第20話 大精霊 

 どうやらこの大精霊は八歳らしい。


「ねえ大精霊様、質問いいですか?」

「うむ! しかし御子よ。随分と口調が堅苦しいな。まずは紅茶でも飲んでリラックスしてはどうだ?」

「ああ、ありがとうございます」


 どういう理屈か、物に触れられないはずの下級精霊が集まってお茶を入れてくれる。見た目はポットやカップが独りでに動いているのだから、ポルターガイストのようだ。


この雷龍の化身のような大精霊から放たれる強烈な存在感は、依然としてプレッシャーとなっているのだが、口調はずいぶんと砕けてフレンドリーだ。


 敵意がないのはよくわかり、シズルは言われるがままに紅茶を飲んでみると、これがまた美味しい。


「美味しいですね」

「ふふふ、そうであろう! 国中の雷精霊を総動員して探し出した一級品だからな!」

「なるほど」


 国中の雷精霊はご苦労様である。物に触れられない精霊達がどうやって探し当てたのかは、きっと重要ではないのでいったんスルー。


「その御子って呼び方ですけど、どういうことですか?」

「む、御子殿は雷神様から何も聞いていないのか?」


 雷神、という単語を知っているということは、この大精霊は自分が異世界から転生したことも知っているのだろう。そう判断したシズルは、下手に情報を隠さず話すことにした。


「はい。自分を間違えて殺してしまったので、【雷神の加護】を与えて転生させてくれた以外は何も」


 見ると大精霊は腕を組んで考えるような表情をする。人とは違うので、それが思っている表情なのかは分からないが。


「うーむ、御子殿には自由に生きて欲しいということか……であれば、あえて説明するべきではないかもしれないな」

「もしかして、俺の転生には何か意味があったんですか?」

「ああ、とはいえ今は語らないでおこう。雷神様もそう望んでいるだろうからな」

「そうですか。では俺も何も聞きません」


 相手を気遣う仕草といい、もてなしといい、この大精霊はずいぶんと思慮深い性格のようだ。とても八歳とは思えない。精霊の八歳がどんなものかは知らないが。


「ではとりあえず、俺の事は御子殿ではなくシズルと呼んで頂けたら」

「そうだな。では我のことは……さて我が名はどうしようか?」


 大精霊が少し困ったように首をかしげる。


「名前はないのですか?」

「我の事を呼ぶ者はいないからな。精霊達は敬意を持ち大精霊と呼ぶし、父である雷神様も生まれた時に大精霊としての存在意義を埋め込むだけ埋め込んでポイっと落としよった」

「ポイって」


 随分可愛らしい表現だが、それで実際落ちてきたのは世界を司る存在である。神様もそんな気軽に落とすの止めて欲しい。


「おお、そうだ良いことを思いついた! シズル、お主が我の名を決めてくれ!」

「……はい?」

「シズルがいなければ我も生まれなかった! そういう意味では我らは兄弟であると同時に親子のようなもの! であれば名を付けてもらうのにシズルほどふさわしい相手はいないな! うむ、今日の我は冴えている気がするぞ!」

「ちょ、ちょちょちょ、ちょっと待ってください!」


 いきなりとんでもないことを言う大精霊に一度ストップをかける。


「む、何だ?」

「情報量が多すぎます! なんですか俺がいなかったら大精霊様が生まれなかったとか! 兄弟とか! 親子とか! その辺りの説明からお願いします!」


 今まであえてスルーしてきた事柄だが、そろそろ限界だ。なにせ大精霊に名を付けるということは、この世界においては神に最も近い尊き存在に名を付けるということ。いくらシズルでも恐れ多い。


「む、確かにそうだな。さて、ではどこから話そうか」


 そう悩みながら、大精霊は語りだす。


「元々この世界に雷精霊、すなわち我らは存在しなかった。ここまではいいな?」

「はい。現状発見されている精霊は自分という例外を除けば、『火・水・風・土・闇・光』の六属性だけのはずなので」

「そうだ。しかしここでイレギュラーが発生する。そう、【雷神の加護】を持ったお主がこの世界に生まれたことだ」


 そこから大精霊は嬉々として話し始める。


 雷神によって産み落とされた御子であるシズルだが、そもそもこの世界に雷の精霊――すなわち雷神の眷属がいなかった。


 シズルを転生させてからこの事実に気付いた雷神は焦る。せっかく己の加護を与えたのにこのままでは宝の持ち腐れだ。


 慌てて雷精霊を生み出そうにも、世界のルールを捻じ曲げる行為。その世界における莫大なエネルギーが必要となり、流石の雷神もそう簡単な事ではなかったらしい。


「そこで雷神様が目を付けたのが、元々その世界にいる強大な力を持った存在を媒体に、新たな精霊を生み出す事だった」

「……それって、まさか……」

「そう、シズルが生まれてすぐに対峙した、災厄の黒龍ディグゼリアである」


 異世界からの侵略者を感じ取ったのか、都合よく黒龍はシズルを殺そうとやってきた。雷神からすれば飛んで火にいる夏の虫。すぐにこの黒龍を媒体にすることを決めたのだが、流石に神が簡単に介入するべきではない。

 

 さてどうするかと悩んでいると、膨大な無色の魔力が天に向かって伸びてきた。


「俺が魔力を暴走させたとき……」

「雷神様はシズルの魔力に干渉し、災厄と呼ばれる龍に神雷を落とした」


 その膨大な生命力すら一瞬で焼き払う神の雷は、黒龍の存在力と混ざり世界に新たな生命を誕生させる。

 

「つまり大精霊様は……黒龍を媒体に生み出された存在?」

「うむ。こうして我が龍の姿をしているのも、黒龍の力を基にしているからだな」


 自信満々に胸を張る大精霊を見ながら、シズルはようやくこの大精霊について理解した。


 八歳というのは、その言葉の通りだったのだ。


 黒龍が倒されてから八年、そしてシズルが誕生してから八年。つまりこの大精霊は言葉の通り、シズルと共にこの世界に生まれた兄弟のような存在なのである。


 そしてあの黒龍から神の力を使って生まれたのが雷の大精霊。それならこの圧倒的な存在感にも納得であった。


「はぁー」

「む、どうしたシズル?」

「いや、なんていうかスケールの大きさに圧倒されて、ちょっと疲れました」

「そうか、では菓子を出そう。これは我のお気に入りなのだ!」


 出てきたのは上級貴族が好みそうな甘いチョコ菓子。きっとこれも雷精霊達に探させた一品なのだろう。一口食べただけで頬が緩みそうなほど美味しい。


 本当にご苦労様であると、今度ねぎらう事を決めた。


「まあこれで分かったと思うが、我とシズルは同じ雷神様によって生み出された存在。故に兄弟であり、そして父子であるということだ」

「よく分かりました」

「ゆえに! 我らは対等の存在! そのようなへりくだった言葉はいらん!」

「いやこれはへりくだったわけじゃなく、敬意をもって――」

「いらんのだ!」

「あ、はい」


 どうやらこの大精霊、見た目こそ立派だが中身は子供のようである。そう言えばこの部屋を招待されたときも、そして紅茶や茶菓子を出した時も子供が自慢をするような態度だった。


 始めは違和感があったが、なんということはない。この大精霊、知識はあってもやはり八歳の子供なのである。


 そうとわかれば、なんだか随分と可愛い存在に見えてきた。見た目はかなり仰々しいが。


「わかったよ。そしたら俺はもう敬語を使わない。俺達は対等だもんね」

「うむ! それでいいのだ!」


 かなり嬉しそうである。もしかしたら生まれてからずっと話せる存在もなく一人だったのが寂しかったのかもしれない。


「それでは事情も分かった事であるし、そろそろ我の名を考えてくれ」

「……あー、そうかぁ」


 いくら自分と対等と言っても、いくら八歳とはいっても、相手は世界を支える大精霊。そんな存在に相応しい名など、自分につけられるだろうかと不安に思う。


「そうだなぁ……」


 大精霊を見ると、凄くワクワクした表情を作っていた。三白眼のためわかり辛いはずなのに、期待していることは凄まじく伝わって別の意味でプレッシャーを感じてしまう。


 ――ゼウス、トール、スサノオ、武御雷、セト、タラニス、ファフニール、ニーズヘッグ、アジ・ダハーカ、ナーガ、リントヴルム。


 ゲームや漫画など、前世の記憶を頼りに雷の神や龍を思い出しながら連想するが、中々しっくりと来るものがない。さて何かないかと考えつつ、ふと思いつく。


「雷龍……精霊……ヴリトラ?」

「おお……」


 ぽつりと呟いた名前に、大精霊が妙に感極まったような反応をした。


「え、何その反応。もしかして気に入った?」

「うむ! 良い、良いぞその名! 何故か心をくすぐる物がある!」


 ――それはきっと厨二の心だろう。


 そう思うシズルだが、まだ八歳なので何も言わない。


「あ、でもヴリトラって多分あんまりいい意味の龍じゃないかも……」

「構わん! 雷龍精霊ヴリトラ。我に相応しい強そうな名ではないか!」

「そう? まあ気に入ってくれたなら別にいいんだけど」


 いつの間にか大精霊が雷龍精霊になっていた。単純に連想ゲームで呟いていただけなのだが、確かに字面だけ見ればすごく強そうである。


「ふっふっふ! 我は雷龍精霊ヴリトラ! 世界の雷を総べる者である!」


 ヴリトラは凄く嬉しそうに名乗るので、何となく微笑ましい気持ちになる。心なしか、外で鳴り響いている雷の数も増えた気がするが、きっと気のせいだろう。


 それに名前をつけた瞬間、ヴリトラの存在力が恐ろしく高まった気がしたが、気付かなかったことにしよう。


「身体が軽い! 今なら何でも出来そうだ! 感謝するぞシズル!」

「うん、そうだね。この紅茶とお菓子、凄く美味しいね」

「ハッハッハ! ハーッハッハッハ!」


 そんな高笑いをするヴリトラの前で、シズルはひたすらお茶菓子を嗜む。


 とんでもないことをした自覚を持ちながら。

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