第38話 第三層の主
シズルたちがヘルメスの大迷宮の第三層に入ってから約一週間が経過した。
この階層は他の冒険者たちでは対処できない魔物たちが多くいるため、シズルたちが魔物の掃討を行いながらマッピングをしていかなければならない。
といっても、シズルとイリスの二人にかかればどこにどんな部屋があり、どれだけの魔物がいるかなどは一目瞭然。そしてシノビの二人のおかげでトラップは解除されるため、大きな怪我をする者は一人もいなかった。
「ふう、これでこの階層の攻略も、あとはこの部屋のみですね」
シズルの一番槍を自称するエイルは、これまで入ることのなかった扉を睨む。
「……正直、上の階層のヒュドラを思い出すと、この先にいるであろう化け物に対して恐れを抱いてしまいますよ」
「まあそうだよね」
シズルとて、先のヒュドラを相手に余裕で快勝したとは言い難い。階を下るごとに魔物たちが強力になっていくことを考えれば、この先にいるであろう敵は相当なもののはずだ。
心なしか、グレイオスやシノビの二人も緊張しているように感じる。
「もしなにかありましたら、この命に賭けてもシズル様をお守り致します」
「そこまで気負わなくてもいいよ。本当に駄目そうなら、俺もちゃんと逃げるからさ」
背後でローザリンデが嘘だと小さく呟いたのが聞こえてきたが、気にしない。もし万が一の時は彼らを全員守るのは、この場で一番強い自分の役割だ。
「さあ、それじゃあ行こうか」
そうして扉を開けて、一行は中に入る。
第一層、そして第二層と同じように天井の高く広い大広間。これまでと違うのは、広間の奥に巨大な階段があり、その上には王座があったことだろう。
そしてその王座にいるのは、巨大な躯の王。
「……まさか、あれは」
「り、リッチキングか⁉」
エイルとグレイオスがその正体を知っているらしく、焦ったような声を上げる。そしてそれは彼らだけではない。シノビの二人、そしてローザリンデも同じように焦った表情だ。
「おいシズル、奴は危険だ!」
「それは、見ればわかるよ」
王座からこちらを見下してくるその骸骨の王は、これまで出会った度の魔物とも違う異質な雰囲気を漂わせている。
単純な戦闘能力であればフェンリルに勝る化物は早々いないだろうが、感じる威圧感はそれに匹敵していた。
「ローザリンデは、あれを知ってるの?」
「フェンリルと同じく、神話時代に神に挑んだと言われる化物だ。元は偉大なる魔法使いが不死を求めて禁忌に手を出した姿だと言われているが……まさか実在したとは」
「ええ、正直冒険者ギルドの迷信だとばかり思っていましたが、あの姿は伝えられた通りですね」
ローザリンデの言葉を引き継ぐようにエイルが答える。どうやら冒険者ギルドでは、A級になった者にはそれぞれ強大な化物たちの伝承について教えられるらしい。
理由としては、こうして封印されていたダンジョンに挑戦した際に、その知識が役立つことがあるから。
「ちぃ! リッチキングなんて教えられた化物たちの中でも最悪なやつじゃねえか! おいシズル様! 一度撤退を――」
「否。すでに扉が閉められている。拙者たちはもう逃げられない」
「是。あのリッチキング、我らを嵌めた気でいるらしい」
シノビの二人の言葉の通り、入ってきた扉はびくともしない。そして王座からにやけた笑いでこちらを見下してくるリッチキングは、まるで狩りを楽しんでいるようだ。
「くっ……」
初めて見る圧倒的な存在感を放つ化け物にエイルたちが恐れをなしている。だがしかし、そんな中で躊躇わずに前に出る者がいた。
「それじゃ、あいつを倒せばいいんだろ? リッチキングだろうとなんだろうと、関係ねぇ」
「ですね。あのにやけた笑い、絶対に止めさせてやりますよ」
シズルとホムラの二人は、見下してくるリッチキングに向かって睨みつける。それが王に対する反逆と取ったのか、件の骸骨は苛立った表情で立ち上がった。
「はっ! この程度の挑発でイラつくなんて、器が小さいんじゃねえか?」
「カルシウムの塊みたいな顔してるくせに、情けないですね」
「おいシズル、カルシウムってなんだ?
「骨って意味ですよ」
そう言えばこの世界にカルシウムという単語は通じないのだと忘れて普通に使っていた。
『ウアァァァァァァ』
リッチキングは怒りに叫びながら手に持った豪奢な杖をかざすと、階段の下に紫色の魔法陣が二つ浮かび上がる。そしてそこから現れたのは――。
「おいおい……」
「なんて面倒な……」
一つは第一層で倒した巨大ゴーレム。そしてもう一つは第二層で倒したヒュドラ。どちらも倒した時には見受けられなかった、鈍い黒色の影を纏っており、まともな状態ではない。
あのリッチキングによる死霊術なのだが、相当厄介なことが起きた。
「……シズル様、あれらは我らにお任せを」
「おう。リッチキングはともかく、あれくらいはやらねえと俺らの面目が立たねえからな」
「是」
「是」
エイルにグレイオス、それいにシノビの二人は目の前の化物相手にも果敢に立ち塞がる。正直言って、彼らの実力を考えれば、相当厳しい相手だ。
巨大ゴーレムにしても、ヒュドラにしても一撃で相手を吹き飛ばすくらいの火力が必要となる。普通の魔物であればともかく、まともな魔術が使えない彼らでは相性が悪い。
「ち、仕方ねぇ。あれらは俺もやってやるからよ。シズル、テメェはあのにやけた面をぶっとばぜ」
「うー!」
「兄上……それにアポロも」
本当なら自分が率先して一番危険な場所で戦いたいだろう兄は、冒険者たちのことを考えて露払いを請け負ってくれる。そしてアポロもやる気満々だ。
これで火力問題は解決する。あとは、誰一人欠けず、この場を乗り切れれば――。
「それじゃあみんな、やろうか!」
「「おう!」」
そうして、ヘルメスの大迷宮での死闘が始まった。
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