第26話 死闘

 その闇は突然現れた。


「ちっくしょう! まさかここまで問答無用で締め出されるとは思わなかったぜ!」

「……この恐ろしいほど濃密な闇の魔力。こんなものが、ルキナの中に潜んでいたというのか!」


 シズルの作戦を聞いていたグレンとローレライ公爵は、『何か』――すなわち闇の大精霊を引っ張り出したら加勢するつもりで構えていた。


 しかし、順調かに見えたシズルの作戦は、突如現れた黒闇の長方形によって阻まれることとなる。


 まるで世界を切り取るように現れたそれは、いかなる者の侵入をも防ぐ漆黒の闇。


 この中に取り込まれたシズルとルキナを助けようと騎士団で取り囲み、グレンを含めて全力で攻撃しているのだが全く破れる気配がない。


「ちっ、ヤベェな。いくらシズルが天才でも、こいつが相手じゃ……」


 先ほどのとてつもない破壊力を持った一撃。それを放てる息子に驚いたグレンではあるが、だからといって安心できる材料は何もなかった。


 なにせ敵はその一撃を受けたにも関わらず、これだけの魔力牢を生み出す事が出来る化物なのだから。


 何よりグレンは闇の大精霊を知っていた。かつて凄惨な戦争において、戦った真正の化物。  

 

 もう二度と出会うことはないと思っていたが、まさかここで再び出会うことになるとは、思いもしなかったのだ。


 戦いは持ってる魔力だけでも、技術だけでも駄目である。これまでの戦闘経験、技術、そして何よりも折れない心。それらを総合してこその強者なのだ。


 しかし、シズルはまだまだである。将来はグレンをも追い越していくだろうが、しかし今はまだ子供。それがあの化物と戦って、勝ち目があるとは到底思えなかった。


「俺がこいつを破るまで、無事でいろよシズル!」


 如何に英雄とはいえ、十年以上前線から離れている。このブランクは大きく、グレンは全盛期とは程遠い。それでも大切な息子を死なせないため、全力を尽くすのであった。





 ――さあ、ここからが本番だ。


 外の喧騒は何も聞こえず、シズルは一人目の前の敵に集中していた。


 見た目は可憐な美少女。しかしその中身は紛れもなくこれまで見た中でも最上級の怪物だ。何せこうして対峙してみると、その存在感はあの災厄龍ディグゼリアと比較しても引けを取らない。


「これが……」

「うむ、こうして対峙すればわかる。やつこそこの世界を織りなす七つのエレメントの一柱……」


 黒いドレスを着た、中学生くらいの少女こそ――


「「闇の大精霊ルージュ!!」」

「ふん……」


 ヴリトラと重なった声で敵の正体を言い放つと、彼女は不機嫌そうに鼻を鳴らして赤い瞳で睨みつけてくる。


「人間の子供と、雷龍……じゃないわね。そう、ここ数年で随分と知らない気配を感じるようになったと思ったけど……アンタみたいなのが生まれてたんだ」


 闇の大精霊はヴリトラを見ながら、珍しそうにそう呟く。


「ま、どうでもいいわ。とりあえず……死になさい!」

「来るぞシズル!」

「わかってる!」


 ルージュが腕を振るうと、まるで黒い杭のようなものが無数に現れ、凄まじい速度で飛んでくる。


 すでに『身体能力強化ライトニングブースト』を完了しているシズルは、その知覚能力も通常よりはるかに向上している状態だ。本来なら目にも止まらない勢いだが、今この瞬間においては見切るのは容易かった。


「ちっ、子供のくせに生意気ね!」


 苛立ったように大精霊は舌打ちをすると、闇の中でさらに魔力が込められる。するとシズルの前後左右、あらゆる方向から闇色の杭が生まれ始める。


「これは、ヤバイ!」

「避ける隙間なんて与えてやらないんだから!」


 一斉に飛び出す闇杭。


「逃げる場所がないなら、全部打ち砕く!」


 シズルは雷を帯電させた両手を挙げると、そのまま勢いよく地面に叩き付ける。


「『雷結界ショックウェイブ!』」


 瞬間、地面から無数の雷がまるで間欠泉のようにあふれ出し、シズルの周囲を守るように周囲の杭を薙ぎ払っていく。


「なっ!? 私の『血宵の短刀ブラッディダガー』がこんな子供に!?」


 ルージュは一瞬目を見開き声を上げるが、その隙をシズルは逃さない。一気に距離を詰めると、その手に持った雷剣で斬りかかる。


「ちぃ!」

「くっ!」


 鋭い音が闇の空間に響き渡る。見ればルージュはいつの間にか宵闇の剣を手に持ち、シズルの雷剣を防いでいた。しかし元々付随している雷属性までは防ぎきれなかったらしく、苦悶の表情を浮かべていた。


 だがそれも最初だけ。ルージュから漏れ出す魔力が膨れ上がると、その宵闇の剣は黒い魔力を放出し始め、シズルに襲い掛かる負荷が一気に増し始める。


「この、甘いのよ! 私は闇の大精霊ルージュ! 闇の女王にして世界を総べる七つのエレメントの一柱! たかだか人の子に押し負けるほど軟じゃないわ!」

「くっ!」


 激しい剣戟が続き、シズルとルージュ、金と黒の魔力が闇の中でぶつかり合って激しい火花を散らしている。その技量は決して高いものではないが、お互い生まれ持った身体の性能は破格の物である。


 一般人であれば何度も死んでいるような殺戮のダンスを、二人は何十、何百と続けていた。


 ――不味い。


 最初にそう思ったのはヴリトラ。そして次にシズルだ。


 こうしてぶつかり合ってわかるが、本来のルージュは明らかにシズルよりも強い。今はヴリトラの力も借り、ルージュに不意打ちを食らわせたため相手の動きが鈍いが、それもいずれ回復するだろう。


 そうなれば確実にやられるのはシズルの方だ。


「だったら、回復する前に仕掛ける!」

「ふん、やれるものならやって見なさい!」


 シズルはこれまで抑えてきた力のリミッターを解除することを決める。


「ヴリトラ、俺に力を!」

『しかし、今のシズルではそう長期間耐えきれんぞ!』

「わかってる! けど、今やらないと絶対に不味い!」

『くっ! ああ、仕方あるまい! 行くぞシズル!』

「うん!」


 ――『雷身体強化ライトニング・フルブースト


「これなら! いける!」

「ちぃ!?」


 爆発的に身体能力が高まったシズルは、一気に押し切ろうと駆け出す。その速度は先ほどとは比べ物にならず、ルージュは何とかついてこれていると言った状況だ。


 とはいえ、『雷身体強化ライトニング・フルブースト』は諸刃の剣。身体能力を爆発的に上げる代わりに、その継続時間、そして使う体力はこれまでの比ではない。


 ――早く! 早く! 早く!


 シズルはまるで閃光のごとく飛びまわる。


 わずかな時間で行われる激しい攻防。その中でシズルは気付いてしまう。ルージュが攻撃を極力控え、防御に集中していることを。そしてそれはつまり、シズルの体力切れを狙っているということだ。


「く、それなら!」


 シズルは一度大きく距離を取る。そして手にした雷剣の形を変え、巨大な剣へと変貌させた。彼女の防御ごと打ち砕く一撃が必要だと考えたのだ。


 しかし、それは悪手であった。


「はっ! 距離を取れば勝てると思ったのかしら!? 甘い! 甘いわ! ここが誰の空間か忘れているようね!」 


 ルージュが宵闇の剣を掲げると彼女の頭上に巨大な黒い球体が発生する。そこに込められた魔力は膨大。圧縮された魔力の塊は、さらに周囲の闇を取り込むように強大になってシズルを狙い撃つ。


 ――あれは、ヤバイ!


「く、こ、このぉぉぉ!」 


 本能でそう察知したシズルは全力で迎撃態勢を取る。巨大になった雷剣に魔力を注ぎ込み、激しい雷光が暗き闇の空間を明るく照らしだした。


 しかしその光すら飲み込む極限の闇がシズルに襲い掛かる。


「はっ、もう遅いのよ! 闇の大精霊、舐めてるんじゃないわ! 永遠の闇に堕ちなさい! 『昏き闇星の断罪』!」

「っ、ぅうおおおお! 魔を滅ぼす雷光の剣『武御雷タケミカヅチ』!」


 純粋な闇の魔力がシズルを討ち滅ぼそうとレーザーのように放出された。もし地上であれば周囲一帯を無に帰す威力を持ったそれを、シズルは全力を持って迎撃する。


「ふ、ぐぐぐぐぐぐぐ! 負けて……たまるかぁぁぁぁ!」

「ちっ! これを耐えるなんて……だけど、いつまで持つかしら!?」


 雷光と闇の魔力により発生する凄まじい衝撃に身体を吹き飛ばされそうになる。何とか踏ん張り、歯を食いしばって雷剣で闇の魔力砲を防いでいるが、それでも徐々に押されていってしまう。


 ――駄目だ、耐えきれない!


「あはははは! 死になさい! 消えなさい! この私に傷つけたあなたは絶対に許さない! チリ一つ残さずこの常闇の中で永遠に朽ち果てるがいいわ! あの子に近づく愚か者は全員――っ!?」


 シズルが諦めかけたその時、ルージュから放たれる闇の圧力が急激に弱まる。前を見ると、かの大精霊はまるで全身に激痛が走ったような苦悶の表情をして、体を震わせていた。


『いかに闇の大精霊であっても、我の一撃をまともに受けたのだ! 回復に使う魔力を失えば、当然ダメージは抑えきれん!』


 ヴリトラの言葉通り、『金剛杵ヴァジュラ』で受けたダメージがなかったわけではない。今まで莫大な魔力で抑えつけていた痛みだが、今は攻撃にリソースを回したせいで抑えきれなくなったのだ。


 シズルは押されていた身体に喝を入れ、一歩だけ前に踏み出す。


 ――チャンスは今、この時しかない!


「う、おおおおおおおおおお!」

「く、ううううううう! そんな、私が押し切られる!? たかが人の子と生まれたての大精霊の力で!?」


 雷光の剣が深淵の闇を切り裂きは、そして――

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