第37話 真実へ至る道

 ミディールとの会話を終えたシズルは、彼を帰らせたあと、他の女子生徒たちを連れて帰ったルキナと合流する。


「みんなの様子はどうだった?」

「……あまりいい状況とは言えません」

「そっか」


 それはそうだろうとシズルも思った。


 憧れだったはずの王子が、どこの馬の骨とも思えない女を自身のパートナーに選んだのだ。しかも、婚約者であり公爵令嬢のユースティアの目の前で。


 ジークハルトは男として、そして王国の王子として、その全てが今後の彼の貴族生活に大きな傷跡を残した結果となった。


 学園の生徒とはいえ、あの場にいた生徒たちはみんな王国でも上位貴族の家柄だ。中にはすでに実家へ手紙を綴っているものもいるだろう。


 それが第二王子派であれば、見切りをつける切っ掛けになるかもしれない。そして敵対派閥であれば当然、この事態を王宮で重く取り上げることだろう。


 どちらにしても、すでにジークハルトの王族としての立場はとても危ういものになったはずだ。


だが正直言って、シズルにとってジークハルトがどうなろうと、どうでもよかった。


「ルキナは今回の件、どう思う?」

「……色々と不自然な部分がとても多いような気がします」

「うん?」


 シズルはジークハルトが操られているのではないだろうか? というつもりで聞いたのだが、彼女の受け取り方はどうも違う様子が受ける。


「シズル様、ジークハルト様は本当に操られているのでしょうか?」

「それはそうじゃないの? 他の学生たちもそうだけど、そうじゃないとあの女を選ぶなんておかしいよね?」


 エステルは男爵令嬢だ。仮に彼女が魅力的で恋をした、という話であれば側室に迎え入れればいいだけの話である。


 それはもちろんジークハルトなら可能だし、他の男子生徒たちも同様だ。


「なのに、真実の愛だとか言って婚約破棄をするのは、普通に考えておかしいよね?」

「はい、そうなんです。普通に考えたら、おかしいんです」


 おかしいの部分をルキナは強調する。そういえば彼女はジークハルトと話をしている間に、彼女がなにかに気付いた素振りを見せたのを思い出した。


「ルキナはなにかに気付いたの?」

「……ジークハルト様は、もしかしたら操られてなどいないのかもしれません」

「え?」


 ルキナの言葉は、そもそもの前提条件を全て覆すような内容だ。


「そんなまさか……それじゃあ王子は素の状態で、あのやり取りをしたってこと?」

「……はい」

「どうしてそう思ったのか、聞いてもいいかな?」


 そう言うとルキナは自身が無さそうに、それでもしっかりと前を向いて顔を上げる。


「ジークハルト様は一度も、ノウゲート様に対する好意を口にはしませんでした。その代わりに出したのは、ノウゲート様が必要なのだということだけ。その理由にしても、望むものは力だと」


 先ほどのジークハルトの言葉を思い出し、確かにその通りだとシズルは思った。ジークハルトは一度も、エステルのことを愛しているなどというセリフは出していない。


「違和感はずっとあったんです。他の男子生徒たちのようにノウゲート様に心酔しているような素振りもありませんでしたし、何より……」


 言うべきか言わざるべきか、ルキナは悩むように言葉を止める。しかしやはり必要なことだと思ったのか、閉じていた小さな口を開いた。


「ジークハルト様は、ユースティア様を遠ざけようとしてるように見えました」


 それは、シズルがまったく思わなかった内容だ。


「……ねえルキナ。俺にはルキナがどういう話をしたいのかが見えてこないんだけど。君の言う通りなら、ジークハルト王子は自分からノウゲート嬢に近づいてその力を手に入れようとしてるってこと?」

「そうです。そしてその力はきっと、破滅に繋がるもの。だからこそ、王子はユースティア様を遠ざけようとしてるのではないかと、そう思ったのです」


 それは全て想像の余地を出ないものだ。だと言うのに、彼女はまるで確信したような物言いで言い切る。


「何か、確信に至る理由があるのかな?」

「それは……ありません」


 だがそれでも、ルキナは自分の直感が間違っていないのだと思っているらしい。であれば、シズルのできることは一つだけだ。


「わかった。俺はルキナの直感を信じるよ」

「え。でも根拠も何もないですよ」

「ルキナがそう思うんなら、きっとそうなんだ。それに、別に間違ってても俺がやることは変わらないって」


 元々、シズルはエステルを倒すことを考えていた。彼女が何かをしているのは明白で、それに対して他の男子生徒たちが敵対するというなら、全てを叩きのめすつもりでいたくらいだ。


 そこにジークハルトやミディール、それに他の男子生徒たちの感情など関係ない。邪魔をするなら倒す、それだけである。


「どうやらフォルブレイズ家は、王国の壊剣らしいからね」


 この学園にきてから初めて知ったその二つ名。それは王国の守護者であるという意味であると同時に、王族ですら制御不能な、何をするのか分からないフォルブレイズ家に付けられた不名誉な名でもある。


 だがきっと、父も、そして兄もこの二つ名を喜んで名乗ることだろう。


 たとえ自分よりも上位の人間であっても束縛されることを嫌う、もっとも自由な貴族なのだから。 


「問題は、ノウゲート嬢がなにをして男子生徒たちを操っているかってことか。ルキナはなにか思い浮かぶものってある?」

「実は一つだけ……」

「本当?」


 まさかそこまで思い至っているとは思わず、つい疑問の声を口にしてしまった。


「シズル様は、以前ユースティア様が話してくださったお話を覚えていますか?」

「ユースティアが話したっていうと、あの聖女のやつ?」

「はい。それでその物語では、王国の未来の重要人物たちをみんな虜にしたという話がありましたよね?」


 途中で終わってしまったその物語を思い出しながら、確かにそんなことがあったと思う。


「うん、物語はそこで終わっちゃったから、続きが気になるところだけど」

「ユースティア様はあの物語が真実にあったことだとおっしゃりましたよね。ということは……」


 ユースティアの先祖の話。かつての王子レオンハルトと、ティアラの恋物語。そこで出てくる恋敵が召喚したという『化物』。それは、真実に存在したということになる。


「なるほどね。つまりユースティアは、ノウゲート嬢がその『化物』なんじゃないかと疑ってるわけだ」

「はい。精霊を生贄に召喚した、という話は先に伺った聖女伝説以外でも、稀にある話です。そしてそこで召喚される物は『悪魔』と呼ばれる魔界の種族。はるか古代に、精霊たちとともに人間が戦った敵」

「悪魔……」


 今自分たちが住んでいるこの世界の他に、隣接する世界がいくつも存在することをシズルも知っていた。天使が住むと言う天界、悪魔が住むと言われる魔界、死者が住むと言われている冥界。


 それはかつて幼いころ、自分の他に転生者がいないかどうかを調べたときに見つけた資料に残っていたものだ。


 元を辿れば、魔物たちもこの世界とは違うところからきたという話もあるくらいなので話半分に見ていたのだが、実際に魔界から悪魔が召喚されたという物語は、確かにシズルも知っている。


「悪魔には私たちが使う精霊魔術とはまた違った、不思議な力を操る者が多いそうです。だから、もしかしたらノウゲート様はその悪魔で、その……」

「その不思議な力が、人間を魅了しているんじゃないかってことだね」

「……はい」


 確かにありえそうだとシズルは思った。少なくともシズルがこれまで学んできた魔術に関する書物に、人を魅了するようなものは存在しない。だが悪魔の特異能力であると言われた方が、十分納得できるものだ。


「でもこれは推測で……」

「……ねえルキナ?」


 彼女の顔をじっと見つめると、その言葉には先ほどと同様、確信があるように感じる。


「それは、ルージュが言ってたんだね?」

「あ、え? どうしてそれが……あっ!」


 不意打ちで尋ねてみると、彼女は慌てたように口を閉じる。その態度で丸わかりなのだが、どうやら口止めされていたらしい。


 だがしかし、これで確定である。


 闇の大精霊であるルージュがそう言うのであれば、エステル・ノウゲートは魔界からやってきた悪魔ということだ。


「その話は、本当か?」


 そう確信した瞬間、背後から聞きなれた声が聞こえてきた。


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