第9話 訪問

「イリス? 何かあった?」


 そう尋ねると、彼女は申し訳なさそうに首を横に振る。とはいえ、明らかに何か言いたそうな顔をしているので、一度部屋に招き入れる事にした。


 ベットに座らせたイリスをじっと見ると、改めてそのエルフという種族の美しさに目を奪われそうになってしまう。美しくも柔らかい白銀の髪。初雪のように染まる事を知らない綺麗な肌。そしてまるで宝石のように輝く翡翠色の瞳。


 ローザリンデもそうなのだが、彼女たちは人とは違う完成された美しさがあった。


 シズルとしても、性格も含めた単純な好みで言えばルキナの方が可愛いと思うのだが、芸術という観点で見ればイリスには敵わないだろう。


 さて、とシズルは思う。


 イリスがこの場にやってきた理由を考えていた。彼女自身は話すことが出来ない以上シズルが話すしかないのだが、どうも今のイリスからは何かを伝えたい意思のようなものを感じる。


「わざわざ一人でここに来たって事は、ローザリンデには聞かせられない話かな?」

「っ――」


 あえて本題をぶつけてみると、イリスは驚いて首にぶら下げている翡翠色の宝石が付いたペンダントをぎゅっと握る。どうやらこれは彼女の癖らしく、この旅の途中で何度も見た仕草だ。


「……」


 そうして少しの間何も言わずに待っていると、イリスはこくりと小さく頷いた。


「そっか……そしたらちょっと待ってね」


 シズルは『雷探査サーチ』を使い、扉の前や宿の周辺に怪しい人間がいないか確認する。


 人の反応はあるが、こちらを伺っているような者は一人も居なさそうだ。さらに範囲を広げてローザリンデ達の位置を補足する。


 ここ数年で『雷探査サーチ』の範囲、精度のレベルは格段に上がっており、この街程度であればどこにいても調べられるようになっていた。


「うん、大丈夫。すぐに帰ってくるってことはなさそうだよ」

「……」


 何をしたのか分からなかったのだろう。イリスは首をかしげて不思議そうにしている。こうして見ると、ふわふわの髪が幼さと合わさって小動物のようでつい笑ってしまう。


「サーチって言ってね、生き物の体の中を通ってる微弱な電気を捉えて……って言ってもわかんないか。とりあえず人のいる場所が分かる魔術を使ったんだ」


 ほえー、ともし言葉を発することが出来ればそんな声が聞こえてきそうなリアクションを取るイリス。この旅の中で、言葉こそ一度も介していないが、彼女の性格は何となく掴めてきた。 


「ってことで一応準備は出来たけど……話っていうのはそのペンダントの事でいいのかな」

「っ――!」


 イリスはその言葉に驚きを見せる。そして首をぶんぶんと横に振り、焦った様子を見せていた。そしてどうして、と警戒した様子でシズルを見る。


「あっ――」


 この反応にシズルはしまったと思う。『雷探査サーチ』を使うと、彼女のペンダントから弱弱しいながらも精霊らしき反応があることに気付いたのだ。


 だがどうやら彼女の話はそれとはまったく違ったらしい。これは余計な警戒心を煽るだけの結果になってしまったなと後悔していると、ジトーと疑いの眼差しで見られてしまう。


「あー、ごめん。今のは忘れて、って言っても駄目だよね?」


 コクコクと力強く頷かれる。


「だよね」


 このままでは話が進まないと思い、シズルは自分の魔術によってペンダントの中に精霊がいる事は気付いていたことを白状する。


「一応言っておくと、君らにも事情があるのはわかってたから、話してくれるまでは言うつもりはなかったんだ」


 そう言うとイリスは困ったような、申し訳ないような複雑な表情を見せた。


「そんな顔をしないで。さっきも言ったけど、無理矢理聞き出そうとは思ってないんだ。ちょっと自分が先走っちゃっただけだから、気にしないで」

「……」


 本当に? と言う顔を見せるので、頷くとようやく安心したのかイリスは表情を緩める。


「そしたら改めて、要件を聞いてもいいかな?」

「……」


 イリスは言うべきか悩んでいる。どうやらまだ覚悟が必要な内容らしい。シズルとしては気になるが、焦らせるつもりはなかった。


 今の所ローザリンデはホムラに振り回されて帰ってくる気配もないし、何より彼女の信頼を得る事が重要だからだ。


 そうして悩んで、悩んで、悩みに抜いた結果、イリスは決断したのだろう。これまでの弱弱しい雰囲気から一変させ、顔を上げると口を開く。


『シズル……私を助けて』


 それは、言葉を発せないはずだった少女の心からの願いだった。


「君は言葉が――」


 まるで脳に直接響くようなか細い声に驚き、イリスに問いかけようとした瞬間――


『魔物だぁ! 魔物の大群が街の外からやって来るぞー!』

『凄い数だ! 冒険者はギルドへ集まれ!』

『騎士団も出るぞ! だが、だがあの数は!』


 外から男女問わず様々な叫び声が街中に響き渡り、交易都市レノンの平和な日常はあっという間に崩れ落ちるのであった。

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