第7話 ゴブリン退治

 八歳となったシズルは、領主である父の後押しもあり、堂々と魔術を扱う許可を手に入れた。


 流石に一人で誰の目もないところでは危険ということもあり、騎士団の訓練時間を使って訓練場で行うこととなっているが、それでも十分大きな進歩だ。


 万が一魔術が暴走しても誰かがいれば何とかなる。そんな考えもあり、無茶が出来るようになったとも考えられる。 


 とはいえ、騎士の訓練中だけでは時間が足りない。そう判断したシズルは、従来のように林の中で魔術訓練をすることも継続して行い続けるのであった。


 その甲斐もあり、三か月も経つとシズルは実力をぐんぐん伸ばしていき、一人での鍛錬も許されるようになる。


 そして――その実力を認められたシズルは、護衛つきであれば魔物の出る森の中で実戦経験を積む許可も得ることに成功したのであった。






 フォルブレイズ領のすぐ南にある広大な森。『魔の森』とも呼ばれ、様々な魔物が発生するため冒険者や騎士達で間引きが必要となっている。


 この日シズルは三人の騎士を連れてこの森へやってきた。目的はもちろん実戦経験を積むためだ。


「ちょ、ちょっとシズル様!? 我々を置いて行かないでください!」

「大丈夫大丈夫! 先行っとくから!」


 シズルは後ろから聞こえてくる騎士達の声を振り切り、そのまま一人で魔物の出る森の中を駆け出す。屋敷の林で木々を駆け抜ける技を磨いてきたシズルにとって、こうした森の道を走るなど造作もないことだ。


 また、『身体強化ライトニングブースト』の恩恵は凄まじく、その素早い身のこなしは護衛の騎士達を置き去りにしてしまうほどだった。


 とはいえ、別に何も考えず無作為に奥へと向かっているわけではない。


 シズルは微細な魔力の揺らぎを雷魔術によって捉えることが出来る。イメージをしたのは魚群探知機のレーダーだったのだが、実験的に行ってみたら生体反応などを見つけることが出来たのだ。


 そして森の中を『雷探査サーチ』をした結果、ゴブリンと思わしき集団がいることを把握した。


 実際には森の中をすべてカバー出来るわけではないが、それでも半径一キロほど先に生き物がいる事くらいは認識できるようになったので便利だと思う。


 これのおかげで迷うことなく魔物の群れへ向かっていき、そしてすぐに目的の存在を見つける事が出来た。


 緑褐色の肌に子供のように小柄な体躯。白い眼をして動物の死骸を漁っている姿は醜悪で、見ているだけで嫌悪感を覚える。


 ――これが……魔物。


 初めて見る魔物の姿に、シズルは感動するよりも殺さなければという気持ちの方が強かった。


「ぎゃ……? ギャギャ!?」


 凄まじい勢いで己らに迫ってくる何かに気付いたゴブリン達がうめき声をあげるが、もう遅い。


 シズルは高速で走りながら手に雷の剣を顕現させると、そのまま一番近くにいたゴブリンの胴体を二つに切り飛ばす。


 瞬間、肉が焦げる音と共に匂いが蔓延し、血と透明の液体が森を汚すが、それを気にするより早く二匹目のゴブリンの首を刎ねた。


「次ぃ!」


 そこまでやったところでようやく、ゴブリン達は現れた敵を倒そうと武器を構えた。と同時に次の二匹の首が同時に空を飛ぶ。


 シズルの手にあった剣は形を変え、先端が鋭い雷の鞭となってゴブリンの首や周囲の木々を切り裂いた。


「雷の鞭『雷蛇らいじゃ』……十匹まとめて飛ばすつもりだったけど、やっぱり難しいなこれ……」


 火事にならないように魔力を必死にコントロールしているせいで、鞭自体の精度が落ち込んでしまい、ゴブリンを一掃できなかったのだ。


 シズルは切り落ちた木々が燃え始めるのを見て、若干焦る。


「これは、森ではやめとこう」


 そう言いながら、武器を剣に戻したシズルは、そのまま逃げようとしている残りのゴブリンに向かって駆け出した。


 身体強化ライトニングブーストによって高速移動が可能になったシズルから逃げられるはずもなく、数秒後には死体となったゴブリン達。


「ふう……」


 返り血を浴びたシズルは地面に落ちるゴブリン達を見下ろしながら、こんなものかと思う。


 現代から転生し、こうして初めての実戦を経験した。ゴブリンは確かに醜悪な生き物であったが、それでも人間に近い姿形をしている。そんな生き物を殺すとき、もっと精神的に来るのだと思っていた。


 しかし現実には全くそんなことはなかった。躊躇う気持ち一つ起きず、まるでゲームか何かで画面の奥の敵を倒しているような感覚さえあったくらいだ。


 正直、自分がヤバイやつなのではないかと疑ってしまう。


「まあでも、戦いに怯んで殺されるよりはずっといいか」


 シズルが森の奥を見ると、置いて行ったはずの騎士達が慌てて走りこんでくるのが見える。


「シズル様! ご無事でしたか!?」

「お疲れ様。見ての通り。傷一つないよ」


 笑顔で迎え入れると、騎士達は困惑した様子で周囲を伺う。


「これ、シズル様が?」

「いやまさか。シズル様が強いのは知ってるけど、まだ八歳だぜ? F級とはいえゴブリンの群れをこんなにアッサリ潰せるものなのか?」

「でも実際、訓練とか見てるとシズル様って俺らより強いかもって思ったり……」


 血だまりにいる子供、というのはどこの世界であっても異質だろう。ましてや魔物を一人で殺す子供ともなれば、ある意味恐怖の対象になりかねない。


 だが最強の魔術師を目指すシズルは止まれない。たとえ恐れられたとしても、強くなることを第一に考えて動くと決めたのだから。


 シズルは森の奥を見つめる。すでに『雷探査サーチ』によって次の魔物たちが凄い速度で集まってくることに気付いたシズルは笑みを浮かべていた。


 元々、シズルにとってこんなゴブリンの集団など目的ではなかったのだ。


「困惑しているところ悪いんだけど、第二陣が来るよ」

「はい? それはどういう意味……」


 騎士がその言葉を最後まで言う前に、森の奥からオオカミの鳴き声が聞こえてきた。それは一つ、二つと増えていき、シズル達を囲むようにだんだん近くに集まってくる。


「まずい……ワイルドドッグの群れだ。きっとゴブリンの血肉の匂いに誘われてきやがったんだ!」


 騎士の一人が焦ったように声を上げる。慌てて他の騎士達も己の騎士剣を構えて、シズルを守るように陣形を取った。


「ちょっとみんな。こんな風に囲まれたら戦えないんだけど」

「シズル様。申し訳ありませんが、あまりわがままを聞いている暇はありません」


 魔物にはランクがある。シズルが倒したゴブリンはFランク。一匹であれば戦いの知らない成人男性でも十分倒せる魔物だ。


 先ほどのように群れを作った場合、危険度は跳ね上がるがそれでも普通の騎士や冒険者であれば苦戦するほどでもない。


 しかし今シズル達を囲っているワイルドドッグは違う。一匹一匹の危険度で言えばEランクと大したことはないが、こうして群れを成せば騎士ですら手傷を覚悟しなければならない相手だ。


 素早く、群れを作り狡猾に動く。シズルのように守るべき子供がいれば、真っ先に狙われることだろう。普通に戦うよりも難易度の高い戦いに騎士達も焦りを隠せなかった。


 そして――二十を超えてもまだまだ姿を見せるワイルドドッグの群れに、騎士達の緊張がピークに達する。


「ば、ばかな……多すぎる! いったい何匹いやがるんだ!?」

「三十、四十……まだ出てきてる!?」

「こんなの俺達だけじゃ、対処しきれないぞ!」


 あまりに多すぎる群れに騎士達が悲鳴に近い声を上げる。


 ワイルドドッグは決して強い魔物ではない。それこそ、多少の群れ程度であれば騎士達で十分対処可能な魔物だ。だがそれも限度があり、これだけ集まれば恐ろしい脅威となる。


「シズル様……申し訳ありません」


 護衛の騎士達は三名。それに対して目の前のワイルドドッグは数えるのも億劫なほど集まってきていた。すでに囲まれていて逃げ場もない。もはや覚悟を決める以外になかった。


「お前達、わかっているな!」

「も、もちろんだ! たとえ死んでもシズル様には一つ触れさせないぜ!」

「お、おう! ワイルドドッグの群れくらい、いくらいても関係ない!」

「そうだ! 俺達は誇りあるフォルブレイズ家の騎士! 主君の宝を必ず守り切るぞ!」

「「「おお!」」」

「……ん?」


 騎士は全部で三人。気合いを入れるために掛け声をかけた騎士が一人なので、残りは二人のはずだ。だというのに、何故か反応した声は三つ。しかもその声の一つは妙に幼いことに、騎士は不思議に思う。


「よし! 気合いも入ったことだし、じゃあ行こうか!」


 そう言って気合いを入れる三人の隙間を縫い、シズルは笑顔で前に出る。

 

「いやシズル様、それはダメですって言ってるのに何で突撃しちゃうんですかー!」


 そんな騎士の悲鳴にも似た声をバックに、雷を纏って準備万端のシズルはその言葉の通り、ワイルドドッグの群れに向かって飛び出す。


 慌てて駆け出す三人の騎士。そしてそれに対抗するべくワイルドドッグの群れもまた、鋭い牙をむき出しにして飛び出したのであった。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る