第37話 それぞれの日常
第三層の攻略はこれまで以上に時間がかかると判断して、シズルたちは一度城塞都市マテリアに戻ってきた。
さすがに休憩が必要ということで、今日は全員が休養日に当てている。
シズルもこの日は一日休むと決めて、マールと一緒に街の散策をしていた。
「しかし、これだけの冒険者が集まっても苦戦するんですねー」
「うん。魔物もかなり強いし、なによりトラップ関係がキツイね。シノビの二人がいてくれてるからなんとか進めてる感じかな」
「シノビですか……私も噂は聞いたことがありますが」
マールはフォルブレイズ家の誇る戦闘メイド。その役割は主人の護衛と、裏での情報収集。役割としてはシノビの二人と近いものがある。
だからだろう、妙に感心がある様子で真剣に聞いてくる。
「二人とも寡黙であんまり話さないけど、悪い人たちじゃなさそうだよ」
「甘い、シズル様は甘いです! いいですか、シノビというのは笑顔で対象を殺せる暗殺一族の総称なんですからね!」
「だとしても、今のところ二人とも、自分の仕事をしっかりこなしてくれてるからさ」
「むぅー」
どうやら自分の仕事を奪われるじゃないかと不安に思っている様子なので、シズルはそんなことはないとしっかりマールに言い聞かせる。
そもそも、生まれた時からずっと一緒にいる彼女である。今更遠ざけろと言われても、出来るはずもなかった。
そのことを正直に伝えると、マールの機嫌もすっかり良くなる。
『シズルもずいぶんと女誑しになったものだな』
「ヴリトラ、今日のご飯は残飯ね」
『何故だ⁉」
久しぶりに声をかけてきたと思えば、いきなり言ってきたのがそんなセリフだからである。
「あ、シズル様。あれとかイリスたちも喜びそうじゃありませんか?」
マールが指さす先にあるのはお菓子屋。そこを見ると可愛らしい色取り取りのマカロンが並んでいた。中には人形風のお菓子との組み合わせもあり、ずいぶんと可愛らしい。
「いいね。それじゃあお土産に買っていこうか」
「はい!」
こうしてシズルはマールと共に、久しぶりの休暇を穏やかな時間を過ごすのであった。
ところ変わってシズルの兄であるホムラは、ローザリンデを連れて街を歩く。
「おいホムラ、お前どこに向かう気だ?」
「ああ、結構美味い店があるってエイルの野郎が教えてくれたからな。お前を連れて行ってやれって言うし、今日は休みって決めてるから丁度良かったぜ」
そう言って辿り着いた先は、ずいぶんと大人の雰囲気を漂わせたバーだった。
「……なんだここは?」
「あんまり深く気にすんなよ。ただ酒が飲みたかっただけだからよ」
普段はあまり見られない真剣な表情のホムラに対して、ローザリンデは少し困った様子を見せる。なんとなく、今日のホムラはいつもと違う気がしたのだ。
だがしかしここまできてそんな曖昧な理由で帰るのもおかしな話なので、勝手に入っていくホムラに付いて行く。
そして、その日二人が宿に帰ってくることはなかった。
場所はさらに代わり、ギルドが運営している酒場。
これまで一人で行動をしていたエイルは、他のA級パーティーの面々と共に飲み会をしていた。
「シズル様いずれ、いずれあらゆる英雄を超えた存在にぃぃぃー」
「おい誰だこいつの酒飲ましたやつは! この間の宴会で面倒になるって分かってただろうが!」
泣き上戸なのか、エールを片手に涙を流しながら何度目にもなるシズルがいかに凄いかを話し続けるエイルに、グレイオスが面倒くさそうに相手をしていた。
「拙者じゃない」
「我である。この姿はエイルは実に滑稽かつ面白い」
「ハットリ、テメェかぁ!」
「否、ハットリは拙者である」
「是、我サスケ」
「同じ格好してるから分かり辛ぇ⁉」
「シズルさまぁぁぁ! 貴方こそ私が求めていた未来の英雄に他ならないのですぅぅぅぅ!」
冒険者たちが目指す頂きに、もっとも近い存在。それがA級冒険者だ。
他の冒険者たちはそんな彼らを目指して、これまでも、そしてこれからも冒険をしていく。
しかし今日この日、城塞都市マテリアの冒険者たちにとって、A級冒険者たちが凄く身近な存在に感じるようになっていた。
「ハットリィィィ、シズルさまの下へ来るなら早い方がいいですよぉぉぉ」
「否、我サスケ。だがあのお方に仕えることに関しては是」
「サスケェェ、偉大な大英雄に仕えることこそシノビの本懐でしょぉぉぉ!」
「否、我ハットリ。同じく、仕えることに関しては是」
「グレイオスゥゥゥ、貴方もいつまで意地を張ってるつもりですかぁぁ⁉」
「否、俺もう仕えてる、って言葉が移っちまったじゃねえか! おい誰かこのアホに水飲ませて外に放り出せ! 静かに酒も飲めやしねぇ!」
「アァァァ! シズルさまぁぁぁは偉大なりぃぃぃぃぃ!」
なにせ、自分たちと同じように騒ぎ、はしゃぎ、暴れる姿を目にしたのだから。
そして場所はさらに変わり、イリスはアポロと一緒に宿で留守番をしていた。
『そっか、やっぱり第三層のあの部屋を超えたら、ヘルメスの部屋に辿り着くんだ』
「ぅー」
『うん、アポロの言いたいこともわかるよ。だけど、それじゃ駄目だと思う。それにシズルならきっと、みんなを守ってくれるよ』
「ぅー」
『無理じゃない。シズルはね、本当に凄いんだ。私たちが絶対に無理だって諦めてたときも、その雷でみんなを守ってくれた。だからきっと今回も大丈夫』
二人は誰にも聞こえない言葉で何度も何度も話し合う。アポロは不安そうな表情で首を横に振っても、その度にイリスが大丈夫と言い続けていた。
『アポロは安心して、ヘルメスの待つ部屋まで行こ。それでもしもの時は、絶対に助けて見せるから。ね?』
イリスがその柔らかい頭を撫でてあげると、アポロは困ったような、それでいて嬉しそうな表情をして素直に頭を撫でられるのであった。
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