第29話 一流の冒険者

 ヘルメスの大迷宮がどれだけの深さになっているのかは誰にもわからない。


 とはいえ、それでも実力者ぞろいのA級冒険者たち。第二層に入ってからも問題なく攻略を進めることが出来ていた。


「うん。これはいい意味で誤算だ」

「俺からしたら物足りねぇけどな……」

「そのうちもっと強力な魔物たちも出てくると思いますから、もう少し我慢してくださいね」


 元々、第二層に入った時点で各自の裁量である程度動きながら攻略を進めていく手はずであったが、シズルたちを除いた十一人全員がシズルたちの指揮下に自ら入ることを決めたため、攻略は思った以上にスムーズに進むようになったのだ。


攻略メンバーは全部で十六人。パーティー数はシズルたちを合わせて五つ。


 それぞれ特色があり、自らの役目を全うすべく動く一流の冒険者たちが集まったことで、本来は強力で危険な魔物たちが相手でも一蹴できる状態だ。


「いやしかし……改めてシズル様たちの力は恐れ入ります」


 そう話すのは、この場にいるA級冒険者たちの中でも特に実力の高い男、エイルだ。


 神槍という二つ名を冠しているだけあり、その槍捌きはシズルをして感心してしまうほどである。


「本来はまったく先の見えないダンジョン攻略が、すでにワンフロア丸々攻略し終えているのと同等とは……ダンジョンを作った者もまさかそんな存在は予想外だったことでしょうね」


 彼は尊敬と、そして畏怖の気持ちを込めてそう言う。


 そんな彼の言葉に、シズルは当然かと思った。


 本来なら未知のダンジョンが、イリスの力によって全体像をすでに把握されている状態になり、そしてシズルによって魔物の位置まで確認できる状態。


 さすがにトラップまでは把握しきれないが、それでもなにも知らない状態で足を踏み入れるよりもはるかに安全で、余裕のある攻略が進められている。


 シズルとイリスの二人の能力は、A級冒険者である彼らでさえそう思わざるを得ないほど、特別なものだった。


「できれば、あんまり吹聴はしないでいてもらえるとありがたいかな」

「ええ、かしこまりました。これほどの力は良き者はもちろん、悪しき者もまた近づいてきますからね」

「もちろん、俺らも言わねえよ」


 そう微笑むエイルに、追従するように頷く冒険者たち。


流石に冒険者だけあって敬語を使ってくるのはエイルだけだが、他の者たちもシズルたちに敬意を払ってくれているのがよくわかる。


 そんな彼らを見て、シズルはさすがA級冒険者になるだけあるなと感心した。


「うん、ありがとう。俺はともかく、イリスまで巻き込みたくはないからさ」

「そっちの嬢ちゃんも、とんでもねえもんなぁ……」


 冒険者たちの中でもっともガタイの良いスキンヘッドの男が、しみじみとイリスを見ながら呟いた。


先ほどから巨大な戦斧でゴーレムを力づくで叩きのめしている男の名はグレイオス。


A級四人組のパーティー『破砕』のリーダーであり、『豪傑』の二つ名で王国に名を響かせている男だ。


 もっとも年齢が高く、冒険者歴も長い彼はベテランらしく、その見た目とは裏腹に全体によく目が良く行き届いている。


「元々『疾風』が子連れで冒険者をしてるってことは知ってたが……まさかその子の方がやべえとは思わなかったぜ」


 こんなにちっこいのに……とイリスの倍近くはありそうな巨躯で見下ろしながら、感心した様子で呟いた。


「グレイオス、シズル様たちに失礼だぞ」

「そう言うなやエイル。俺たちは冒険者だ。こんなもん、挨拶みたいなもんよ」


 エイルがやや睨むように声をかけるが、グレイオスは笑って返すだけだ。


 元々知り合いらしい二人だが、あまり折り合いは良くないらしい。とはいえ、グレイオスの方が一般的な冒険者で、エイルの方が少し変わっているともいえる。


「エイル、別に構わないよ」

「だな。俺らは今貴族じゃなくて冒険者としてこの場に立ってっからよ」

「シズル様、ホムラ様……そうですね。私の方が、無粋でした」


 エイルは少しだけへこんだ様子を見せるが、本当に珍しいタイプの冒険者だと思う。


「まあ、とりあえず俺らも出来るだけ頑張るからさ。スリルと冒険を楽しむ君たちには悪いけど、一気に攻略を進めちゃおうか」

「は、こんな危険なダンジョンにそう言えるのは、アンタくらいなもんだ」


 ガハハ、と豪快に笑うグレイオスに追従するように、他の冒険者たちも笑う。それはとても危険なダンジョンを攻略しているようには見えなかった。


「……さて」


 シズルはこれまで、フォルブレイズ侯爵家の中で以外、極力その力の全容を隠すようにしてきた。


 単純な戦闘能力という面ではある程度普通に見せていたが、出来ることの多様性という面では、あまりやり過ぎては危ない義母であるエリザベートに言われていたからだ。

 

 そしてそれはイリスも同様。


出る杭は打たれる。特に魑魅魍魎が跋扈する宮廷の勢力争いに巻き込まれれば、単純な地暴力だけでは解決しないようなことも平気で行われるため、極力『普通』の魔術師レベルが出来ることだけで抑えていた。


 しかし、ことダンジョン攻略という場面で力の出し惜しみは逆に危険である。


 特に、自分たちだけならともかく、この場にはその実力も未知数の冒険者たちが多数いるのだから、より慎重になるのも仕方がないことだろう。


「そうは言ったものの、この数はどうしたもんかなぁ」


 すでにイリスのマッピングと合わせた結果、このフロアの最奥に巨大な部屋があり、そこに大量の魔物が跋扈していることがわかる。


 雑魚ならともかく、このレベルの魔物がこれだけ集まっていると、かなり危険だ。


「……いざってときは、本気でやらないと」


 いかにA級冒険者の集まりであっても、なにがあるかわからない。そんな彼らを守らないとと思っていると、ローザリンデが近づいてくる。


「シズル、心配するな」

「ローザリンデ……」

「あいつらは命を懸けてこの場に立っている猛者たちだ。自分の事くらい、自分でなんとかするさ」


 それは、同じA級冒険者としての言葉だろう。


 そしてそれが聞こえていたのか、彼らは一様に笑うと頷いた。それは、守られる必要などないという、決意の表れ。


 それを見て、自分がいかに思い違いをしていたのかを理解する。


「そっか、そうだよね。君たちはみんな『冒険者』だもんね」


 自分の力のせいで忘れがちだが、本来このようなダンジョン攻略は命がけである。そしてこの場にいるのは、数多のダンジョンを攻略し、ここまで駆け上がってきた本物たちなのだ。


「よし、それじゃあみんな。この後はだいぶしんどくなるけど、よろしくね」


 シズルの号令に、全員が一丸となって頷いた。



――――――――――――――

【後書き】

『銀髪メイドとのんびりスローライフをしていたら、昔助けた少女が魔術の弟子入りを希望してきた件~弟子を育てる生活は慌ただしいが意外と楽しく悪くはない~』

https://kakuyomu.jp/works/16816452218433188926


電撃の新文芸【熱い師弟関係】に向けて、雷帝と同時連載しています!

良ければぜひこちらも応援して頂けたらと思いますので、よろしくお願い致します!

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