第14話 チンピラの実力

「あー……しまった油断した」


 辺りを見渡すと、人通りもだいぶ少ない道に入っていたらしい。


 一応をチンピラには気付いていたのだが、ルキナの中にいるであろう何かから逃れるため『雷探査魔術サーチ』を切ってしまったのがアダとなる。


 さらにあの『何か』に気を取られ、近づいてきたチンピラに気付くのが遅れてしまったのだ。


「へっへっへ、今日はついてますね兄貴!」

「おう、両方とも上玉だ。売って良し、身代金を強請って良しと最高のカモじゃねえか!」

「男の方も可愛い顔してるんだな」


 パっと見た感じ、チビ、デブ、ヒゲの三馬鹿といった感じか。リーダーはヒゲのようだが、その立ち振る舞いは素人の域を出ない。普段から騎士と訓練をしているシズルからすれば、まったく脅威に思えないのが正直な感想だ。


 チビはナイフを構え、ヒゲは腰の剣に手を添えているが、大した実力ではないだろう。


「ひっ!」


 だがそれはシズルの感想であり、隣に立つルキナは違う。明らかに悪意に満ちた顔で近づいてくる大人は、子供からすれば怖いものだ。


 怯えた様子でシズルの服の裾を掴む仕草は少し可愛らしい。


 先ほどまで感じていたプレッシャーで疲弊していたシズルの心は、ルキナの仕草に少しホッコリして心が休まる。


「ルキナ、怖がらなくても大丈夫だよ」

「で、でもシズル様っ」

「大丈夫、大丈夫だから」

「あ……」


 怖がるルキナをあやすように、軽く頭を撫でる。それと同時に、この三人組には怒りを覚えた。


「ふん、いいかガキども。大声出すんじゃねえぞ。出したらこの剣で斬ってやる! わかったら黙ってその路地に入りな」

「わかった」


 ヒゲが脅すように鞘から剣を少し抜き、鈍い光が見え隠れする。別にここですぐに倒してしまっても構わないのだが、出来る限り人目を避けたいのはシズルも一緒であった。


「こ、今夜は豪勢なご飯が食べられるんだ――ブギャァ」


 言われるがままに路地裏に入り、そして前を歩くデブを後ろから殴りつけると凄まじい勢いで壁に激突し、動かなくなる。


 流石に全力ではないにしても、『身体強化ライトニングブースト』を使った状態のシズルはオーガと正面からやり合えるのだ。そんな攻撃を不意打ちで受ければ、普通の人間であれば抵抗出来るはずがなかった。


「なっ!? てめぇ何しやがる!」

「何しやがる?」


 キレた様子のヒゲとチビが武器を構えて睨んでくるが、そんなもの脅威でも何でもない。


「それはこっちのセリフだ! せっかくルキナが笑ってくれるようになったのに台無しにしてさ! あんたら全員、絶対に許さないからな!」

「く、クソガキがぁ! 調子に乗りやがってぇ!」

「兄貴、まずいですよ! こいつ魔術使ってやがる! 貴族だ!」


 シズルの纏う雷に気付いて声を上げる。


「なぁ!? くそ! だがこんなガキから逃げたら恥じ過ぎんだろ!」

「心配しないでいいよ。どうせあんたら常習犯でしょ? 逃がさないし、さっさと捕まえて騎士にでも差し出すからさ」

「っくしょう! 舐めやがって! ぶっ殺してやる!」

「お、俺は関係ないからな!」

「逃がさない。『電撃ライトニング』!」

「ぎゃ!」


 慌てて逃げ出そうとするチビだが、シズルが放った雷魔術が当たると動かなくなった。それを確認しつつ、ボロい剣を大きく振り上げてきたヒゲを見る。


「死ねやオラァ!」

「遅すぎ。隙大きすぎ」


 雷の剣を生み出したシズルは、その古びたヒゲの剣を斬り裂く。


「は? ハァァ!? なんじゃそ――」


 宙を舞う剣先を見上げてながら驚愕に目を見開いているヒゲの腹にシズルは手を当て――


「じゃあ、お休み。『雷撃ライトニング』」

「うぎゃぁ!」


 シズルの雷を直で受けたヒゲはそのまま地面に倒れこみ、動かなくなった。


「っと、まあこんなもんかな」


 ぱっぱっと手を払い、倒れこむ誘拐犯達を見下ろしながらシズルはそう呟く。と、そこでルキナが怖がっていないかと思い振り返ると、彼女はシズルの事を輝かんばかりの瞳で見ていた。


「ど、どうしたの?」

「すごい……すごいですシズル様! すごく格好良かったです!」

「え? あ、そう? 格好良かったかな俺?」

「はい! それはもう、物語の騎士様みたいでした!」

「う、うん? あ、う、その……ありがと?」


 あまりにも純粋な尊敬の眼差し。たまに屋敷で送られることはあるが、それは貴族の子息としてフィルターがあると思っていた。


 しかし今のルキナにはそう言った物が一切なく、ただただシズルを尊敬してくれているのがわかる。


 それが妙に気恥ずかしく思い、ルキナから視線を逸らしつつデブを拾ってくると、倒れた三人の誘拐犯を拾ったロープでまとめ上げる。


 そして『誘拐犯です。騎士を呼んでください』と書いた看板を置き、そのまま路地裏を後にした。


「ごめんね、怖い思いさせちゃって」

「大丈夫です。シズル様が守ってくださいましたから! ただ――」


 再び街を歩きながら、シズルはルキナの顔色を伺うと、先ほどのように興奮した状態でもなく、そして必要以上に怯えている様子もなく安心した。ただ、少しだけ彼女の表情に暗いものを感じる。


「ただ?」

「シズル様はこんなに凄いのに、その婚約者の私は全然駄目で……その、釣り合っていないことを改めて理解してしまいました……」


 そう言って沈むルキナを見て、そんな表情を見るために彼女を街へ誘ったわけではないと思う。

 

 そもそも、シズルからすれば自分の婚約者が魔術を使えようが使えまいと関係ない。自分と良好な関係を築けて、お互い尊重し合えるようなそんな相手であればそれでいいのだ。


 そうでなくてもルキナは将来、きっと凄い美人になる。心優しい性格だって、少し一緒にいれば感じ取れた。


 自分の事ばかり考えて好き勝手生きているシズルにとって、彼女はまだ八歳にもかかわらず将来の事も考えられていて、尊敬すら出来る相手だ。


 だからルキナがそう言って自分を卑下するのは、違うと思う。


 空を見上げると、太陽は赤く染まり始める。そろそろ夕暮れが始まりそうな時間だ。


「あのねルキナ、最後に連れて行きたいところがあるんだ」

「え? ……きゃっ!」

「ごめんね。あんまり時間がないから超特急で行くよ!」


 そう言ってシズルは、彼女の了解を得る前に再びお姫様抱っこをすると、一気に屋根を飛び越えていく。


 落ちないようにしっかりと抱きかかえると、ルキナもまた抱きしめ返してくれる。その柔らかさが癖になりそうで、シズルは無心になって飛び続けた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る