第32話 王国の事情

 本来であれば、これはもう王国か学園か、大人に任せるべき事態だろう。


 シズルはそう思っていたし、きっとエリーもそう思っていたに違いない。


 だがユースティアだけは、なぜか執拗にジークハルトにまずは伝えてからだと言って、事態を保留にする。


 確かに最初にこの事態を想定していたのは、どういう情報網を使っていたのか分からないが、ジークハルトが最初だ。


 だからといって、彼に指示を仰ぐのを優先するのは間違っているのではないだろうか?


「どう思うルキナ?」


 学園の森にある白亜の休憩場。


 別にルキナと一緒にいることを誰かに見られるのが不味いわけではないのだが、ここは人目も少なく景色も良い。


 個人的にルキナと二人きりで話す場合はこの場所が多かった。


 そこで貴族として自分よりもずっと色々と考えているルキナに尋ねてみると、彼女はこちらの想像とは違う返答をしてきた。


「もし私がユースティア様の立場であれば、同じ判断をしたと思います」

「あれ?」


 ルキナも自分と同じ考えだろうと思っていただけに、シズルは不思議に思う。


 しかし改めて続きを聞いてみると、納得のできるものだった。


「ジークハルト王子の立場は、とても不安定なものです。それこそ、王宮では他の王位継承者の方々からは蛇蝎のごとく嫌悪され、命すら狙われているという噂もあるくらいなので……」

「ここで少しでも活躍を見せて、立場を強固にしたい?」

「はい。学園は王宮の手も届かない治外法権の地。ここで自身の地位を盤石にすれば、将来信頼できる腹心たちが生まれますし、何より他の王子を出し抜くことが出来ますから」

「なるほどね」


 そのために学園を危険に晒しているわけだが、彼の立場を考えればそういった手段を取ることも仕方がない、というわけだ。


 この辺り、あまり貴族に馴染んでいないシズルには分かり辛い感覚だが、ユースティアやルキナといった公爵令嬢たちが同じ判断を下すということは、それだけ王子の状況は危険なのだろう。


「この事件はすでに学園の生徒をかなり多く巻き込んでいます。そしてこれを無事に解決できれば、王子にとって今後どれほどやりやすくなることか……」

「逆に失敗したら、その地位はなくなるわけだ」

「それどころか、王宮で殺されても可笑しくありません」


 はっきりと物言いをするルキナに少し驚くが、彼女がそう言うならそうなのだろう。


「なんだかウチの国、真っ黒じゃない?」

「そうですね。少なくとも先代と、そして光の大精霊の契約者である勇者様はとても清廉な人物であったと聞きますが……」

「まあ綺麗ごとだけじゃ、国は動かせないか。そう考えると、あの王子も少し不憫だなぁ」

「シズル様が全面的に協力すれば、ジークハルト様の立場はかなり強固になりますよ?」


 そう言われてしまえばそうなのだろうが、その代わりシズルが貴族の世界へどっぷりと浸かることを意味する。


 王宮の政治関係に顔を突っ込む気は全くないので、王子には申し訳ないがこれ以上踏み込む気はなかった。


「まあ、少なくともこの学園の問題に対しては、しっかり協力するよ」

「そうですね。あまり立場を明確にし過ぎると、後々の立場も危うくなるかもしれませんから」


 この辺り、意外とルキナはシビアに物事を考える。普段の性格から考えれば想像しづらいが、彼女もまた立派な貴族令嬢なのだ。


「それよりも意外だったのが、クランベル嬢かな」

「どうされたんですか?」

「それが、自分以外にも婚約者を奪われた令嬢はたくさんいるからってまとめ上げてやる、って息巻いて出ていったっきりなんだ」

「それは……」


 ルキナにはエステルの異常さをすでに伝えている。


 もちろんどんな手段か分からない男を虜にするその力も不気味だが、シズルからすれば単純な戦闘能力も十分脅威だと思う。


「あれは少なくとも、学園の生徒たちが手に負えるレベルじゃないから……」

「私はその辺りはよくわからないんですけど、どれくらい強いんですか?」

「少なくともローザリンデ、うちに来たA級冒険者クラスの実力はあると思う。もっとも、誤魔化そうとしているせいで正確な実力は測り切れていないけど……」


 もしエステルが直接的な手段に出た場合、エリーたちが危険である。あれを止められるのは、学園では自分だけだろう。


「止めなくていいのですか?」

「止めようがないかな」


 少なくともシズルには、内心マグマのごとく怒りに支配されている彼女たちを抑える自信がない。


 それに、危険な可能性はあるとはいえ、彼女たちも子どもとはいえ貴族。責任は自分たちで取るべきだ。


「それに多分だけど、ノウゲート嬢も学園ではそう手荒な真似はしないと思う」


 これまでの彼女の行動は一貫して、男子生徒を虜にすることだけを考えている。その実力を隠しているのも、か弱い女子を演じて男子生徒たちに庇護欲を誘わせるためだろう。


 それに彼女は学園内では何かしらの制限がかかっているようなことを匂わせていた。


 エリーに対する行動も、学園外だったからこそだろう。これが学園内だったら、また違った対応を取ったはずだ。


 それを伝えると、ルキナも同じ考えなのか同意してくれる。


「とにかく、俺はしばらく静観するしかないかな。ノウゲートがルキナに危害を加える気なら容赦しないけどね」

「……はい」


 シズルの言葉に照れた様子を見せるルキナに、そう言えばと思う。


「ルキナの周りでは、まだ婚約者を取られたっていう子はいないのかな?」

「そうですね。上級クラスの子たちはまだ誰も……ミディール様を除けば今のところ大丈夫みたいですよ」

「ふぅん。となると、もしかしたらそろそろノウゲート嬢も動き出すかもね」


 これまでターゲットを一般クラスに定めていた彼女が、ミディールという上流クラスでも最上位の駒を手に入れた。


 となれば必然的に、こちらのクラスへ乗り込んでくる可能性は高いと思ってた。


「シズル様……」

「そんな不安そうな顔をしなくてもいいよルキナ。少なくともこれまでこっちのクラスに入りこまなかったってことは、彼女の力には何かしらの制限があるはずなんだ。それに……」


 シズルはあの水色の少女を思い出す。


 彼女はシズルが入学してから何度も接触を図ってきた。その度にシズルは嫌悪感を覚えて逃げていたが、恐らくあのタイミングで自分をどうにかしようとしていたのだろう。


「今のところ俺に対して明確に敵対行動を取ってないから何もしないけど、もしこっちに対してちょっかいをかけてきたら、ね」

「その笑顔のシズル様は、ちょっと怖いです」

「おっと、ごめんごめん」


 とはいえ、本当に油断は禁物である。少なくともミディールが落とされたのは、何かしらの理由があるはずなのだから。


「いくら強いっていっても、俺は負ける気はないよ」

「でも、あの人はなんだかとても不気味で……」

「それならそれで、近づかなればいいだけだ」


 そう言ってシズルは己の魔力を軽く開放する。バチバチと光る雷は、そのフィンリルとの死闘を乗り越えて更に力強いものになっていた。


「だけどもし……もしものときはルージュ」

『……なによ』

「ルキナを守ってね」


 そんなことは言われなくてもわかっている。


 闇の大精霊はルキナの影の中で、そう小さく呟いた。

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