第8話 交易都市レノン

 シズル達が城塞都市ガリアを出発してから三週間。フォルブレイズ領から南のローレライ公爵領を抜けて更に南へ下り、ルーファス侯爵領を通過しようとしていた。


 西のフォルブレイズは西の魔族国家から、南のルーファスはフォルセティア大森林から共に国境を守る貴族同士、お互い意識している家柄同士だ。


 またルーファス侯爵家はルキナの母の生家でもあるため親戚筋でもあり、噂を聞いていたシズルとしても緊張せざる得なかった。


 とはいえ、事前に領内を通る事はローレライ公爵家経由で伝えているため、問題らしい問題も起きないまま目的の街までたどり着く。


「一応ここが最後の宿場だな。この街を抜ければ、明日には目的地であるフォルセティア大森林にたどり着く」

「おー、ようやくか! 大森林は中々強い魔物がいるって聞いてるからな! 良い修行になりそうだぜ!」

「いいかシズル。この馬鹿が勝手に突撃したらお前も連帯責任だからな」

「ちょ!? 普通リーダーの責任だよね!」


 そんな風にじゃれ合いをする程度には打ち解けたシズル達は、馬車で検問を受けたのち、街に入る。


「おぉ、見た事ない種族もたくさんいる」

「おー確かになぁ。王都でもこんなに色んな種族はいなかったぜ」


 ルーファス侯爵領、最南端の街レノン。ここはフォルセティア大森林と隣接し、そこから持ち出される様々な珍しい逸品を名産として販売することで栄えた交易都市だ。


 シズル達の住むガリアのような城塞都市とは異なり、街には様々な種族が入り乱れている。エルフや獣人が当たり前に商売し、笑顔を向け合っている姿は見ていて気持ちがいい。


「お前達、物珍しいのはわかるが、あんまり不躾な視線を向けるな。自分達が見世物になってると思うとお前達も嫌だろう?」

「……確かに、気を付けるよ」


 言われてみれば、彼らにとって普通に生活をしているだけなのに物珍しく見られるのは不快なものだろう。


 ローザリンデの言葉には、フォルセティア大森林から旅を続けAランク冒険者にまでなった経験からくる重みがあった。


「しかし本当に断って良かったのか? レノン子爵から屋敷に招待されているのだろう?」

「ん、まあね。だけど俺はまだ成人してないし、急ぎの旅だからさ」

「お袋からもきっつく言われてっからなー」


 ホムラの言う通り、他領を通るうえで侯爵夫人からもこういった貴族のやり取りは極力避けるように言われている。決して敵対しているわけではないが、他の貴族に弱みを見せて後々足元を見られては困るからだ。


 その辺りの根回しはすでに終えているらしく、シズル達が断りの連絡を入れても特に揉めるようなことにはならなかった。


「まあお前達が構わないのなら了解だ。それでは宿を取ったらゆっくり休むように」

「なあ、宿取ったら自由行動してもいいか!? 行ってみたい場所があるんだけどよ!」

「……ホムラ、お前が私を馬鹿にしているのは分かった。殴っていいか?」

「兄上、流石にそれはないです……」



 宿はホムラの希望により、三部屋取ることになった。シズル、ホムラが一人部屋、そしてローザリンデとイリスで二人部屋だ。この案に関しては彼女も渋ったものの、最終的には了承することになる。


 A級冒険者として様々な人と接してきたローザリンデにとって、シズルやホムラが長い旅路の中でストレスを抱えているのは理解していたからだ。


 幸いこの街の治安は悪くないうえ、フォルブレイズ兄弟を害せるほどの者がそう簡単にいるとは思えない。


 ただそれでも護衛として危険なところに連れて行くわけにはいかず、外出の際は一緒に行動することだけは決められていた。


 そして案の定ホムラが出て行こうとするので、ローザリンデは付いていくことになる。


「本当にいいのか? まあお前はこの馬鹿と違ってその辺りは信用できるのだが」

「うん、一人で考えたいこともあるからさ。二人で楽しんできなよ」


 長旅で疲れてしまったのか、イリスは完全に寝入っている。流石に彼女を置いていくわけにもいかず、シズルは留守番を申し出た。


「悪いなシズル! 土産話はたくさん用意してやるからよ!」

「お前はもう少し遠慮というものを覚えろ!」


 生真面目なローゼリンデと自由気ままなホムラは、端から見ていて妙に相性がいいように見える。


 これは子供をそのまま大きくしたような兄にも春が来たかな、などと邪推しながら二人を見送り、シズルは一度イリスの寝ている部屋へと入る。


「さて、流石に寝ている女の子の部屋にいるわけにはいかないしね」


 イリスが起きた時、誰も傍にいないと不安になるだろうと思い、隣の部屋にいるという書置きだけ残してシズルは部屋を出た。


 自分の部屋に入ると目の前の空間が一瞬光り、そこからヌイグルミのような愛嬌のある雷龍の子供、ヴリトラが現れる。


『まったく、一人にならんと出てもこられんとは……』

「ごめんごめん。でもさ、ヴリトラも気付いてるんでしょ?」

『もちろんだ。あの少女達、何か隠しておるぞ』


 ヴリトラの言葉にシズルは頷く。


 これまでの旅路でローザリンデとイリスが悪い人ではない事は理解していた。しかしそれとこれとは話は別である。


 風の大精霊ディアドラの話題を出した時の過敏な反応。確かに彼女たちにとって大精霊は建国からずっと見守ってくれている神のような存在なのかもしれない。


 しかしだからと言って、隠された話というわけではないのにあれだけ警戒をあらわにするのもおかしな話だ。


「多分、風の大精霊が大森林から姿を消したっていう話は本当なんだと思う」


 ローザリンデ達の話はこうだった。


 三年前、フォルセティア大森林の奥に存在する、風の大精霊を祭った祠に賊が入り込み、秘宝を盗み出したという。


 秘宝を盗まれたことで酷く心を痛めた大精霊は森から姿を消し、それ以降魔物の動きが活発になったそうだ。


 森の中でも腕利きであったローザリンデは、秘宝を盗んだ下手人を捕えるために捜索しているという。


 冒険者になったのは、ギルドに加入していれば他国へ入ることも容易になるうえ、A級ともなればそれ相応の待遇で情報を集められるからだ。


 そしてイリスは『風の巫女』と呼ばれる森でも特別な一族で、唯一風の大精霊と言葉を介せる存在だったらしい。


 遥か昔、歴代の巫女の中には契約者も居たというのだからその重要性は推して知るべきだろう。


 国家の形が異なるため一概には言えないが、『風の巫女』はアストライア王国の王族的な立場。最初にそれを聞いた時は驚きを隠せなかった。


『つまり我に対するシズルのような立ち位置だな!』

「そう聞くと大したことない気がする……」

『何故だ!?』


 イリスがローザリンデと共に旅をしているのは、『風の巫女』だけが姿を消した風の大精霊を感じ取れるかららしい。


 つまり彼女達の旅は賊を見つけて秘宝を取り戻す事と、大精霊を見つけ出す事の二つだったようだ。


 そして三年間探し続けたものの、手がかり一つ手に入らない状況に焦りを感じた二人は、偶然にもフォルセティア大森林への護衛を依頼されたことで、一度里帰りを決意した。


 そこで里の者と情報共有し、再び旅に出るという話だ。


「っていうのが彼女達の話なんだけど……」

『大筋に不自然な所はないが……どうもきな臭い。問題はあの少女達が隠している事が何なのか……こればかりは本人達に聞かねば分からぬ』

「とりあえず手がかりが全くないわけじゃないんだ。まずはフォルセティア大森林に行って、話を聞くことが先決だね」


 そして、叶うならイリス達の信頼を得て話をしてもらえるようになる。


 自分のために涙を流してくれたイリスや、こちらに誠意を見せてくれているローザリンデを信じたい。


 だがそれでも、自分の障害となるならその時は――


「ん?」


 そう考えていると、コンコンと控えめに扉がノックされる。


『我は一度消える』


 そうして目の前からヴリトラが消えたのを確認し、シズルは扉を開ける。


 そこには柔らかい銀髪を肩まで伸ばした可愛らしいエルフの少女が、申し訳なさそうに立っていた。

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