第12話 平和な日常
シズルは中庭でルキナとユースティアと三人でお茶をしていた。
話題の中心は先ほどのジュリエットに対するホムラのことだ。
「ってことがあってさ」
「それは、ホムラ様らしいですね」
「ホムラ様はもう少し落ち着いた方がいいな」
今頃ローザリンデが間に入り、ジュリエットの攻勢に押されていることだろう。
将来の姉としてジュリエットとはたまに話すシズルは、彼女の性格をなんとなく理解していた。
一言で言うと、不屈。
異母兄弟とはいえ、ジークハルトと同じ血が流れているだけあった、とても強かで、しかも押すところは押す。
あれは敵に回したくない、とシズルは本気で思っていた。
「というわけで、俺はジュリエット様の味方なわけだよ」
「あの方のことは昔から知っているが、素晴らしい方だ」
「そうですね。私はたまにお話させて頂きますが、周りをよく見られているようにも感じます」
婚約者二人の評判も良く、聞けばメイドたちからの評判もいいらしい。
「まあ、もっと言うと兄上の暴走を止めてくれそうだっていう兵士たちからの評判が一番いいわけだけど」
「あ、ははは……」
「いかにホムラ様が普段から自由に生きているかがわかる意見だな」
いくらホムラでも、ローザリンデとジュリエットの二人に抑え込まれれば、そう簡単に自由にはなれないだろう。
完全にエリザベートの狙い通りというわけだ。
「あ、噂をすれば……」
少し離れたところで、ローザリンデに首根っこを引きずられるホムラ。その前にはジュリエットが満面の笑みで歩いていた。
「ジュリエット様、嬉しそうですね」
「あれは、決まったな。しかし貴族としてあれは……」
「兄上が本気で抵抗すればあれくらいの拘束は簡単に抜け出せるし、本人も納得済みなんじゃないかな」
「だが……いや、関係は人それぞれだし、私が口を出すのも野暮というものか」
まあ、貴族として注意するくらいはいい気もするシズルだったが、まあいいかと思う。
このあたり、ローザリンデもだいぶ丸くなった。昔だったら間違いなく、そこに直れ! と近づいていったに違いない。
「なあシズル、ちょっと不穏な空気がお前から出ているのだが?」
「なんでもないよ?」
「……まあいい」
シズル個人的には、彼女が柔らかくなったのは良いことだと思う。少なくとも学園にいたときは毎日気を張り詰めているような状態で、大変そうだったから。
だが今はルキナという対等の友人兼ライバルがいて、ジュリエットという上位の人間もいる。
それにどうやらエリザベートのことを相当尊敬しているらしく、彼女に教えを受けていること自体に感動しているようだ。
正直シズルからすれば、エリザベートになにかを学ぶというのは、これまでのトラウマがありすぎて怖いの一言以外にないのだが……。
「まあとりあえず、これでフォルブレイズ家の問題は解決かな」
自分にしても、兄にしても、義母上からしたら中々の問題児だったに違いない。
それがこうして落ち着いたのだから、感動ものかもしれないなと他人事のように思うシズルであった。
それからしばらくして、正式にジュリエットがホムラの婚約者になることが決まった。
それと同時に――。
「おめでとうローザリンデ」
『ロザリーが幸せそうで、私も嬉しい』
「あ、ああ……なんというか、自分がこうして誰かの伴侶になることなど想像もしたことがなかったから、未だに実感がわかないが……」
ローザリンデが正式に側室となることが発表された。
こちらは揉める可能性があったのだが、どうやら事前にエリザベートとジュリエットが根回しをしていたらしく、ローザリンデ自身も気付けばこの立場に落ち着いていたらしい。
「まあ兄上がローザリンデのことを離すはずがないからね」
「む……おいシズル、ちょっとからかってないか?」
「そんなことないよ?」
『あはは』
姉の明るい未来に対してイリスが笑い、俺も微笑ましい気持ちになる。
それと同時に思うことがある。
「最近はいいことばっかり起きてるから、そろそろなにか起きそうで怖いなぁ」
「おいシズル。変なことを言うな」
『シズルが言うと、本当に起きそう』
「ご、ごめん」
冗談で言ったつもりが、わりとガチで指摘されて自分でもちょっと怖くなってきた。
シズルは自他ともに認めるトラブルメーカーである。
学園に行けばトラブルに巻き込まれ、ダンジョンに行ってもトラブルに巻き込まれる。
もちろん、ダンジョンに限って言えば、そもそも行くなという話でもあるが、それはそれ。
とにかく、これだけ平和で穏やかな日が続くというのは、シズルの人生でも中々ないことだった。
「歓談中に失礼します!」
そんな風に思っていると、どうやら父であるグレンが王都から帰ってきたという報告が入ってくる。
フォルブレイズ家は貴族にしてはあまり堅苦しくないので、わざわざ入口にずらりと並んで出迎えをする必要はないが、それでもせっかくの父の帰還だ。
息子として、軽く不意打ちをしてやるくらいは良いだろう。
「おいシズル、悪い顔をしてるぞ」
「シズル様……」
「べ、別に悪いことなんてするつもりないし!」
二人に嫌われたくないので、今日は不意打ちするのを止めておこう。
まったく、運のいい父である、
「まあそれはそれとして、ちょっと迎えに行ってくるよ」
「あ、それなら私たちもご一緒しますよ」
「そうだな。義父上になるお方だ。それくらいはしておきたい」
「そう? まあうちは息子ばっかだし、可愛い女の子に迎えられたら父上も喜びそうだね」
「か、可愛い……」
「お、お前というやつは、いきなり……」
シズルの言葉に照れる二人に、シズルはなんとなく二人が愛おしい気持ちになる。
最初は二人を婚約者にするということに対して色々と思う事があったが、それも今はこの関係が普通のことなのだと思えるようになっていた。
「それじゃあ、三人で迎えに行こっか」
「はい」
「ああ」
こんな平和な日が続けばいい。
もちろん、最強になることは今でも目指してるが、それと同時にこの日常を守っていきたいと、本気で思うようになっていた。
正門の方に向かうと、すでにグレンが帰ってきているらしく、少々兵士たちが騒がしい。
そんな彼らもシズルに気付くと、まるで波が引くように道を作る。
そしてその先にいたグレンは――片目と片腕を失っている状態だった。
「おうシズル。悪いなこんな格好でよ」
「ち、父上……その目と腕は?」
「油断してやられちまった」
かかか、と豪快に笑う姿はいつも通りだが、しかし失った片腕はもう戻らないだろう。
グレンは強い。それこそ魔術なしではシズルもホムラもまだ勝てない強さだ。
そんな彼が、油断していたからといってこのような状態に出来る者など――。
「まあ、話は中に入ってからだ。ホムラにも色々と伝えねぇとなんねぇしな」
片目方腕を失った男とは思えないほどグレンの態度は普通で、逆にシズルは困惑しかない。
「シズル様……」
「シズル……」
二人の婚約者が心配そうにこちらを見ているが、それを気にしている余裕はなかった。
シズルはこの状況に頭が追い付かないまま、しかし言われた通り屋敷の戻る。
それ以外に出来ることがなかったから。
平和だと思っていた日常は、容易に崩れる。
そしてこれより、シズルにとって最大の戦いの始まりになることを、このときは誰もまだ知らなかった。
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