第8話 オーガ襲来

「ふう……」


 周囲を囲むのはワイルドドッグの死骸。五十以上いた魔物たちは、シズルに牙を届かせることも出来ずにその生を終わらせることとなった。


 紅い血に塗れたシズルは、それでいて無傷である。手に持っていた雷の剣を霧散させて辺りを見渡すと、三人の騎士達が息も絶え絶えに座り込んでいた。


「ぜぇ……ぜぇ……」

「死ぬ……死ぬ……」

「し、シズル様……お怪我は……ハァ、ハァ……ありませんか?」

「うん。みんなが守ってくれたからね」

「はは……半端ねぇ……」


 そうニッコリ笑うと、三人は引き攣った笑みを浮かべて力なく言葉をこぼす。


 ワイルドドッグは単体であればそう危険な魔物ではない。この騎士達にしても、苦戦するほどではないのだ。


 だがそれは、単体であればの話。素早く、小回りが利き、仲間との連携を取る彼らは、群れになった瞬間非常に厄介な魔物へと変貌する。


 騎士達が死を覚悟したのも、集団の危険性を知っていたからだ。


 そして、そんな魔物の群れに突っ込んでは襲い掛かる牙を物ともせず次々と斬っていくシズルの姿を見て、目を疑った。


 シズルは騎士団と一緒に訓練をしている。当然、その実力は騎士達も知っていた。確かに年齢を考えれば驚異的な実力であるが、それでも一騎士レベル。


 そう思っていた子供が、これまで見せたことのない動きでワイルドドッグの群れを殲滅させて見せ、騎士の面々を驚かせることとなる。


「ところで、シズル様? あー、その……先ほどの動きは?」

「んー……」


 恐る恐る伺ってくる騎士の質問に、シズルは少し考える。


 別に隠していたわけではないのだが、これまで騎士団での訓練では、あえて『身体強化ライトニングブースト』を使ってこなかった。


 身体強化自体は他の属性でもある基礎的な魔術なのだが、シズルのそれは他属性に比べて、強化率が群を抜いていたのだ。


 騎士団での訓練はあくまでも戦いの技術を学ぶ。そう決めていたシズルにとって、爆発的に強くなれる『身体強化ライトニングブースト』は訓練の邪魔だった。


 全く使用しなかったわけではないのだが、どうやら自分の全力を三人は見たことがなかったらしい。


 そのせいか、なんとなく黙っていたみたいで気まずい気分になってしまう。


「まあ、ただの身体強化だよ」

「いやいやいや!」

「あんな身体強化!」

「ありえませんって!」


 まるで示し合わせたようにツッコミを入れてくる騎士達に、おおっと気圧されてしまう。


 確かに、自分の身体強化が異常な性能を持っていることは理解していた。それどころか、先ほど見た騎士達の魔術を比べてみても、【雷魔術】の性能は高いように感じる。


 ――これが、雷神様の加護の力なのかな?


 何せ八歳の子供が、他の騎士を圧倒する活躍が出来るのだ。我が事ながら、端から見れば並大抵の才能ではないだろう。


「ん?」


 そんなことを考えていると、『雷探査魔術サーチ』に巨大な魔物の反応があった。ワイルドドッグほど早くはないが、その魔物は真っ直ぐ自分達の方へと向かってくる。


「ようやく来たか!」


 シズルは歓喜の声を上げると、反応のあった方を見る。元々ゴブリンやワイルドドッグなどはついでだ。本命は、この森の奥にいる森の王者。


 木々が折れる音と、鈍い足音がだんだんと近づいてくるにつれて、音が大きくなっていく。そして、森の木々をなぎ倒しながら現れた魔物は『鬼』と、そう呼ぶにふさわしい形相をしていた。


「グオォォォォ!」

「お、おおお、オーガだぁぁぁぁぁ!」


 騎士の一人が叫ぶ。その声に反応したのか、オーガは一目散に悲鳴を上げた騎士に向かって駆け出した。


 肥大化した赤銅色をした筋肉は、腕一つがシズルよりも太く、握りこまれればそのまま潰されてしまうだろう。鋭利に尖った二本の角は日本の鬼を連想させ、相手を恐怖に陥れる。


 そんな『化物』と呼ばれる巨体が雄たけびを上げながら迫ってくるのだ。いくら訓練を積んだ騎士とはいえ、怯まずにはいられなかった。


 だが――


「お前の相手は、俺だぁぁぁ!」

「フガァッ!」


 そんなオーガの横っ面を、シズルは全力で蹴り飛ばす。体格差が三倍以上はあるというのに、まるで冗談のようにオーガが周囲の木を巻き込みながら吹き飛んでいく。


「いっぅ……なんて硬い身体だよ。蹴った足が痛い」

「あ、あ、あ……ありがとうございますシズル様!」


 襲い掛かられた騎士が尻餅を付きながら礼を言うが、シズルはそちらを見ずにまっすぐオーガを睨みつける。


「グオォォ……」


 ノロノロと起き上がるオーガは、その動きの緩慢さに比べて怒り心頭と言った様子である。とはいえ、しっかりと立つ姿を見るとダメージは薄そうだ。


 全力ではないとはいえ、『身体強化ライトニングブースト』した状態でこれでは、肉弾戦で倒すのは時間がかかるだろう。


「よーし……それなら」

「いやシズル様! よーし……じゃないですから! なにやる気になってるんですか! 逃げるんですよ!」

「オーガとか、ベテランの騎士でようやく倒すもんなんですから!」

「お、俺達みたいな新人レベルだと、足止めも難しいくらいです!」


 手のひらに魔力を込めて武器を生み出そうとするが、それよりも早くシズルの前に三人の騎士達が立った。オーガとの間に立った三人が、シズルを後ろへと押しやろうとする。


「ちょっ!?」


 予想外の展開にシズルが焦る。


 騎士との訓練の中において、自分がある程度戦えるのは理解していた。とはいえ、訓練と実戦は違う。そう思ったからこそ、こうして危険な森の中へ実戦経験を積むためにやってきたのだ。


 最初のゴブリンで、魔物とはいえ生き物を殺すということに問題はなかった。次は自分がどれだけ動けるか。それを判断するため、ワイルドドッグの群れとも正面から戦った。


 その結果、弱い魔物であればどれだけ数が集まろうと自分の敵ではないと理解する。あとはそう、強い魔物と相対したとき、ちゃんと戦えるか。それが重要だった。


 そして今、この森で一番危険とされる魔物――オーガと相対出来た。これを正面から叩き潰し、自分の初の実戦は完了する、はずだったのだが――


「お、おうおうこのデカブツが! 俺が相手になってやるよ!」

「かかってきやがれ!」

「このデブ! 腹が出てんだよ!」


 三人の騎士がシズルにターゲットが移らないよう必死に声を張り上げて挑発している。足を震わせ、顔は引き攣っているが誰も逃げようとしない。


「グオオオ!」


 単純なオーガは、その挑発に対して白い瞳を鋭くさせ、近くに落ちている折れた大木を投げつけてきた。


「うひゃぁ!」

「うわぁ!」

「あ、っ!」


 慌てて避ける三人だが、一人避けきれずに掠ってしまう。元々重量のある木が凄い勢いで飛んできたため、掠っただけでもダメージは大きい。当たった騎士は地面に倒れこんでしまった。


 オーガは醜悪な笑みを浮かべると、その倒れた騎士に向かって走り出す。


「おい! 逃げろ!」

「ひっ!」


 慌てて仲間の騎士が声をかけるがもう遅い。オーガは倒れた騎士の目の前に立つと、その巨大な拳を握りこみ、大きく振りかぶる。


「だから――お前の相手は俺だって言ってるだろ!」


 瞬間、一瞬で間合いを詰めたシズルがオーガの懐に入ると、振り下ろされた腕に目がけて雷の剣を斬り上げた。

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