第8話 ヘルメス大迷宮
ヘルメス・トリスメギストスとは千年前にアストライア王国の歴史上、最も偉大な錬金術師とまで謳われる存在だ。
錬金術の秘奥とも呼ばれる賢者の石の作成に成功し、新たな命を生み出す神の御業であるホムンクルスをも作り出した。
天才という言葉ですら足りないほどの功績を残した男である。
そんなヘルメスではあるが、やはり常軌を逸した天才というのはどこか変わっているのか、晩年はとある地域に研究室を作り出し、そこに引き籠って孤独な最期を迎えたという話だ。
セリアから依頼をもぎ取ったシズルたちは、城塞都市マテリアから少し離れた山の中に存在するダンジョンまでやってきていた。
その入口はまるで龍のアギトのようで、宝を求めて誘い込まれた者はみんな、無事には帰られないと噂になっていた。
「これがヘルメス大迷宮かぁ……千年前からあるって噂だけは色々あったけど、本当にあるなんて……」
『シズル。ここのこと知ってる?』
「うん。エリクサーのことを調べるとき、錬金術について結構勉強したからね。このダンジョンを作ったヘルメス・トリスメギストスの書もだいぶ読んだんだ」
少し離れたところでホムラとローザリンデが入口付近を色々と調べている間、シズルは周囲を警戒しながらイリスにダンジョンの説明する。
「イリスはダンジョンについて、どれくらい知ってる?」
『あんまり……ダンジョンって魔物たちの住処だってことくらい?』
「そうだね。でも魔物たちもダンジョンに住みたくて住んでるわけじゃないんだ」
『そうなの?』
イリスが首を傾げながら聞いてくるので、生徒に教える教師になった気分で少し面白い。
「基本的に、ダンジョンの中の魔物と、外の魔物は違っていてね。外の魔物は普通の動物と同じように親がいて、子どもが生まれて増えていくのに対して、ダンジョンの魔物は全てダンジョンが意思を持って生み出しているんだ」
『ダンジョンが?』
「そう。ダンジョンって言うのは一種の魔物の総称でね。意思があって、人間や他の魔物たちから自分を守るために魔物たちを生み出すんだ」
ダンジョンの特性の一つに、中の住む魔物たちは外には出てこられないというものがある。その理由は様々だが、一説にはダンジョンの奥にあるコアを守るためだと言われていた。
そして長い時間をかけて大地の魔力を奪い続けて成長し、より強大な魔物たちを生み出せるようになったダンジョンは、いずれ外に魔物たちを放出する。
歴史上に残る魔物たちの多くは、こうして育ち切ったダンジョンから生まれたものだという説もあるくらいだ。
『じゃあ、ここも危ないの?』
「あー……危ないか危なくないかと言われたら、間違いなく危ないんだけど……ただここは人口的なダンジョンだから」
そう言うとイリスは不思議そうに首を傾げる。
たしかに先ほどの説明では、千年以上昔からあるダンジョンなどどんな魔物たち育っているかわからない。それこそ、シズルたちですら手に負えない魔物が多数存在していてもおかしくないレベルだ。
だがしかし、それは普通のダンジョンであればの話。
「ダンジョンって呼ばれこそしてるけど、ここは昔の錬金術が作った研究所なんだ。ただ中が迷宮になってるから、便宜上そう呼ばれてるだけ」
『じゃあ、ダンジョンじゃない?』
「うん。ただヘルメスって言えば歴史書にも載るレベルの錬金術師だからね。中にどんな罠があるかわからない。ましてや千年もの間、隠しきった封印なんて、ただごとじゃないからね」
シズルは一度迷宮の入り口に目を向ける。今でこそここは魔族領とフォルブレイズ領の境界線上に存在する山の中だが、千年前はまだ魔族領だったはずだ。
ただの人間が、今以上に争いが絶えなかった当時の魔族領に一人で乗り込み、こうして迷宮を作る。そんなことが可能な存在が作り上げたダンジョンだと思うと、やはり気合が入る。
「セリアの話だと、中にはB級冒険者のパーティーが壊滅するくらいの魔物たちが待っているって話だから、油断はできないよね」
『ちゃんと、資料読んだよ』
イリスも初めてのダンジョン攻略に気合が入っているのか、むんっ、と可愛らしく両こぶしを握る。
そんな可愛らしい仕草にほっこりしつつ、入口近辺を調べていたホムラたちが戻ってくるのを待つのであった。
「特に入口周辺には何もなかったぜ」
「いちおう周りも調べてみたが、危険なものはないな」
周囲一帯を調べてくれていたホムラとローザリンデは戻ってくるなり、シズルにそう報告してくれる。
いちおうこのパーティーのリーダーはローザリンデだと思うのだが、なぜか自分が報告を受ける立場になっていて疑問に思う。
とはいえ、そんな些細なことを気にする必要はない。
「そうですか。なら、とりあえず一度中に入ってみましょう」
シズルと違い、王都で本格的に冒険者をしていた二人が問題ないというなら、大丈夫だろう。
このあたりは、ある意味なんちゃって冒険者でしかないシズルと違い、二人はプロそのものだ。
ローザリンデを中心に、事前の準備にしてもきっちりと行った結果、受付嬢であるセリアに驚かれたものである。
そうして入ってみると、外から見た雰囲気通り、岩と土で出来た洞窟と言った感じだった。
とはいえ、不思議な光を放つ壁のおかげで松明が要らず、ここが普通の洞窟とは違うことは一目瞭然だった。
そうして歩きながら、シズルは前を歩くホムラに声をかける。
「そういえば、兄上はダンジョン攻略をしたことあるんですか?」
「おお、一回だけな。つっても、王都の近くにあるダンジョン練習場みたいなやつだけだけどよ」
「え……そんなのあるんですか?」
ダンジョンは生まれてから時間が経てば経つほど危険だと言われている。そのため発見され次第速やかに攻略することが推奨されているはずだった。
だというのに、王都の近くにダンジョンがあるということに、不思議に思う。
「王都の冒険者たちがダンジョンに向かうための心構えを覚えるために、あえてダンジョンコアを破壊せずにのこしてるっつー話だ。まあ、中にいる魔物どもも雑魚ばっかだったし、あんまし面白くなかったが」
「なるほど……」
シズルも学園に通う前は、王都のギルドでこっそり冒険者をしようと思っていたのだが、結果的に学園の事件に巻き込まれて落ち着く間もなくこうしてフォルブレイズ領に戻ってきてしまった。
もしあんな事件もなにもなければ、もしかしたらそのダンジョンで練習できたかと思うと、残念に思う。
「お前たち、お喋りはそこまでだ。さっそく出たぞ」
そんなローザリンデの声が聞こえた瞬間、ホムラの瞳が野生動物のようにギラつき始める。
進行方向を見ると、そこには鈍い鉛色のゴーレムが、ゆっくりと歩いてきていた。
「あれがアイアンゴーレム……」
四角い頭、四角い身体。まるで磁石同士がくっついているような、不格好なガーディアン。
シズルはセリアから受け取った資料を思い出しながら、戦闘態勢に入る。
「ホムラ、お前が前衛だ! サポートは私がする! シズルは前方を警戒しつつ、後衛を頼む!」
「了解!」
「おぉとも!」
そんな叫び声と共にホムラが突撃し、それを追いかけるようにローザリンデが駆け出した。
こうして、シズルの初めてのダンジョンアタックが始まったのである。
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