第2話 視線
王都に存在する魔術学園。ここは貴族の子供たちが魔術の基礎を学ぶため、そして同年代の貴族同士を繋げるために三年間過ごす場所だ。
実際ここで出来た交友がそのまま家同士の交流に繋がることは珍しくなく、シズルには関係ない話だがここで恋に落ち、そのまま婚約などという話も珍しくない。
それと同時に、一種の派閥を生み出す環境にもある。あの第二王子の思惑がどこにあるのかまでは正確に理解出来ないが、この学園で一つの勢力を作ろうとしてるのは理解出来た。
入学式が終わり、講堂を出たシズルはルキナと共に学び舎の方へと歩いていた。
「あんまり変に派閥とか、巻き込まれたくないなぁ」
「あはは……でもシズル様はもう手遅れかもしれませんね」
「……やっぱりルキナもそう思う?」
「はい……残念ながら」
二人で歩いていると、周囲から凄まじい量の視線を感じるのだ。
あまり視線を合わせないようにしているが、間違いなく他の同級生たちの視線。しかもひそひそと何かを言い合っている。
あれが、本物の、そんな単語ばかりが聞こえてくるので、ため息を吐かずにはいられない。
「一応聞くけど、あれって俺を見てるんだよね?」
「シズル様は私たちの世代だと有名人ですしね。あと格好いいから……」
「あ、ありがと……」
ルキナはこちらが恥ずかしくなるようなことを唐突に言うので、シズルとしても反応に困る。
確かに客観的に見ても、自分の容姿が整っているのはシズル自身感じているところで、転生してからしばらくの間は鏡を見る度に違和感を覚えていたくらいだ。
とはいえ、実際見られているのは容姿が原因ではないだろう。
「自分じゃ自分の事ってあんまりわからないんだけど、実際俺ってどんな風に言われてるの?」
「えっと……一番有名なのは多分『世界で唯一の雷の精霊に愛された子』か『史上最年少ドラゴンスレイヤー』のどちらかだと思いますけど……噂だけなら凄くたくさんありますよ?」
「あー……とりあえずまた今度教えて」
教えましょうか? と言った顔をされるが、どれだけあるのか逆に怖くなって話をそこで打ち切る。
シズルの立場というのはかなり特殊で、下手をすれば王族以上に珍しい存在だというのは理解している。
ただこうして見世物パンダのようにじろじろと見られるのは正直気分がいいものではない。と、そこまで思ったところで、周囲の視線が自分だけに向けられているのではないことに気が付いた。
「というか、ルキナも凄い見られてるね」
「え? 多分シズル様の横に歩いているからだと思いますけど……」
「いや、あれはそういう視線じゃなくて――」
ルキナの容姿は非常に優れている。シズルから見れば、飛びぬけていると言っても過言じゃない。
チラチラと、自分を見るついでにルキナを見る男子が多いのは、間違いなく可愛いルキナに見惚れているからだろう。
どうやら貴族とはいえ、男は男らしい。睨んで追い払いたいところではあるが、これだけ視線を集めている時に変な注目はされたくなかった。
とりあえずルキナに周囲の視線の理由を告げてみると、彼女は顔を赤くして伏せてしまう。
「……し、シズル様の勘違いですよ!」
「いーや、勘違いじゃないね。賭けてもいい」
「あうぅ……」
可愛らしい態度を取る婚約者が見れて、周囲のわずらわしさも多少マシな気分になった。
「まあでも……」
シズルは周囲の視線が好奇心や好意的なものだけない事を理解していた。
王国でも上位に位置するフォルブレイズ侯爵家、そしてルキナに至ってはさらに上の公爵家の家柄だ。当然学園におけるヒエラルキーはトップに位置するだろうが、それはシズル達だけの話ではない。
今年の新入生にはルキナと同じく公爵家の家柄があと二人いるし、侯爵家や伯爵家、もっと下の子爵家に関してはかなりの数の人間が入学しているという話は聞いていた。
原因はもちろん、第二王子の存在だ。
王都で王の子が認知された瞬間、この学園に焦点を当てた他の貴族たちはみんな一斉に子作りを始めた。中には優秀な子を養子に取って無理矢理家名を名乗らせている家もあると言うから、よほどだろう。
おかげで今年の新入生は従来の数倍の人数を誇ると言うのだから、呆れてしまう。
とはいえ、貴族としてはそれが当たり前なのだ。学園は貴族社会の縮図。ここで第二王子に認められ、友人にでもなろうものなら将来は約束されたと言っても過言ではないのだ。
当然、同世代で伝説とも言えるほど話題性を持つシズルはもちろん、かつては『加護なし姫』として、そして今は『闇の上級精霊』の主であるルキナの存在は、そんな野望を持つ貴族たちにとって目の上たんこぶだと言える。
「俺は魔術の勉強が出来たらいいんだけどなぁ」
「私もシズル様と一緒にいられるだけで幸せなんですけど……」
「あ、うん」
学園で再開してから、隙あらばこうして思いを伝えてくる婚約者にシズルはいつも押されっぱなしである。
「あ、ところで俺が派閥なんか興味ないって態度を取ったらどうなると思う?」
「間違いなく、周囲がシズル様を押し上げて派閥を作ると思います」
「……やっぱりそっかぁ」
それこそがシズルの中で一番面倒くさい状況だ。もちろん派閥などという面倒なところに入る気がない。そんなことに時間を取られるくらいなら、魔術の鍛錬を行っている方が百倍有意義だと思う。
しかし周囲はそれを許してくれないだろう。
新たな精霊の発見という、人類史にも残る功績を遺したシズルは、すでに王国から貴族位を得ることが決められている。
しかもそれは一代限りの騎士や男爵レベルではなく、最低でも領地を持つ子爵。功績の大きさで言えば、伯爵や侯爵位を得る話であっても可笑しくない。
つまり、シズルはこの学園において、第二王子を除けば誰よりも上の立場になる可能性が高い、超有望株なのだ。
今学園の貴族たちはみな、第二王子に気に入られるべきか、もう少しだけハードルを下げてシズルに気に入られるべきかを迷っている状況だ。
なにせシズルに気に入られれば、第二王子ほどではないにしても確かな地位を得る事が可能なのだから。
「シズル様が派閥を作ると言うなら、私も協力しますけど……」
「勘弁して。あえて言うなら俺はルキナ派閥に入る」
「せ、せめてそこはローレライ派閥と……ってそれも駄目ですよ。そんな事言ったら本当に他の公爵家の人達に敵対されちゃいます!」
「敵対したやつはみんな黒焦げにするから大丈夫」
「だ、駄目です! シズル様、そんなことしちゃ駄目ですからね!」
あまりにも陰口が多くてつい心が荒んでしまうので、ルキナを弄って心の安定を図りつつ教室へと歩いていく。
「ん?」
そんなとき、周囲の同級生たちとは少し異なった雰囲気の視線を感じた。
その視線を辿ると、水色の髪を腰まで伸ばし、水晶のような瞳をした少女が穏やかに微笑んでいた。
名前も知らない少女と視線が合う。思わず視線が向いてしまうほどに綺麗な顔立ちをしているせいか、通りすがりに彼女を見ている男も多いようだ。
ただ、シズルが気になったのは彼女の容姿ではない。
立っているだけだが、彼女が何かしらの達人の域に達していることに気が付いたのだ。
「どうされました?」
「ああいや、あの子なんだけど……」
「……ずいぶんと綺麗な子ですね」
「ルキナの方が可愛いけどね」
「あ、え、あ……うぅ」
少女の見事な立ち振る舞いを見ながら、シズルはほぼ反射的に思っていたことを口にしていた。
そして自分が何を言ったのかを自覚しないまま、シズルは少女を見続ける。
下手をすればローザリンデ以上。そう思ってつい視線が鋭くなってしまったせいか、彼女は驚いたように目を見開き、すぐに背を向けて歩き出す。
その歩き方一つとっても、やはり並みの戦士ではない。
自分と同年代であれほどの者は見た事がなかったシズルは、感心しながらその後ろ姿をジッと眺めてしまう。
「いやぁ、凄い子もいるもんだね……って、ん?」
不意に、ぎゅっと手が握られる感触。何事かと思って見てみると、ルキナが顔を隠しながら手を握っていた。
子供らしい暖かな体温を感じ、シズルは自分の心臓の鼓動が早くなるのが分かる。
「ど、どうしたの?」
「ちょっとだけ、このまま歩かせてください。だ、駄目ですか?」
「あ……えっと……うん。いいよ」
不安そうな顔をしているルキナだったが、頷いた瞬間花が咲いたような笑顔を見せてくれ、思わず見惚れてしまった。
衆人環視の中、正直言えば恥ずかしいが、ルキナの幸せそうな顔を見れたのだからまあいいかとも思う。
そうしてシズルたちは手を繋ぎながら、新入生たちが今後勉強をする教室まで歩いていくのであった。
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