第23話 アポロ
まだこちらはなにもしていないのに剣を突き付けてきた以上、攻撃されても仕方がないだろう。
これは、完全に喧嘩を売られているなと思って戦闘態勢に入る。
「なに? こんな街のど真ん中で剣を抜くなんで穏やかじゃないけど」
「テメェらがギルドに適当なこと言ったせいで俺らがダンジョンに入れなくなっちまったじゃねえか! どうしてくれる!」
「適当なこと? 俺たちは事実を伝えただけだよ」
冒険者は二人。片方はスキンヘッドで顔に傷があり、かなり厳つい顔をしている。そしてもう一人は黒髪をロン毛にした、少し自意識が高そうな男だ。
「俺らはB級冒険者だぞ! なのにダンジョンはA級以上がいるパーティーじゃねえと入れねぇようにって、お前らが適当な報告したからに決まってんだろうが!」
立ち振る舞いから弱くはないと思っていたが、どうやらそこそこやるレベルの男たちのようだ。とはいえ、あのダンジョンにこの二人が挑んでも、命はないと思う。
「俺たちが入る前からすでに、B級冒険者のパーティーが壊滅してたんだから、仕方ないよね?」
「そいつらが弱かっただけだろうが! 俺らは違う!」
「そうだ! だいたいテメェみたいなガキ共が入って無事なんだから、俺らだったら余裕だろうが!」
「うーん」
シズルは少し彼らを見て考える。
たしかにB級冒険者としての実力はあるように思えるが、それでもたとえばローザリンデやホムラと対峙すれば、おそらく一合で切り伏せられることだろう。
ホムラはランクこそB級だが、実力はA級トップクラスと比べてみても遜色はなく、ローザリンデも同様だ。
それこそ、シズルは見たことがないから比べられないが、S級の冒険者とだって戦えると思う。
だが彼らにはそれほどの実力も、そして才気も感じ取れない。
「悪いことは言わないから、やめておいた方がいいよ。貴方たちがあのダンジョンに入っても、死ぬだけだと思うし」
「あぁん⁉ ギルドで聞いたぞ! テメェもそっちのチビもDランクらしいじゃねえか!」
「ああ、まあたしかに」
ギルド職員がどういう説明をしたのかわからないが、シズルはその言葉に面倒なことになったと思う。
たしかに自分やイリスのランクを聞いた他の冒険者が、こういう行動に出るのは仕方がない事だろう。
「ただ、俺らはギルドの昇格試験を受けてないだけで、貴方たちよりはずっと強いよ?」
「だったら、それを証明して見せろやぁぁぁ!」
そんな声と共に冒険者の二人が武器を手に一斉に飛び掛かってくる。
その動きは鋭く、少なくともこの街のギルドにいる冒険者たちの中ではたしかに上位に入るものだろう。
とはいえ、シズルからすれば大した動きではない。とりあえず制圧しようと思っていたら、自分の後ろにいたアポロが前に出た。
「ぅー」
「ってアポロ⁉」
「死ねやクソガキがぁぁぁ」
突然の事態に動揺してしまったシズルは、行動が一手遅れる。
これまで見たことのないほど俊敏な動きで自分と冒険者の間に入ったアポロは、振り下ろされる巨大な大剣の前にその身を晒し出し――。
「ぅー!」
ガキン、と鈍い金属の音が二度、城塞都市マテリアに響き渡った。
「……は?」
「なん……え?」
二人の冒険者は戦士として一流と言ってもいいだろう。少なくともそこらの騎士たちよりもずっと強いし、命を賭けて戦うベテランの冒険者として、戦うことに対する覚悟も持っていたことだろう。
だがしかし、そんな二人が呆然とした表情で小さな少年と、そして折れてしまった巨大な大剣を見つめていた。
「ぅー! ぅー!」
「うっ!」
「な、なんだこのガキ!」
そんな二人に対し、アポロは少し怒ったような声を上げると一歩前に近づき、そして――。
「ぅー!」
目にも止まらぬ速さで繰り出されたパンチが、二人に突き刺さる。
「ぐげぇ⁉」
「ゴバァ⁉」
瞬間、二人はとんでもない勢いで吹き飛ばされ、石で出来た家の壁にぶつかって気絶してしまう。
小さな子どもの放ったその攻撃が、まるで冗談のように大きな身体をした二人を倒してしまい、周囲で見守っていた者たちは驚愕に唖然としていた。
「えっと、アポロ?」
「ぅー!」
こちらに振り向いたアポロは、いつものボーとした様子ではなく、力強い瞳をしながら両手を空に向けて上げた。
『勝ったよー、だって』
「あ、そうなんだ……えーと」
褒めて欲しそうにこちらを見上げてくる小さな少年に、シズルは軽く頭に手を置いて撫でてみると、アポロはまるで犬のように目を細めて嬉しそうに微笑む。
「ぅー」
その表情は緩みきり、つい先ほど凄まじい攻撃でいかつい冒険者を倒した少年と同じとは、到底思えない。
「まあ、いっか」
クシャクシャの髪の毛は手に絡んで気持ちがよく、褒められたアポロは嬉しそう。見知らぬ、しかもこちらに敵意を露わにしてきた敵を心配するよりも、こちらの方が重要だろ。
それと同時に、やはりダンジョン内で出した力は本物だった。
シズルとホムラの二人がかりでも止められない力。そして今の冒険者が放った攻撃に傷一つ付かない耐久性。
これを他の者たちに知られたら、アポロを危険視して排除、もしくは解剖に移るかもしれない。
『アポロ、頑張ったね。偉いよ』
「ぅー、ぅー」
自分が撫でる手を止めると、今度はイリスが彼を誉めるようによしよしとする。それに満面の笑みを浮かべるアポロ見て、この子に悪意があるとは到底思えなかった。
だからこそ、シズルは一度ホムラたちと相談して、ギルドに彼の情報を漏らさないよう徹底してもらわなければと思う。
「だってアポロは俺たちを守ろうとしてくれたんだもんね」
それなら、もう彼は自分たちの仲間だ。たとえその生まれが普通じゃなかったとして、そんなことは関係ない。
アポロとイリス、二人の仲の良い光景を見て、そんなことを強く思うシズルであった。
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