第3話 遭遇

 翌日――。


 シズルはヴリトラと城塞都市マテリアの街を歩いていた。目的はヴリトラの趣味の一つでもある骨董品漁りだ。


 ローザリンデに見つかるまでの間、もしくはホムラが彼女の説得に成功するまでの間、シズルは単独行動を取ることを決めていた。


 なにせ学園から戻ってからは、本当に苦しい戦いを強いられてきたのだ。


「ユースティアが監督のときはまだいいんだ。他人に厳しい様に見えて、実は凄く甘――優しいし。だけど……」


 問題は義母であるエリザベートである。


 彼女にはまるで情などないと言わんばかりに、こちらが許しを請うても一切とりあえず、それどころか弱みを見せた瞬間さらなる課題を出してくるのだ。


 その怖さは雷神様のごとし。ヴリトラなど、エリザベートに睨まれると条件反射で逃げ出す始末である。


『おお! 見ろシズル! このティーカップの流麗な形! これはいい物だ!』

「そうなんだ。俺にはよくわからないけど」

『なんだと⁉ ほらよく見るのだ! この細かい模様は、下手な焼き方をすれば色が滲んでしまい汚くなる。そして形も崩れてしまうのだ。だがこれは色、そして形ともに完璧。まさに芸術家の技であるぞ!』


 骨董屋で見つけたティーカップにヴリトラはご満悦である。とはいえ、シズルからすれば何が良いのか全く理解できない。


『全くシズルは……そんなことだからあの義母にも怒られるのだぞ!』

「う……」


 将来的に独立した貴族になることが決まっているシズルが学ぶことは、非常に多い。


 歴史や外国の情勢などは当然として、これから近づいてくるであろう悪意ある存在の行動を見破るための方法や、このような芸術・嗜好品の価値なども学ぶ必要があった。


「俺は魔術の勉強だけ出来たらいいのに……」

『現時点でシズルがこれ以上、魔術を学ぶ必要はない、というのがあの女傑の言い分であるからなぁ』


 その言葉は決して、シズルの想いを蔑ろにしているという訳でないことは、理解していた。


 ただ、シズルの実力はすでに国内でもトップクラス。


 グレンを含めまだまだ上はいるにしても、貴族として生きるのであれば、本来はそこまで重要視される能力ではない。


 特に、今は戦時ではないのだ。そこで貴族に求められる能力を優先して学ぶ必要がある、というのはエリザベートからすれば当然の話である。


 だがしかし、それは彼女の考え方。シズルはシズルで、違う考え方がある。


 シズルが目指しているのは立派な領地を運営するための貴族ではなく、最強の魔術師だ。


 もちろん、領主となればそこには領民たちの生活が懸かっているので、やれることはしっかりやっていくつもりはある。


 だが、細かい部分に関しては別に得意な者に任せたっていいと思うのだ。


 意思決定と人員を適材適所に配置すること。それこそが企業を運営するためにトップが求められることだ。


 であれば、別に無理して全てを学ぶ必要などないと思う。


『まあ、その適材適所をするためにも知識は必要なのだがな』

「……ヴリトラ、十一歳のくせに中々深いこと言うね」

『我は雷龍精霊だからな!』


 自称であるのだからそれは関係ないと思うが、ヴリトラの言うことももっともだ。


 シズルはいくつかある中から、個人的に一番綺麗だと思う模様のティーカップを手に取る。


 こういうのを上手く選べるようになってルキナにプレゼントなんかを出来たら、きっと彼女は喜んでくれるだろう。


「ヴリトラ、これとかどうかな?」

『シズル……言い辛いがそれは……駄作である』

「ああ、そう……」


 どうやら自分にはその辺りのセンスは皆無らしい。もしルキナにプレゼントを選ぶときは、必ずヴリトラを連れていくことを心に決めた。




 そんな風に二人で街を散策していると、少し離れたところで喧噪が聞こえてくる。見れば冒険者らしい男たちが円になるように囲って声を荒げていた。


 それを見た瞬間、シズルはなんとなく嫌な予感がした。


『喧嘩か……どうするシズル?』

「ヴリトラ……普通、街で喧嘩なんて早々起こらないものだ。そんなイレギュラーが毎日起こってたら、みんな疲れちゃうからね。なのにそれが起きるということは、普段の街と違うことが起きているってこと。つまり――」


 シズルはその冒険者たちに背を向けて、その場から去ろうとした。その瞬間――。


「おうおうおう! いいねこの街の野郎どもは中々血気盛んじゃねえか! んで、次はどいつが叩きのめされたい⁉」


 聞こえてくる威勢の良い声は、シズルにとって何度も、それこそ生まれたときからよく知った声だ。


『うむ……まだあやつ捕まっておらんかったのだな』

「うん、正直意外だよね。で……」


 シズルが諦めて振り返り、フードを被ってバレないように近づいていく。


 そうして冒険者たちの間をすり抜けて見ると、やはりホムラと、そして彼によって誘拐されたイリスがいた。


「このクソガキが! 俺らの仲間に手を出して、ただで済むと思うなよ!」

「ハッ! イリスに手を出そうとするからだろうがこのロリコン野郎!」


 ホムラの足元には地面にうつ伏せになり、完全に気絶している男が一人。


「そいつは珍しいエルフのガキをちょっと見ようとしただけだろうが! それでそこまで叩きのめすとか、おかしいんじゃねえのか⁉」

「その割には目が怪しかったんだよ! なあイリス!」


 ホムラに問いかけられたイリスは、若干怯えた様子で男を見ていた。


 どうやらホムラが一方的に喧嘩を売った、というわけではなく、ちゃんと彼女を守るためだったらしい。


 それならあの兄を責めるわけにはいかないだろう。恐らく自分が逆の立場であったとしても、同じことをしていたはずだ。


 どうやらホムラと問題となっているのは倒れている男と他二人だけで、この囲っている男たちはただの野次馬らしい。


 下品に声を上げて、中心にいる彼らを煽っている。


『下らんなぁ』

「あれ? ヴリトラってこういうの好きだと思ってたんだけど、違った?」


 なにせ自分の力を披露する機会などがあれば、積極的に口上を述べるタイプだ。こういった荒くれ者たちの雰囲気は、好きだと思っていた。


『我は自分の力を見せつけるのが好きなだけで、他の者がしてるのを見ても面白いとは思わん』

「ああ、なるほどね」


 たとえば、この場の雰囲気を全て無視して自分が割り込めば、ヴリトラは嬉々として暴れまわるのだろう。


 だがしかし、つい先ほどまで自分の趣味である骨董品を見ていた彼は、どうやらこういう雰囲気の気分ではないらしい。


「まあこれは兄上の喧嘩だからね。俺が手を出すわけには――」


 そこまで言った瞬間、シズルの少し離れたところから恐ろしい殺気を感じて思わず固まってしまう。


 地獄の底から這い出てきた大悪魔のようだ、とシズルは思った。


 思わずフードを深く被り直し、気持ち程度だけだが身体を丸くする。


 これまで大精霊ルージュや大魔獣フェンリル、それに悪魔エステルと、たくさんの強敵たちと戦ってきたが、それでも恐ろしい。


 どうやらその殺気の持ち主は自分ではなく、冒険者に囲まれた男たちに用があるらしく、ゆっくりした足取りで輪に入る。


 シズルは気配を極力殺し、そしてそっと横目で殺気の持ち主を見る。


 美しい金髪のエルフが、前をふさいでいるハンマーを背負った巨漢の背を軽く叩く。


「……どいてくれ」

「あん? んだ綺麗なネーチャ――ひっ⁉」


 最初は不機嫌そうに振り返った男は、顔には傷が入り普通なら怯えられる存在だ。


 だというのに、彼が女性を見た瞬間、まるで恐ろしいなにかを見たように表情を引き攣らせ、慌てた様子で横にずれる。


 そのせいで隣にいた他の冒険者が吹き飛ばされることになるのだが、巨漢の男は気にした様子を見せない。


「ひぃぃいえいえ! どうぞお通り下さい!」

「すまないな……」


 そうして輪の中を通り、その中心地に歩いていく。


 丁度ホムラの背中側から向かっているせいか、彼は気付いた様子は見られない。


 その代わり、気付いたのはイリスと、ホムラと相対している男二人だ。


「ひっ⁉」


 怯えたような表情をする男と対照的に、イリスは嬉しそうに笑う。


 その笑顔は周囲をほっこりさせ、そして近づいていく美女――ローザリンデを見て周囲を怯えた表情へと一転させた。


「おいおい、今更ビビってんじゃねえよ! あぁん? まさかこの期に及んで逃げようってんじゃねえだろうな!」

「……そうだな。まさか今更逃げようなんて、思っていないよな?」

「……」


 ホムラは無言で逃げ出した。


 しかしイリスの魔術による支援を受けたローザリンデが回り込む。


 ホムラは捕まった。

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