第9話 オーガとの戦い
シズルは振り落とされたオーガの腕を切り落とす。そのつもりで放った一撃は、大木に剣を叩き付けたような鈍い音と共に、弾き飛ばす程度で終わる。
「ちぃ! 流石にゴブリンやワイルドドッグとは違うか!」
「グォォォォォ!」
「とはいえ、効いてないわけじゃない!」
悲鳴にも似た雄たけびを放つオーガの腕を見ると、わずかながらも切り傷が出来ていた。雷の剣で斬りつけたせいか、血と肉に焦げた跡も見え、見た目以上にダメージは入っているようだ。
「なら、斬り続けるのみ!」
憤怒の形相で睨みつけてくるオーガの懐に入ったシズルは、そのまま首を落とすべく雷の剣を振るう。しかしそれより早くガードが間に合ったオーガの腕に阻まれ、刃は通らない。
「まだまだぁ!」
まるでボクシングのガードのように顔を隠しながら身を固めるオーガ相手にシズルは一切の手足を止めず、縦横無尽に斬りつける。
筋肉の厚い部分は弾かれるだけに留まるが、それ以外の箇所に関しては、少しずつ切り傷が増えていった。
たまに腕を大ぶりに振り回して反撃してくるが、無理して放つ攻撃なんて当たるシズルではない。躱してすぐに空いた隙を狙っていく。
――これならいける。
敵は守りに入り反撃に転じる事が出来ない。押し切れる。そう確信したシズルだが、次第に顔色が変わる。
「なんだ?」
いくら切りつけても、致命傷にならないのだ。それどころか、与えた傷がどんどん塞がっていくではないか。
「駄目ですシズル様!」
「オーガは自己治癒を持っているんです!」
「それくらいの傷じゃ、いくらやっても治ってしまう!」
疑問に思っていると、慌てた様子の騎士達が順番に叫ぶ。
「三人とも、説明ありがとう!」
独自に固有能力を持った魔物というのは、そう珍しくはないものだ。
ワイルドドッグにしても言葉を交わさずに集団での意思疎通など、魔物によって様々な能力を持っている。
そして魔物をランク付けする際、単純な単体の強さもだが、この固有能力の厄介さで上下が決まることが多かった。
ゴブリンはF級、そしてワイルドドッグはE級。それに対し、目の前のオーガは――
「なるほどね。流石にC級なんてつけられるだけの事はあるか」
自己修復。単純な肉体性能もだが、この固有スキルこそオーガをC級たらしめている理由だ。
ただでさえ耐久力に優れ、並みの剣では傷一つ付かない肉体をしているうえ、こうしてやっと付けた傷はすぐに回復されてしまう。
これではいずれ自分の体力がなくなり、負けてしまう。
そう判断したシズルは一度仕切り直しをすることを決めて、オーガから距離を取るため大きく飛び退いた。見ると、オーガは警戒しているのか顔こそ怒っているものの、いきなり襲い掛かってきそうにはない。
「さて、どうしようか」
「どうしようかじゃありません! に、逃げるんで――」
「あ、ごめんね。今いいところだから、ちょっと黙ってて」
「なっ――」
シズルは叫ぶ騎士の一人を笑顔で黙らせると、手に持った雷の剣を見る。
騎士団との訓練で剣の練習をして来たため、一番使い慣れた武器だ。しかし、どうやらこれでは埒が明かないらしい。こう言う時に対処するため、色々な武器を考えてきたのだが――
「こうなると、何にしようか迷うな」
シズルの頭の中では、目の前のオーガを倒す手段は溢れている。
切れ味を良くするため、剣を刀に変えれば腕も首も斬り落とすことは可能だろう。槍や弓で心臓を貫くも良し。大剣で真上から斬り伏せるのも良し。大槌で叩き潰すのも良いと思う。
一番最初に武器を千変万化にしようと決めたのは、こういった一つの手段で打破出来ない時、様々な選択肢を選べるようにしたかったからだ。
だから今この瞬間、シズルが訓練していた通りの展開になり、とても楽しく思っていた。
この感覚に既視感を覚え、なんだっただろうかと思い出すと――
「あー、この感覚あれだ。ソシャゲで好きなキャラを沢山持ってて、どのキャラ使っていこうかって感じに似てるかも」
少し前世の自分を思い出し、苦笑してしまう。
シズルはロマン思考だった。しかもお気に入りのキャラが沢山いたせいで、一回しかないボス戦でどのキャラを使おうかいつも悩んでいた。
「性能だけで決められるもんじゃないよなぁ。ああいうのって」
もちろん機能性を求めるのは悪くない。そもそもシズルが目指すのは最強の魔術師。それであれば無駄は徹底的な排除して、効率だけを突き詰めていけばいい。
「だけど駄目だ。それじゃあ楽しくない」
己の性格上、ただ性能だけを見て強くなるというのは無理なのだ。だったら、自分が一番納得できる形で最強を目指したい。
その方が、きっと効率だけを求めるよりもずっと強くなれる気がする。
「グオォォォォ!」
動きを見せないシズルに我慢の限界が来たのか、警戒していたオーガが雄たけびと共に迫ってきた。それまで思考の海に溺れていたシズルだが、流石に顔を上げてオーガを見る。
力自慢のその巨体は、小さな自分を叩き潰す気だろう。
拳を強く握り、腕を張り切れんばかりに膨張させて大きく振りかぶっている。このまま黙っていれば、自分よりも大きなその腕でグチャグチャにされる未来が待っていた。
もちろん、そんな未来を黙って見ているシズルではない。
「決めた」
全力で『
「うお!?」
「グオォ!?」
ぶつかり合った拳は、ほぼ互角。お互い仰け反りながら、数歩下がり合う。
「まだまだぁ!」
驚いた様子のオーガだが、シズルがすぐ追撃をしてきたことに反応し、再び拳がぶつかる。今度はお互いその場に留まり、力比べが始まった。
「ぐ、ぐぐぐ……」
「ガ、ガガガ……」
三メートルを超す巨体と、わずか八歳の子供が互いに一歩も引かずに押し合う。
「お、おれは今、夢でも見てるのか?」
「ば、ばか! 何呆けてやがる! シズル様を助けに行かなきゃ!」
「そ、そうだな! 助けないと! って……え?」
当然周りの騎士達はシズルが潰される未来に慌てて助太刀に出ようとするが――
「ぐ、ぐぐぐ……ぐぐぐぐぐ!」
「ガッ!?」
しかし巨大なオーガに潰されることなく、一歩、二歩と徐々に前に出たのはシズルの方だった。そしてオーガの腕が少しずつ後ろに下がり、前に出たシズルは笑顔でその驚愕した顔を見上げる。
「どうやら力比べは、俺の勝ちみたいだな」
「ガァッ!?」
シズルは一気に拳を伸ばしてオーガを仰け反らさせ、そしてその勢いのまま一歩踏み出し、背中から地面に押し倒す。
情けなく倒れたオーガの首に跨いだシズルは、掌を天に向けて魔力を集める。するとバチバチと紫色の雷がシズルの手を覆い、強力な力となって収束されていく。
「じゃあ、止めと行こうか」
その魔力の凶悪さを肌で感じたオーガは、止めてくれと、そう懇願するような瞳で見てくる。それに対してシズルは笑顔を見せながら、その顔面に手を当て――
「『
瞬間、放出された雷の魔力は強烈な光を放ち、辺り一帯を白く照らす。その眩さに騎士達は三人とも目を瞑り、そして次に目を開いたとき、筋肉で覆われた巨大な肉体は、全身を黒焦げにして倒れていた。
「し、信じられない……」
「オーガを……C級の魔物を……」
「たった一人で、しかも八歳の子供が?」
そんな風に三人はこの日何度目になるかわからない、驚愕の表情でシズルを見ていた。
そんな視線に気づかず、オーガの首に跨いでいたシズルは立ち上がると、ぱっぱと埃を払って掌を見ながら――
「うーん……『
己の現時点の実力に納得のいかないと思い、一つ一つの問題点を上げていく。そして目指す先の遠さを認識しながら、これからの鍛錬について考えるのであった。
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