第25話 古代書

 ヘルメス・トリスメギスは偉大な錬金術師として語られる一方、そのあまりにも優秀過ぎたことから王国に危険視された男でもある。


 それゆえに当時の魔族領であった場所に隠れ住み、こうして現代でダンジョンが生み出されてしまう結果となった。


「おいシズル! そっちはどうだ?」

「そうですね……一部貴重な本はありますが、大したものは見つからないです」


 ホムラとシズルは二人でヘルメスのダンジョンに入り、アポロがいた部屋を捜索していた。


 現在、城塞都市マテリアの冒険者ギルドは周囲の街にいるであろうA級冒険者の招集をしているところである。


 本当はS級も呼びたかったらしいが、フォルブレイズ領にいるS級冒険者は、領主であるグレンを除けば一人だけ。その者も凶悪なクエストを請け負っている状態のため、呼び出すことは出来なかったらしい。


 そうしてA級冒険者が集まるまでは、シズルたちも奥へ探索をすることを禁止されてしまった。


「くっそぉ……こんなことならギルドに報告とかするんじゃなかったぜ」

「まあまあ、そんなに時間はかからないって話ですし、今はここを探索しましょうよ」


 ホムラはそのことにあまり納得が出来ていないが、彼らの言い分も仕方ないとシズルは思う。


 自分たち二人はこの侯爵領の後継ぎなのである。もちろん、正式な後継ぎはホムラ一人であるが、自分もまた独立してどこかの領を下賜されることは決まっている。


 そんな未来の当主二人を、こんな危険なダンジョンに入らせること自体、ギルドの者たちにとっては冷や汗ものだろう。


 とはいえ、入るなと言って入らないなら、そもそも侯爵家から抜け出してきていない。


 結果、これまで探索した範囲内であれば良いという話になったので、こうしてアポロがいた部屋を調べているところだった。


「つーかこの部屋、本だらけだが全然読めねぇ……」

「これ、千年前の文字ですからねー。あ、これホムンクルスについて書かれてる。ちょっと気になるから持って帰ろうかな」


 パラパラとめくりながら、気になる本をリュックに詰め込んでいると、ホムラが驚いた顔でこちらを見てきた。


「どうしました兄上?」

「……もしかしてシズル、お前それ読めんのか?」

「あ、はい」

「マジかよ。古代文字ってメチャクチャ複雑じゃねえか」

「慣れたらそうでもないですよ」


 信じられないという表情で見ているが、そもそもホムラだって頭は決して悪くはない。ただ勉強が嫌いなだけで、教えたことはすぐに吸収する天才肌だ。


「帰ったら教えましょうか?」

「ぜってぇ嫌だ」


 即答である。


 その瞳には決意が込められている。もし俺に勉強を教えようとするなら、刺し違えてでもお前を倒すという、それほどの決意を。


「まあ、嫌なら別にいいんですけど、結構面白いのになぁ」

 

 シズルは魔術書を読むためにそれなりにこの世界の文字について勉強をしてきた。


 この古代文字に関しては、以前イリーナを助けるため、錬金術師ヘルメスの書に手がかりを求めたときに覚えたものだ。


 だがそもそも、こうして魔術や錬金術に関して勉強すること自体が面白いと思っていたシズルにとって、学ぶということは決して嫌なことではなかった。


 貴族の歴史なのは苦手だが、こと魔術関係に関しての知識はそこらの専門家以上のものだと自負していた。


「よくよく考えたら、この部屋の本って千年以上昔のものばっかりだし、お宝の山だ……」


 ダンジョン内部で手に入れた宝などは、基本的に見つけた冒険者の物だ。


 それゆえにダンジョンは先行者利益が大きく、同時に危険なハイリスクハイリターンな場所であった。


「……ねえ兄上。出来るだけ持って帰りたいんですけど」

「いちおう言っておくが、ここにある本は全部ギルドに渡すからな」

「え……」


 シズルは兄が発した信じられない言葉に思わず絶句する。そして部屋の壁一面にびっしりと詰められた本棚にある本をぐるっと見渡した。


 ――これを全部渡す?


「なんでですか⁉」


 思わず声を上げてしますシズルに、ホムラは呆れた表情でこちらを見ていた。


「あのなぁ、俺らの指示で他の冒険者たちはこのダンジョンに潜れねぇんだぞ? だってのに、俺らが宝を独占したら、貴族の権力使って無理やり冒険者を抑えつけたって、悪評立っちまうだろうが」

「あ……」


 ホムラの説明に、シズルは考えていなかったと声を零してしまう。


 これが一介の冒険者であれば、ただ他の冒険者たちの実力が足りなかったで話は済む。だがしかし、この『フォルブレイズ領の貴族』が『冒険者ギルドに指示をした』結果が今なのだ。


 たとえ事実であったとしても、第三者から見たらどんな光景か。そして、もしこれが今後も続くようであれば、きっと冒険者たちはフォルブレイズ領から離れていってしまうことだろう。


「わかったか?」

「うっ……はい」

「相変わらずお前は賢い癖に、貴族間のことに関しては抜けてんなぁ。もうちょっと興味持たねえと、テメェの婚約者が苦労するぜ」

「……善処します」


 正直、そんなことをこの自由人である兄に指摘される日が来るとは思わなかった。


 だがしかし、今回はホムラの言葉が正しいので、素直に言う事を聞くのである。


「……これ全部、渡さないといけないのかぁ」


 シズルは未練がましく周囲にある本を見る。どれもこれもが千年前の書物。しかもあの歴史上最高の錬金術師と謳われるヘルメスの持つ資料だ。


 どれもこれもが歴史的価値がある資料。別にお金に関しては困っていないが、自分用で読みたいと思う。


 とはいえ、たとえばこれを一つ買い取ろうと思えば、シズルがこれまで溜めてきた小遣いが全て吹き飛ぶレベルなのは間違いないだろう。


「そんなに欲しいのかよ……まあ、ギルドに言えばいくつかは持って帰れるんじゃね? いちおう冒険者として見つけた財産なわけだからな」


 そう言いながらホムラは本棚から一冊取り出す。


「わっかんねぇなぁ。こんな本のなにが良いのやら……」

「お宝の価値は人それぞれですよ。それに、本当に貴重な本なんですから」


 そう言ってシズルはとりあえず、読みたいと思う本をいくつかピックアップして、本をリュックの中に詰め込んだ。


「これと、これと……黄金錬成はあんまり興味ないなぁ……前に一回ヘルメスの錬金術書を読んだ時、黄金錬成はそもそも不可能だって書いてあったし……」


 ギルドを説得出来れば、いくつかは持って帰れるかもしれない。


 そんな淡い期待を持ちながら、少しでも興味深い本を多く持って帰ろうとシズルは部屋の中を漁るのであった。



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