、今世におけるシズルの初恋の人物でもある。


 もっとも、流石に立場と年齢を考えると、冗談でも言えない言葉であるのだが。


「まあ俺としては、見た目よりも性格が良い子であって欲しいかな」


 何せ社交界もまだのため、初めて出会う同年代の貴族だ。


 父グレンが特別なのであって、やはりこの世界は貴族の権力が非常に強く平民に当たりが強い。となれば、当然選民意識も高く、場合によっては非常に甘やかされたクソガキがやってくる可能性も捨てきれないのだ。


 そうでなくてもこれまでの人生、前世を含めて一度も恋愛をしたことのないシズルである。女性の扱い方などわかるはずもなく、不安しか残らない。


 ましてや相手は『加護なし姫』。どのような家庭環境で育っているのかは疑問だが、普通とは違う扱いになっている可能性は非常に高かった。


 そう考えると、どうしても落ち着かないものだ。


「……はあ、不安だ」

「大丈夫ですよ!」

「その理由は?」

「シズル様は格好いいですから! 女の子ならみんなメロメロです!」


 根拠のない言葉であるが、少しだけ元気が出た。


「ありがとうマール」

「ふふふ、それじゃあこの服に着替えましょうか!」

「うん、着替えはするけど、俺一人で出来るからマールは出てってね」

「ひどい!? 私はシズル様を着替えさせたいのに!」

「ひどくない。俺は一人で着替えたいの。はい出てった出てった」


 そんなマールの言葉に少しだけ励まされながら、シズルはさり気なく着替えさそうとしている彼女を部屋から追い出すのであった。


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