第11話 兄弟の話し合い

 勇者クレスがやってきてからしばらくして、彼は王都に向かうといってフォルブレイズ領を出て行った。


 ――フォルブレイズ侯爵であるグレンと共に。


「結局何だったんでしょうね?」

「さあな。俺としてはもっと鍛錬に付き合ってもらいたかったんだがよ」


 光の大精霊の契約者、という理由もあって極力接触を避けていたシズルと違い、ホムラは積極的に絡んでいたような気がする。


 普段とは違う鍛錬の相手がいたからかホムラのやる気は非常に高く、こうして剣を合わせていても以前より数段レベルアップしているのがわかった。


「しっかし、親父にもクレスさんにも勝てなかったのは悔しいぜ」

「年季が違うのか、他に理由があるのか……まあでも世界最強の一端を知れたのは良かったですよ」

「まあ、な!」


 ホムラの力強い大剣が迫る。それをシズルは正面から受け止めると、思わず膝をつきそうなほどの重さがあった。


 それを受け流すように横にそらし、そのまま剣を首に目掛けて突き出す。


「はっ、甘ぇ!」


 重量級の武器を取り扱っているにもかかわらず、ホムラの動きは俊敏そのもの。一歩前に出たうえで剣を躱して、そのまま鋭い蹴りを放ってきた。


 シズルは自分に向かってきたそれに合わせるように、同じく足を出す。鈍い痛みが入るが、それはホムラも一緒なのかわずかに顔を歪ませる。


「……まったく兄上、貴族の戦い方じゃないですね」

「人のこと、言えねえだろうが!」


 そうしてしばらく、シズルたちは剣と体術を組み合わせた乱打戦となる。

 激しい金属音が中庭に響き渡る中で、やはり兄との鍛練は楽しいと思った。


 ローザリンデやエイルは技量こそ二人より上位だが、しかし型にはまった動きをする。


 もちろん基本を忠実に極めた二人はとても強く、魔術でカバーをしなければまだまだ勝てる見込みは薄いが、たまにはこうして『なんでもありの戦い』というもの必要だなと思うのだ。


 それを言うとみんから「もう少し貴族らしい戦い方を覚えて……」などと言われるが、最強を目指す以上はあらゆる場面で対応できる強さが必要だ。


 そういう意味では、勝つことを至上とする兄との鍛錬はとてもためになっていた。なにせ、勝つためだったら地面を蹴り上げて目晦ましまでしてくる相手である。とても貴族とは思えない。


「ふう、ちょっと休むか」

「そうですね」


 激しく動き続けたせいで額から汗が止まらない。それはホムラも同じようで、若干疲れた顔をしながら大きな木陰に入って座り込んだ。

 

 シズルもまた同じように木にもたれかかるように座り、そして涼しい風を感じて目を閉じる。


 そしてふと、兄の婚約問題はどうなったのかが気になった。


「そういえば兄上、最近はどうなんですか?」

「あん? なんのことだよ」

「ジュリエット王女のことですよ」


 シズルがその話題を出した瞬間、ホムラの顔が分かりやすく引き攣る。どうやらあれから結構な時間が経っているというのに、話は進んでいないらしい。


「お前までその話題かよ」

「まあ他の人からも言われてて耳にタコだと思いますが、今は仕方ないと思いますよ。まあ、別に無理して急げとは言いませんが……」

「わかってるんだけどよぉ」


 とりあえず黙って聞いていると、どうやらジュリエット王女のことを嫌っているわけではないのはよくわかる。

 それに、実際これが政略結婚であると同時に、王女の希望であることも。


 貴族として、世継ぎを生むのは避けられないことだ。そしてその相手はローザリンデでなく、アストライア王国の貴族である必要があることも。


 意外とこの辺りはしっかり考えているホムラは、当然分かっている。


「別にいいじゃないですか。王女が嫁ぎに来るって言ってくれてて、王様になれって言われてるわけじゃないんですから」

「お前、自分が決めたとたん掌返しやがって」

「さてさて、なんのことやら」

「この野郎……」


 ホムラの言い分を、シズルは視線を逸らしながらとぼける。


 というのも、元々シズルはホムラと同じで二人の女性を愛することに対してもどかしい気持ちがあった。

 だから二人でよく逃亡を図っていたのだが、今はもう愛する覚悟を決めた状態。


 ホムラから見れば突然裏切りに合ったようなものだろう。


「だいだい、毎回弟に先を越される兄上の方がおかしいんですからね? 普通貴族って言ったら、上から順に婚約が決まるものなんですから」


 婚約者が先に決まったのも、そして今回のように二人の女性に対する問題に関しても自分が先というのはちょっとおかしいと思う。


「ローザリンデだって構わないって言ってくれてるんですよね?」

「なんでそれを……」

「本人から聞きました」

「あいつ……」


 実はシズルは以前、ローザリンデに相談されたことがあった。


 自分のせいでホムラが踏ん切りがついていないのは、正直困る、というものだ。


 シズルからすればローザリンデはもっと我儘になってもいいと思うのだが、家庭内で修羅場にされるのもちょっと困るので、出来る限り応援してあげたいとは思った。


「まあ一度経験して乗り越えた弟の身から言わせてもらいますと、とりあえずしっかり話し合うことが大切なんだと思いますよ。少なくとも、ローザリンデはもう覚悟を決めてますしね」 

「……まあ、な」


 ふと、少し離れたところから二人の女性が近づいてきているのが分かった。

 見れば、丁度話題になっていたジュリエットとローザリンデの二人が一緒に歩いている。


「さてっと、それじゃあ俺はこれくらいで戻りますね」


 シズルは立ち上がると、そのまま彼女たちとは反対方向に進む。人の恋路に入って馬には蹴られたくないのだ。


「ああそうだ。いちおう経験者として一つ言っておきますね」

「あん?」

「こういうとき、女性は強いですよ」


 だから覚悟してくださいね兄上、と告げて、シズルは屋敷にいるであろう自分の婚約者の下へと向かって行くのであった。

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