第11話 殲滅戦

 交易都市レノンは、元々戦争を想定して造ったガリアの城壁に比べて遥かに防衛能力は低い。


 とはいえ仮にも国境に近い街。城壁に昇ったシズルが見下ろせば、冒険者や騎士団が魔物を待ち構えているのが良く見える。


「っと、あれだな」


 南から溢れてきた魔物達が真っ直ぐレノンに向かってきているのを確認したシズルは、一度深呼吸をする。まだまだ小さな小粒だが、確かにその数は三千を超えているという話も間違いなさそうだ。


 それが後一時間もしない内に街へとたどり着くと言うのだから、よほどの事だろう。


「空から地上から……よくもまあこんなに集まって」


 ふと周囲を見れば、この街の騎士団が用意したであろう弓兵隊が慌ただしく動いている。


 空を飛ぶ魔物が想定よりも遥かに多かったらしい。怒号と焦りが飛び交う戦場の中、シズル達に構う者はほとんどいなかった。


 一部冷静な者も、きちんと装備を整えたシズルが子供ながらに冒険者なのだろうと当たりを付け、特に文句を言うような者はいない。


 これが外で直接魔物とやり合うところにいた場合追い返されていたかもしれないと思うと、こちらに来ていたのは正解だったと思う。


 空間が一瞬光り、ヴリトラが表に出てきた。イリス達には隠していたのだが、状況が状況なので仕方がない。


『シズル、空の魔物の中にワイバーンが混ざっているぞ』

「みたいだね。あれを一撃で落とせるかどうか、それが勝負の分かれ目かな」


 空を覆う魔物達の中にB級クラスの魔物が混ざっていることはシズルとしても少し厄介だ。


 何せワイバーンと言えば紛れもなく龍の一種。単体であればシズルからすれば問題ない相手であるが、パッと見ただけでも五十以上はいる。


 あれらが一体でも街に入り込めば、この街の騎士団レベルでは相当苦戦するだろう。


 フォルセティア大森林に住んでいたことのあるイリスは、そんな魔物を良く知っていた。だからこそ、状況の悪さをはっきりと理解し青ざめている。


「まあ、一匹も通す気はないけどね」


 シズルは心配そうにこちらを見つめるイリスを安心させるため頭を軽く撫でる。柔らかい髪がくしゃくしゃになり、少し慌てる仕草は中々可愛らしい。


「さあやろうかヴリトラ。こんなところで足踏みしてるわけにはいかないからね」

『応とも! クックック、雷龍精霊である我が力、ついに下界の者どもに知らしめてやろうではないか!」


 ヴリトラが不敵に笑うと、小さな雷龍は激しい雷を纏いシズルの背中から身体に入り込む。その瞬間、シズルの魔力が爆発的に膨れ上がり、まるで雷神のように全身を光り輝かせる。


 周囲の人間が何事かと慌てふためく中、シズルは黙って空を覆う魔物の集団を見据えて呟く。


 ――『雷探査サーチ


 瞬間、シズルの脳裏に何百という魔物の反応が浮かび上がる。一気に溢れる情報量に一瞬顔をしかめるが、それを無視してさらに魔術を紡ぐ。


 ――『照準ロック


 『雷探査サーチ』で反応した魔物達を決して逃さないよう、微弱な雷を纏わせ位置を鮮明にし、それらの反応を固定。魔物達はまるで望遠鏡で見ているかのように、シズルの脳裏に映る。


「さあヴリトラ、準備は整ったよ」

『くっくっく、周りの者共が我が力に驚く顔が今から見ものだな!』


 ――武器形成『雷龍の槍ヴリトラ


 シズルは己の纏う雷を掌の集中させると、それは雷の槍へと変貌する。それだけであればいつもと同じただの武器形成であるのだが――


『クハハハハ! 久しぶりに手加減無用の大舞台! 戦場に雷を見せてくれるわ!』


 その槍からはヴリトラの嬉しそうな声が響き渡る。そこに漏れる力は尋常ではなく、近くにいる者達はこれまでの焦りすら忘れて見入ってしまう。


 だがそれも仕方ないだろう。何せその槍に宿るは世界を構成する七つのエレメンタルの一柱、雷の大精霊ヴリトラその者なのだから。


「手加減無用はいいけど、やり過ぎないようにね。前はそれで地面抉って大変なことになったんだから」

『任せとけ! あのような烏合の衆、一撃で吹き飛ばしてくれるわ!』


 ああ、これは全然話を聞いてくれないやつだ、とシズルは思う。


 とはいえ、目立ちたがり屋のヴリトラが本来の力を解放させられずにいるのはシズルのせいでもある。このような機会であれば、存分にその力を振るえるだろう。


 シズルは槍投げの構えを取り目標を定める。すでに『照準ロック』によって、シズル達と魔物の群れには一筋のラインが結ばれていた。


「そしたらヴリトラ、目標ターゲットは空を飛ぶ魔物! そして、地上で行軍している魔物の群れ! 行けるね!」

『準備万端! 目標確認! いいぞシズル! 我はいつでもオッケーだ!』

「よーし、それじゃあ……いっけぇぇぇぇぇ!」


 その気合いと共に投げられた『雷龍のヴリトラ』は、閃光となって魔物の群れと飛び立つ。その速度はあまりにも速く、周囲の人間が認識した瞬間には魔物の群れの中で雷がはじけ飛ぶ。


 遅れてくる轟音。


「はっ?」


 それは誰の声だっただろうか。


 その雷はまるで生きているかのように魔物の群れの中を暴れまわり、次々と魔物達を喰らっていく。


 一筋の閃光だったものが魔物を喰らう度に大きくなり、遠目で見てもわかるほど巨大になった頃、ようやく自分達が何を見ているのか理解した。


「……龍だ」

「ああ、でっかい雷龍が魔物を喰らってやがる……」


 きっとその呟きをした人間は、向こう側で起きている出来事を正確には理解出来ていないだろう。


 城壁の上の人間も、城壁の下で来るべき魔物達を構えていた冒険者達も、誰も理解出来ない。


 この場で遥か先の出来事を正確に理解できている者は、たった二人だけ。


『あれが、雷の大精霊……もっとも新しい世界を構成する一柱……』


 きっとその声は彼女にとっても予想外の呟きだったのだろう。シズルの脳裏に鈴の音のような小さな呟きが聞こえたが、今この瞬間はあえて聞かなかったことにした。


「さあ、雷の連鎖はまだまだ続くよ」


 シズルの脳裏では『照準ロック』した魔物達が次々と反応を消していた。


 一匹、二匹、ヴリトラはそこに宿る雷と魔力を喰らう度に強大になっていき、次なる獲物に飛びついていく。

 

『信じられない……魔物を喰らうことで更に威力を増している? そんなのどんな大群も無意味――』

「すっげぇ……俺は今夢でも見てんのか……?」

「絶対死ぬと思ってたけど……これなら生き延びられる?」


 周囲の人間に混じってイリスらしき声が脳裏に響く。その驚き方は他とは違い、あまりにも強烈な光景に戦慄しているようにも見えた。


「さあ、そろそろ空の魔物達は終わりかな?」


 シズルの脳裏に映る魔物はあと数匹、それもあっという間に飲み込んだヴリトラは、まるで神が天に還るかのように空へと向かい、そして――


「あ……」


 周囲の人間の誰かが再び声をこぼす。


 雷龍は空へ向かう方向から一転、そのまま大地へと方向転換して進軍する魔物の群れへとその牙を向けた。


 大地を穿つ極限の雷光が辺り一帯を迸り、遅れて響く轟音。遥か先の出来事だというのに、城壁を揺らすほどの衝撃。下ではその衝撃に必死になって耐えている冒険者達。


 そして光が収まった時、奥にいるはずの魔物の大群はその数を半分近く減らしていた。


 呆気に取られる騎士団の面々。そんな彼らを見る暇なく、シズルは思わず膝を着く。


「ああ……失敗した。脳がガンガンする……」


 『照準ロック』によって一気に使いすぎた魔力と『雷探査サーチ』よる情報量の多さは今のシズルでも厳しく、さらにヴリトラの解放である。やり過ぎたと今更ながらに後悔してしまう。


 あれほど遠距離ではなく、もっと近づけてから一掃した方がよほど楽だったのに、つい新技の披露を優先してしまったのだ。


 もちろん威力や殲滅力を考えれば一番だったのは間違いないが、もう少しやり方を考えても良かったと今更ながらに思う。


 そんなありえない戦果を叩き出したシズルを前に、騎士団の者達は声を掛けられず戸惑っていた。そんな中、動いた者が一人。


「ん……?」


 シズルの服が軽く引っ張られ、そちらを見るとイリスが正座をして自分の膝をポンポンと軽く叩く。ここに頭を置いて横になれという意味だろう。


「ごめん……そしたらちょっと疲れたから……横になるね」


 もはや頭痛で意識が朦朧としていたシズルは、それがどういう行為なのかさえ理解しないまま行動していた。


 そうして柔らかい膝の上に頭を置くと、一気に意識が遠のく。


『シズル……貴方ならもしかしたら……』


 軽く頭を撫でられると、遠い昔、まだ赤ん坊だったころに自分をあやしてくれていた母を思い出す。そんな心地よさの中、シズルはゆっくりと意識を手放した。

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