第25話 闇を斬り裂く雷光
――チャンスは一度きり。ルキナの中にいる『何か』に気取られれば、作戦は破綻してしまう。
目的地の観光スポットまでまだ距離があるため、シズル達は道中で昼休憩を挟んでいた。
周囲は見晴しの良い高原が広がり、魔物一匹おらず穏やかなものだ。柔らかい風が心地よく、空を見れば快晴が広がっていた。
すでに昼食を終えたシズル達は、周囲の騎士達の片付けを眺めながら穏やかな時間を過ごす。
そうして片付けが終わった頃を見計らい、シズルはルキナを連れ出し騎士団から距離を取り始めた。
「シズル様? どしたんですか?」
「ルキナ……改めて君に聞きたいことがあるんだ」
「あの、お父様方からだいぶ距離があるみたいなんですけど……」
周囲を見渡すと、すでに馬車は距離を離れ始めている。騎士団も各々が動き出し、部隊編成を終えているところだ。
流石にこの状況に違和感を覚えたのだろう。ルキナは不安そうにシズルを見つめる。そんな彼女を真っ直ぐに見つめ返し、シズルは改めて質問をする。
「ルキナはさ、魔術が使えるようになったら、何がしたい?」
「え? えっと……えっと」
シズルの急な質問に答えるため、ルキナは視線をうろうろさせる。考えた事がなかったはずがない。きっと夜が来るたびに彼女は、『もし』の世界を夢見てきたはずだ。
これからの戦いはきっと人生で一番激しいものになる。その前に、彼女の心を知っておきたかった。
「そうですね。まずはお父様に見せて、安心してくださいって、そう言いたいです。だって私が『加護なし姫』で、一番迷惑をかけてきたのはお父様なので」
「……そっか」
遠く離れた所にいるであろうローレライ公爵には今の言葉は聞こえていないだろう。もし聞こえていれば、涙を流しながら抱きしめていたに違いない。
「だったら、ちゃんと言わないとね」
「え? それはどういう……?」
シズルはルキナから視線を彼女の影へと移す。
「ねえ、そこにいる君さ。今の言葉聞こえてたんだよね?」
――『
潜る、潜る、潜る。彼女の影のさらに奥、深淵の先に眠る『何か』は、自身を探る『敵』であるシズルを明確に察知し、強烈なプレッシャーを放ってきた。何も知らなければ、今すぐこの殺意にも近い強烈な意志に膝をついたことだろう。
だが今シズルはその殺意をあえて受け止めた。そのうえでしっかりと『何か』を見据えて睨みつける。
「こんな些細な願いさえ、君は許せないのかな?」
魔物を相手にするときこそ好戦的な性格のシズルだが、基本的に普段は穏やかな性格をしている。
屋敷の人間が失敗をしても仕方ないなぁで済ますし、自身が雷神によって殺されたと聞いた時でさえ、あまりの理不尽に困惑こそすれ、怒りに心を支配されるようなことはなかったほどだ。
「幼い子供が父親に安心させたいなんて、そんな言葉を吐かせて満足しているのかな?」
あまり怒るということもなく、ただ己が最強の魔術師になるために鍛錬を積む事だけを重要視して生きていた。
生まれてからこの方、本気で怒りを覚えたのは災厄龍によって母を泣かされたとき。ルキナの境遇や周りの大人の対応を知ったとき。そしてチンピラにルキナの笑顔を曇らされた時くらいだろう。
災厄龍の時はともかく、それ以外は大人だった自覚があるため自制してきたのだ。
「ねえ教えてよ、そんなところに引きこもっていないでさ。君が何者かは知らないけど、ルキナは君のせいで苦しんできたんだ。だったらちゃんとルキナの前に出てきて、彼女の前ではっきりと言葉にしよう」
そんなシズルが今、自制心を全て放棄した。有り体に言えば、シズルはこの人生で『二度目』のブチギレ状態であった。
「そう、出てこないんだ。だったら、力尽くで引きずり出してやる!」
シズルの莫大な魔力に引き寄せられるようにやってきた黒雲によって空は急激に暗くなる。激しい雷が美しかった高原を覆いつくし、それに共鳴するようにシズルの身体から雷が迸った。
「ヴリトラァァァァ!」
「応とも! 世界最強にして至高の精霊! 雷龍精霊である我の初陣、しかとその目に焼き付けよ!」
空より落ちた巨大な雷がシズルの手に吸い込まれ、凄まじい轟雷が辺り一帯にとどろかせる。
「シ、シズル様!?」
直撃を受けたシズルを心配する声が聞こえるが、その心配は無用である。
バチバチと激しい雷の音を立てたシズルは、無傷で黄金色に輝く金剛の剣を掲げるシズルは、ルキナにほほ笑む。
「大丈夫。君の心を覆う闇は、俺が払うから」
かつてシズルが生きてきた世界。その神話の一つには、天地を覆い隠す者が世界から太陽と水を閉じ込め、世界の涙である雨を奪っていたという。
その時に使用された、どのような障害をも貫く聖なる力とされるその神器の名は――
「闇を切り裂く黄金の雷よ! 我が前に立ちはだかる災厄を打ち砕け! 乾坤一擲……
爆発的な魔力を込めた神雷の剣がルキナの影に突き刺さり、凄まじい轟音と閃光が闇を貫き、遥か奥へ奥へと突き抜ける。
――影の奥、その遥か深淵に隠れる『何か』はその強大な魔力に反応していた。だがしかし、雷速で迫るそれに対抗するべく力を溜めるには、あまりに遅すぎた。
『あ、あああ、あああああああああああああああああ!!!』
大地すべてに響き渡る苦痛の悲鳴。その声は幼い少女のようで、人々の心を抉るように泣き叫ぶ。
だがシズルは攻撃の手を緩めない。なぜなら、悲鳴が大きくなるにつれて影に潜む『何か』の魔力がどんどん強くなっているのを感じているからだ。
「くっ!」
確実にダメージは与えられている。だと言うのに、この奥から感じる力はますます強大になっていく。このままでは不味い。そう思った時――
――許さない。
ドクン、と心臓が跳ねる。その激しい怒りと深い恨みの募った一言は、言霊となってシズルに強烈な殺気と共に襲い掛かってきた。
――許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない!!!
「ぐっ、う、ふ……」
心を犯す暗い闇にシズルが思わず膝を着きかけたその時――
「我が契約者に、何をしてくれてるのだこの不埒者がぁぁぁぁ!」
影の中から激しい雷が閃光となって天高くまで迸る。それと同時にシズルの心を襲う闇は切り裂かれ、力が戻る。
『あ、あああああ、あああああああああああ!!!』
「う、あああああああああああ!!」
影の中で闇と雷がせめぎ合いを続けていた。ここで押し切る、そう覚悟を決めてシズルは魔力を込めた。
そして――
突如シズルの世界は闇に包まれた。
「――さない」
その闇の中で、少女の声が聞こえてくる。先ほどまでの影からの声ではない、確かにこの先にいる『何か』の声。
「許さない」
シズルが魔力を込めると、体から雷が発生して暗い闇を照らす。そうしてようやく、闇の中で宙に浮かぶ『何か』を見つけることが出来た。
その『何か』は、その声にある通り少女だった。今のシズルよりも上の、前世で言うところで中学生くらいか。
黒い髪をストレートに伸ばし、紅と黒のコントラストが効いたゴシック調のドレスを着た少女は、美しさと可愛らしさが完璧に混ざり合ってまるで妖精のようである。
ただし可愛らしいのはその見た目だけ。人を殺せそうなほど殺気を放ち、血走った紅い瞳でシズルを睨んでいる彼女は殺人鬼のように恐ろしい。
「アンタだけは絶対に許さない! この手で八つ裂きにしてやるわ!」
そう言って、見た目からは想像も出来ないほど濃厚な殺気をまき散らしながら少女はシズルを睨んでくるのであった。
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