第13話 城塞都市ガリア

 メインストリートでの出来事の以降、ルキナはだいぶ慣れたのかずいぶんと楽しそうに街を見渡すようになっていた。


「シズル様、あの建物はなんですか?」

「あれは冒険者ギルドだね。増えすぎた魔物を退治したり、困った人を助けてくれる冒険者って職種の人が集まってる場所だよ」

「冒険者……騎士とは違うのですか?」

「騎士は国や領土を守るのが第一の仕事だからね。冒険者はそうだな……人々の生活を守るためとか、ロマンを求めてとか、後はまあ……お金さえ払えば何でもしてくれる人達かな」


 冒険者ギルドにはS級からF級までランクがあるのだが、世界的に見ても珍しいS級冒険者がこの街には二人もいる。そのうちの一人が父グレンであるのだが、そこはあえて触れないでおいた。


「人々の生活を守る……それは素晴らしい仕事ですね!」

「うん、そうだね。大切な仕事だよね」


 ルキナが感動した様子で冒険者ギルドを見るが、実際はそこまで綺麗な思想を持っている者などほとんどいないだろう。


 大抵の場合、他に仕事を得ることの出来なかったならず者や、田舎から出てきた農民の次男三男などが多いのだから。


 とはいえ、あえて彼女の綺麗な思いを潰す必要はない。それに、シズルとしても冒険者というのに憧れがないわけではないのだ。


 未踏のダンジョンはまだまだあり、未開の地も多い。その先に待ち受けている強大な魔物との死闘は、いずれしてみたいものだ。


「冒険者の皆さん、いつもありがとうございます」 


 両手を握り、会ったことのない冒険者に感謝をこめてお礼をしているルキナを見ると、本当にいい子なのだと感心してしまう。


 そうしてしばらく、街を散策していくと、荘厳な建物が見えてきた。


「シズル様、あれは教会ですよね! 本で見たことあります!」

「正解。あ、ちょうど結婚式やってるね。だいたい市民が結婚するときは、教会にお願いするものなんだ」

「……女の人、凄く幸せそうです」


 周りに祝福されながら行われた結婚式。幸せ絶頂の人はキラキラと輝いて見えるものだが、その言葉のとおり花嫁の顔はとても輝いて見えた。


 ルキナはそんな花嫁の姿を憧れの表情で見ている。最初に出会った時はまるで自分の意思などいらないという勢いであったが、今の彼女を見ているとやはり本心ではないようだ。


「ん?」


 不意に、シズルの『雷探査魔術サーチ』に複数の悪意ある視線を感知した。隣のルキナに気付かれないように周囲を伺うと、どうやらガラの悪い男たちに目を付けられたらしい。


 自分が並みの騎士よりも強いとはいえ、絡まれても面倒だ。そう思い『雷探査魔術サーチ』の精度を上げて周囲を確認した瞬間――


「っ――!?」


 こちらを伺っているチンピラとは違う、凄まじい悪寒がシズルを襲う。


 慌てて悪寒の正体を暴くべくその方向を見ると、ルキナが羨ましそうに新郎新婦を見ていた。


 ――まさかルキナか? いや、違う!


 より精度を上げると、その悪寒の正体は彼女の影。その遥か深淵の奥から、こちらを覗きこんでいる何者かに気が付く。


 ――ヤバイ。


 『雷探査魔術サーチ』の精度を上げるまで気付けなかったその隠蔽のレベル。そして、一度感じてしまえば忘れられないほど強烈な意志の強さ。


 これは、今のシズルでは手に負えない存在だ。


「シズル様? どうかなされましたか?」

「――っ、ごめんね。ちょっとぼうっとしてた。まだまだ見るところは沢山あるから、行こうか」

「はい!」


 『雷探査魔術サーチ』を解くと、ルキナの影から与えられる圧力が消える。そして同時に、どうしてルキナが『加護なし姫』なのか理解した。


 精霊はより強い精霊に従う。下級精霊、中級精霊、上級精霊と続き、その最たる例が大精霊と呼ばれる存在だ。


 だいたいどの国の建国記を読めば、大精霊と契約したことで国に精霊が溢れ、繁栄したと描かれるほど。この国だけでなく、最も神に近い存在とさえ言われているくらいだ。


 そしてルキナの影から感じたその雰囲気は、力の大きさこそ全然違うが、普段シズルが集まってもらっている精霊で間違いない。


 しかし感じた力の大きさは、これまでシズルが感じたことのあるレベルを遥かに超えていた。


 ――彼女の中にいるあれは、まさか……


 もしシズルの予想通りであれば、ルキナが魔術を使えないことには理由があり、解決する方法があるということだ。


 彼女の心の闇を覆う根幹の原因。幸い、影の『何か』にはまだこちらが気付いたことに気取られた様子はない。


「ルキナ、ちょっといいかな?」

「はい? なんですかシズル様?」


 ついルキナを呼んでしまい、ここで彼女に何と問いかけようと悩んでしまう。


 ――ルキナが『加護なし姫』の理由がわかったよ? 君は魔術が使いたい?


 どれも影の『何か』を刺激しかねない言葉だ。そしてこの『何か』が本気で暴れれば、この都市程度軽く吹き飛ばしてしまう事だろう。


 そんな危険を感じながらシズルが言葉に躊躇っていると、ルキナは少し不思議そうな顔をする。


 クリっとした純粋な瞳に見つめられると思わず言葉に詰まる。せっかく楽しんでくれているのに水を差すような真似はしたくないと思ってしまった。


 ――まあ、今はいいか。


 別に今すぐ話を切り出さなければいけないことでもない。それよりも今は、ルキナに城塞都市ガリアの日常を楽しんで貰う方がよほど重要だ。


「うんん、何でもないよ。それよりルキナ、何か気になることは――」

「おいガキども、良い身なりしてんじゃねえか。ちょっと俺らに付いてこいよ」


 唐突に、ルキナに笑顔を見せていたシズルの背後から下卑た笑い声が聞こえてきた。

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