第3話 外出

 食事会の後、シズルはぐったりと自室のベッドで寝ころんでいた。

 それこそフェンリルと戦った後くらいには疲れていた。精神的に。


 というのも、ジュリエット王女からの質問攻撃は、今のシズルにとって答え辛いものばかりだったからだ。


 具体的には、ユースティアとの婚約をどう思っているかとか、奥方二人に対してどういうスタンスで行くつもりなのかとか。


「なんだか今日のシズルはちょっと情けないぞ?」

「あのねヴリトラ。ユースティアのことはまだ俺の中で割り切れてないのに、話だけがどんどん進んでてさ。正直どう対応したらいいのかわからないんだよね」

「そんなものか……シズルは優秀な男なのだから、女が寄ってくるのは当たり前だ。ユースティアのことは満更でもないのだろう?

「友達としてはね」


 ただ、婚約者としてなどと言われれば、これまで考えたこともなかった相手だ。


 たしかに何も知らない相手よりはずっといいが、だからといって彼女の背景などを知っている身としては、簡単に頷くのも躊躇われる。


 そんな風にヴリトラと話をしていると、コンコンと扉がノックされる。


「入っていいよー」

「し、失礼する!」

「……え?」


 てっきりマールあたりだろうと思っていたのだが、入ってきたのはユースティアだった。


 その恰好はここ最近見慣れたメイド服ではなく、白いフリルの付いたシャツにロングスカートと、少し裕福な町娘といった装い。


 そしてその後ろからは、町娘のような恰好をしたルキナが現れる。こちらは対照的に高級感のある黒いワンピース。


 二人ともとても似合っていて、まるで二輪の花が咲いているようにも思えるのだが、それに見とれるよりも先に困惑の方が大きかった。


「えっと……二人ともどうしたの? それにその恰好は……?」

「エリザベート様から、三人で親交を深めて来いと言われて……」

「シズル様、そういうことなので三人で一緒に街に出掛けませんか?」


 ユースティアの言葉を引き継ぐようにルキナが言う。つまり、これはそういうことなのだろう。


「……ちょっと俺も着替えるから、待っててくれるかな?」


 そろそろ覚悟を決めなければいけないのかもしれない。


 そう思いつつ、部屋から出ていく二人を見送ってから、シズルは一度時間を取るために戦略的撤退をしようとして窓を開き――見覚えのある短刀が壁にトトンと刺さる。


「……」


 短刀が飛んできた方向を見ると、にっこりと笑うマールが窓の外にいた。そして小さな口を動かして――。


『どこへ行くつもりですか?』


 シズルはとりあえず窓の扉を閉めて、自分のクローゼットから街に行く時用の服を探す。


 女性二人をエスコートするのだから出来る限り綺麗目な服がいいだろうと、シンプルな白シャツとパンツを選ぶことにした。




 城塞都市ガリアはとても大きな街だ。それこそ有事の時は周辺の街から人を匿うことも念頭においており、戦時における最終防衛拠点としても機能することとなっていた。


 他の街に物資を届けるなど、流通網もこの街を中心に考えられており、そのおかげもあってフォルブレイズ領でもっとも栄えている街というのは間違いないだろう。


「それじゃあ改めて街を案内するわけだけど……」

「ああ、よろしく頼む」

「お願いしますね、シズル様」


 シズルは今、人生最大級のピンチに陥っていると言っても過言ではなかった。


 ルキナだけなら何度も一緒に街を歩いたこともあり、なんとなく行きたい場所はわかる。


 しかしユースティアに関しては、彼女の趣味などをあまり知らないので、どこに連れて行けばいいのかわからない。


 それなら自分オススメの美味しい店でも案内すればいいのだが、ユースティアを優先して考えれば今度はルキナを置き去りにしてしまうことになる。


 せっかく案内するのだから、ルキナにとっても新鮮な店を紹介した方がいいのだろうが――。


『助けてヴリトラ! この二人、どう見ても趣味が対照的っぽいんだけど⁉』

『シズル、男なら自分でなんとかするがいい』


 相棒がまるで相談に乗ってくれない。


 両手に花、と言えば間違いなくそうだろう。


 二人ともまだ大人というには少し早い年齢ではあるが、だからといって子どもというには十分な成長を見せている。


 きっと街を歩けばこの二人を見た男は、見惚れるように視線を釘付けにされてしまうはずだ。


 とはいえ、シズルは自分がそんな美人二人をエスコートする権利を得た幸運な男、という風には捉えられなかった。


 婚約者と、もう一人新しく出来た婚約者。この二人を同時にエスコートするなど、自分の人生はあまりにも女性関係に弱いものだったからだ。


「……よし!」


 とりあえず声だけ気合を入れてみる。いいアイデアはなにも思いつかなかった。


「そしたらまだ昼食まで時間もあるし、少し街をぶらぶらしよう!」


 だがこういう時は、まず動いたらいいと思う。そしたら自然と会話も弾んで、良い感じになるはずだ。


『シズルよ、それはなにも考えていないということではないか?』

『ち、違うし!』


 そもそも、このような関係にならなければユースティアはいい友人だった。ルキナとも学園では仲が良かったし、お互い貴族としての立場もある。


 二人とも理由なく事をを荒げる性格ではない。それどころか、相手のことを気遣えるとても優しい子たちだ。


 今だって二人とも自身の意見を出さずに、ずっとこちらの様子を窺ってくれて待っていてくれた。


 大丈夫、きっと上手くいくはずだ。


『……はぁ、仕方あるまい。今回だけだぞ』

『……え?』

『我がアドバイスをしてやろう。いいか、まず最初に行くべきところはな――』


 そうして救いの手を伸ばしてくれたヴリトラのアドバイス通り、シズルはとある店に向かうのであった。



―――――――――――――――――

【後書き】

雷帝の軌跡2巻の書影が出ました!

成長したシズル、それにローザリンデやイリスがどんなイラストなのか良ければぜひ見てみてください!


『MFブックス様公式HP』

https://mfbooks.jp/product/raitei/322102001205.html

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る