第24話 会談

 婚約者同士の顔合わせが目的だった公爵家の来訪だが、この婚約に関して周囲の人間達は若干の不安があったと聞いている。


 なにせ片方は新しい精霊の加護を受けた、王国中から『神童』と名高い少年。


 そしてもう片方は、国内でも最も貴き血が流れているにもかかわらず、どの精霊からも加護を与えられなかった『加護なし姫』。


 爵位は公爵が上とはいえ、フォルブレイズ家当主のグレンはかつての戦争の大英雄であり、その功績は計り知れない。


 しかもその子であるシズルは王国に新たな可能性を生み出した『神に愛された子』となると、婚約に対してどちらが主導権を握るべきか判断に悩むところである。


 国内の評判は全く正反対の二人だ。お互いの家格のこともあり、婚約は王国側からの干渉があったにしても、かなり大きな賭けとも言えた。


 しかし現状ルキナはシズルに心を許し、逆にシズルもルキナを婚約者として好ましく思っていた。

 

 二人の仲睦まじい姿を見た周囲の人間は、微笑ましい気持ちで見ており、今頃王国は賭けに勝ったと安心していることだろう。


 後に起きる、歴史上でも稀に見る大事件が発生するまでは――






 シズル達を載せた馬車は城塞都市ガリアを出て、穏やかな道を走っていた。


 公爵家の滞在も残りわずかとなったこの日、両家はシズルとルキナに思い出を作ろうという名目で、侯爵領でも有数の観光スポットへと向かっている最中だ。


 馬車の中にはシズル、その父グレン、そしてマグナス・ローレライ公爵と娘のルキナの四人が座り、辺りの景色を眺めながら歓談を楽しんでいた。


 もちろん彼らはみんな国の最重要人物。周囲には護衛の騎士が並び、何があっても対応できるような状態であるが、馬車内は比較的穏やかだ。


「シズル様、今から向かっている所はどんなところなんですか?」

「それは……いや、着くまでは内緒にしておこうか」

「むぅ……」

「ほらほら、膨れない膨れない」

「あう……」


 リスのように頬を膨らませるルキナをつつくと、柔らかい弾力が返ってくる。シミ一つない子供の肌は柔らかく、いくらつついても飽きそうになかった。


 されている本人といえば、恥ずかしそうに顔を染めるが嫌がりはせず、可愛らしい仕草を見せるからついやり過ぎてしまう。


「いやー、二人が仲良くなって良かったぜ! なあマグナスさん!」

「……ああ。そうだねぇ。全く持って嬉しいことだねぇっ」


 ――目が血走っています公爵様。あと膝の上に置いた手がプルプルと震えていて、殺気が滅茶苦茶漏れてます。言葉と表情が全く一致していませんよ。


 あまりやり過ぎては娘を愛しているローレライ公爵に殺されかねないので、十分楽しんだ後は再び外の景色を眺める。そして――思い出すのは昨日の夜の会話だ。





 昨日、シズルは計画の最終段階を迎えるため、ローレライ公爵と会談を設けた。


「つまり、ルキナの中にその『何か』がいて、そいつのせいであの子は『加護なし姫』などと呼ばれることになった、君はそう言うのだね?」

「はい、間違いありません」

「……我々とて手をこまねいていたわけではない。様々な専門家に調べさせ、その結果『加護なし』と判断したのだが、それが違うと?」


 宮廷の魑魅魍魎を相手にしてきた、まさに歴戦の猛者。グレンのように力で押し通そうとする業火のような圧力とは違う、氷のような冷淡の視線は、これまでシズルが経験してこなかった類のプレッシャーだ。


 ローレライ公爵はこう言っているのだ。


 ――子供とはいえ貴族が格上の公爵を否定する、その意味がわかっているのか? と。


 はっきり言って恐ろしい。もしこのまま彼の言葉を否定し続ければ、今後生きていけないのではないか。そんな怖さがローレライ公爵にはあった。


 だがしかし、ここで引くわけにはいかない。本当の意味でルキナを幸せにするには、今のままではいけないのだから。


「はい」

「……そうか。どうやら適当な事を言っているわけではないようだね」


 はっきりと目を見てそう返すと、ローレライ公爵は鋭い瞳を緩ませ、プレッシャーもだいぶ少なくなる。


「ではシズル君。その話、詳しく聞かせてもらおうか」


 そうして一度腕を組み直した公爵は、普段の穏やかな表情の中に真剣味を帯びた視線で、シズルに問いかけた。


「まず事の発端は街でルキナと歩いていた時です――」


 シズルはここまでの出来事を全て語る。街で散策していたとき、彼女の影の奥、その深淵の先から周囲に強烈な敵意を放つ存在に気付いたこと。そして、その力が上級精霊すら超えているであろうこと。


 流石にヴリトラの事は話せなかったが、シズルは己が推測した内容を話せるだけ話してみた。


 説得力を持たせるなら当然ヴリトラの事も話すべきなのだが、彼は王国の公爵。私人としてならともかく国人としてみた場合、大精霊を見つけて供にしたなどという事実、到底看過できる問題ではないのだから。


「その『何か』をルキナから追い出す方法は?」


 おそらく公爵はすでにシズルの隠していることに気付いている。気付いていて、あえてそこには触れずに問題点を挙げてくれた。本当に優秀な人だと思いながら、シズルはヴリトラから聞いた方法を提示する。


「強烈な魔術の一撃を加えれば可能だと思います」

「強烈な魔術……具体的には?」

「B級クラスの魔物を一撃で吹き飛ばすくらいの威力があれば」


 過去にシズルが倒したオーガは耐久力に優れた魔物ではあるが、それでもC級クラス。C級とB級の間には大きな壁があり、たった一つランクが上がるだけだがその強さは比べ物にならないものとなる。


 魔物の多くはC級までであり、ここより上の魔物たちは並の人間では手に負えないクラスとなっていた。そのB級の魔物を一撃で吹き飛ばす威力、ともなれば現実的ではない。


「……すぐには無理だね。自領に戻って体制を整えれば……いや、グレン君ならいけるか?」


 シズルの父であるグレン・フォルブレイズはかつて、魔王戦役において勇者と共に戦場を駆け抜けた英雄の一人。その卓越した剣術と強力な炎の魔術で勇者パーティーの最前線を支え、こと殲滅力では勇者すら超えていたと噂される男だ。


 火力面において、彼を超える者はほとんどいない。ローレライ公爵が一番に挙げるのも当然であった。だが――


「確かに父なら可能かもしれません。ですが炎魔術は広範囲における殲滅力であれば有益ですが、今回は深淵の奥に潜む存在。たどり着くまでに威力が落ちかねないし、相性がいいとは思えません」

「ふむ……」

「なので、俺がやります」

「……なんだって?」


 シズルの言葉に一瞬視線を鋭くする公爵だが、シズルは軽く雷の渦を発生させて見せる。


「俺の雷魔術なら、あの『何か』がいる深淵の奥まで、威力を保った状態で確実に届かせられます」

「……君の言葉が真実なら、娘の中にいる存在は極めて危険な存在だ。それこそ、国が総出で対応しなければならないほど強大な存在。それを君は相手にすると、そう言うのかい?」

「はい。ルキナは、俺の婚約者ですから」


 そうはっきり言い放つが、それでもローレライ公爵は疑うような表情でじっと見つめてくる。


「何故そんなにまで娘を思ってくれる? こう言ってはなんだが、君と娘はしょせん政略結婚の間柄でしかない。しかも君は娘と違い相手を選べる立場だ。君の口から婚約を認めないと言えば、それだけですぐ白紙になるような浅い関係だよ? だと言うのに、何故君は危険を冒してまでここまでしてくれるんだい?」


 それは周囲の人間すべてを疑ってかかってきた公爵の本音なのだろう。きっとルキナの環境を一番苦しんだのは、彼女を除けばこの公爵なのだから。


 精霊に愛される貴族。その中でも最も貴き血の家系。加護がない、ただそれだけで見下される娘の環境を変えようと努力して、努力して、持てる権力を使ってそれでも変えられなかった。


 それほどこの貴族社会と精霊の加護は切っても切り離せない関係なのだから。


「君は……君はそれを変えられる? だけど周りの目は厳しいよ。これからしようとしていることは命の危険もある。だというのに、どうして君は……」


 苦しそうに独白のように話す公爵にシズルが返す言葉は一つだけだった。


「あんなに一生懸命な子が不幸なままの世界なんて、認められるはずがないじゃないですか」

「……」


 呆気にとられるとはまさにこの事だろう。公爵はシズルの言葉を聞いてしばらく目を丸くし、そして――


「……く、くく、はーはっはっは!」


 急に大きな声で笑いだした。その姿は先ほどまでの苦しそうな表情をしていた男とはとても同一人物とは思えない。


「そう、だね……その通りだ! ルキナみたいな良い子が、あんなに苦しむこの世界なんて認められるはずがないよね!」

「はい、そうなんですよ。だから公爵、俺は貴方から一言欲しい。その一言があれば、俺は戦えるんですから」


 だからシズルはこの会談を行ったのだ。こればかりは一人で勝手にやるわけにはいかない。ちゃんと、手順を踏む必要があった。


「ああ、そうだね……シズル君、娘を、ルキナを助けてくれ!」

「はい、お任せください!」


 そうして会談は終わり、シズルと、そして公爵の覚悟も決まった。


 あとは、実行に移すだけである。

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