第4話 捕縛
ホムラがローザリンデに捕まった。
普段でさえ、機動力に優れた彼女だ。基本的な能力がパワーに傾倒気味のホムラでは逃げ切ることなど出来るはずがない。
ましてやイリスがホムラを裏切り――そもそも誘拐されたので裏切りとも言えないが――ローザリンデに魔術で強化した時点でその能力に大きな差が出たのは仕方がない。
イリスは大精霊の御子。
その能力を十全に使えるようになれば、それこそ大精霊にだって匹敵する。まだ未熟とはいえ、その能力は折り紙付きだ。
「さて……」
そんな様子を一部始終見ていたシズルは、この後をどうするかを考える。
まだ自分の存在はローザリンデに気付かれていない。
そして、自分は少なくともイリスを誘拐などしていない。ゆえに、ローザリンデから向けられるヘイトは相当低いはず。
たとえ今、自主的に声をかけても、彼女に怒られる可能性は低いだろう。
いや、怒られるのは怒られるのだが、優先順位は間違いなくホムラの方が高いので、軽い説教で終わるはずだ。
選択肢の一つとしては、そう悪くない。問題は、ここで出ていけば強制的に城塞都市ガリアへ連行されるということ。
「ダンジョン行ってみたいんだよなぁ……」
『うむ……我もダンジョンというのは気になっているのだ。もしかしたら古代の遺産などが出てくるかもしれんし、ここまできてお預けなど勘弁して欲しいところだな』
「だね。ってことで、兄上に期待するしかないか」
ローザリンデの剣幕は肝の座った冒険者たちすら竦み上がらせ、徐々に距離を取っているようにも見える。
そして、彼女が見世物じゃない、と一言かけた瞬間、ゆっくりと冒険者たちは退散していった。
そこに紛れるようにシズルは距離を取りつつ、バレないように物陰に隠れてホムラたちを見る。
「あ……」
その瞬間、イリスと目が合う。どうやら気付かれてしまったらしい。思わず口元に指をあてて、黙っててとジェスチャーすると、彼女はコクンと頷いた。
そして見ると、ローザリンデがホムラを素手で叩きのめしていた。教育的指導、というやつだ。
純粋な戦闘力で言えば、二人はほぼ互角。
イリスが魔術で補佐をした状態であればシズルも苦戦する実力を持つローザリンデだが、ホムラもスザクという上級精霊が付いている。
何より、本気の戦いになったとき、ホムラのメンタルは強靭だ。
二人が本気で殺し合いをすることなどないだろうが、それでも仮にそうなったら勝敗はシズルすら分からなかった。
そんな二人であるが、男女という中で話をすれば、どちらに軍配が上がるかはよくわかる。
「兄上、いずれ尻に敷かれるんだろうなぁ」
あの恋愛観が小学生から成長していないようなホムラだが、どうにもローザリンデのことは他の女性に比べてだいぶ意識しているように思う。
学園で聞いた話では、やはりフォルブレイズ家の嫡子として、そしてその見た目も黙っていれば流麗な男だ。
モテないはずないのだが、多くの令嬢たちが玉砕していったという中、ローザリンデとの距離は相当近い。
おそらく恋愛感情を意識はしていないだろうが、それでも彼女を女性として見る日はそう遠くないと思う。
なにせローザリンデの方は、明らかにあの兄を男として見ているのだ。
そしてエリザベートもそんなローザリンデを教育しているところを見ると、本格的に兄の嫁にする気満々なのはよくわかる。
残念ながら種族が違うし、なにより立場が違うので正室は難しいが、おそらく正式な婚約者を一人あてがい、ローザリンデを側室にしようと画策しているだろう。
勝手に屋敷から脱走したこと、そしてイリスを連れて行ったことの説教をされているのか、ホムラは路上で正座をさせられていた。
普通なら死罪になってもおかしくない蛮行であるが、彼らの関係を考えれば誰も文句は言えまい。
そんな光景が少し面白く、シズルはつい口元を緩めて笑ってしまった。
「というか、あんな場所で正座させられる貴族なんて、兄上くらいなもんだよね」
「そんなことありませんよー。なにせ、これからシズル様も同じように路上で正座をさせられるんですからねー」
「……」
背後から聞き覚えのある声が聞こえてきて、思わず背中から汗が大量にあふれ出す。
振り向いてはいけない。もしここで振り向けば、きっと恐ろしいことが起きる。ホラー番組などでも、振り向いた瞬間に襲われることの方が多いのだ。
シズルはゆっくりと、なにも聞こえなかったように前を歩く。ここで焦っては駄目だ。焦りはすべてを狂わせる。
まるで何事もなかったかのように、自然な動作でまずは歩く。そしてそのペースを徐々に速め、曲がり角と同時に一気に駆け出すのだ。
シズルはそう思い、目標となった曲がり角に入った瞬間、全力で駆け出そうと踏み込んだ、その瞬間――。
「はい、そこまででーす」
「うごっ!」
いつの間にか足に絡められていたロープを引っ張られ、片足を浮かした状態のシズルはその勢いで地面に倒れ込む。
さらに腕を背中に回されたと思うと、瞬きをする間もなく拘束されてしまった。
まさに神速の技である。これほどの技量を受けたのは、かつてエリザベートに捕らえられたとき以来だろうか。
さすがはフォルブレイズ家が誇る戦闘メイド部隊において、若手筆頭とまで呼ばれるだけのことはある。
シズルという国の宝を最も近くで守る彼女の実力は、三年前と比べても相当上がっているらしい。
「シズル様ー? お覚悟はよろしいでしょうかー?」
「や、やあマール……こんなところで奇遇だね」
「それだけの軽口を言えるなら、大丈夫ですねー」
いったいなにが大丈夫だというのか、シズルにはわからない。ただ分かることは一つ。
己の従者にして、生まれたときから傍にいてくれている姉代わりのような少女、マールは今、過去最大級に怒っているということだ。
なにせ、彼女は満面の笑みを浮かべている。だというのに、激しい怒りがそこから感じるのだ。
こんなマールは今まで数回しか見たことがなかった。
これは本格的にまずいと、何とか脱走を試みるがどういったやり方なのか、捕らえられたロープを解くことが出来ない。
「ねえマール? さすがに地面を引き摺るように運ぶのは良くないと思うんだけど……」
「シズル様? 先に一つだけ言っておきますね?」
「聞きたくない」
「今回の件、奥様は大変お怒りです。なので私にこのような命令を下しました」
――二度と脱走など考えないくらい説教をしなさい。そして、反省するまで貴方たちが行うあらゆる行為を不問とします。
「……へ、へぇ」
「ホムラ様にはローザリンデ様が、そしてシズル様には私が。お二人には逆らう権利はありませんよ?」
「ねえマール、実は俺、今すごく反省しているんだ。だから、その……許して」
「うふふー……駄目です」
そんなハートマークが付きそうなほど可愛らしい声でそう言いながら、満面の笑みを浮べたマールはホムラが正座をして怒られているところまで引きずり続けるのであった。
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