第39話 少女の覚悟
「思えば、あの時からだと思う。ジークハルト様が本当の意味で力を欲し始めたのは……」
それから四年。ジークハルトは復讐など考えず、ただひたすら己を高めることだけを注力してきた。
母親が殺されて以来、誰も己の傍に近づけず、ただ一人で黙々と強くなることだけを考えていたらしい。
「私は遠くから見ていることしか出来なかった。あの人がどれだけ己の身体を傷つけても、どれだけ血反吐を吐こうとも、近づくことも出来なかった。だからこそ、この学園の入学式でジークハルト様が言った言葉に驚いたのだ」
それまで誰も近づけないでいたジークハルトが、学園で仲間を募るつもりなのだと、ユースティアはそう思った。
そしてそこで作った仲間たちと、王宮の政争を乗り切ろうと考えているのだと思ったのだ。
王宮では考えられないほど親し気に他の生徒に声をかける仕草は、きっとそうだと確信した。
「だから、俺に声かけてきたんだ」
「……ああ。王国の壊剣とまで呼ばれるフォルブレイズなら、他の王子たちも手が出せないからな。それにお前の噂は遠い我が領地でも伝わってきた。私では無理でも、王国が認める神童であればきっとジークハルト様の力になると思ったのだ」
だからシズルにも声をかけたし、他の有力貴族には積極的に声をかけるようにしてきたと彼女は言う。
「まあ結果は、私の早とちりだったわけだが……」
シズルに対して自身の陣営に取り込む気はないと、彼ははっきりとそう口にした。
もしユースティアの思惑通りなら、間違いなく学園で一番の戦力であり、同時にローレライ公爵家も付いているシズルを取り込まないなどあり得ない。
それどころか、学園でもっとも敵の多いエステルを傍に置くなど、やっていることが矛盾しているようにも思えた。
「結局のところ、王子はなにを狙っているんだろうね?」
「……ジークハルト様はノウゲートを指して力だと言い切った。そしてローレライの言う通りで正常な判断のもとに動いているとすれば、あの方は何かを起こそうとしてるのかもしれない」
「うん」
つまるところ、今回の事件の首謀者はエステル・ノウゲートだけでなく、ジークハルト・アストライアも絡んでいる可能性が高いということだ。
「だとすれば、私はどうすればいいのだろうな?」
「……え?」
そう言う彼女の表情は、とても辛そうだ。
「私の人生は、これまであの方のためにあったようなものだ。ジークハルト様を王にするためだけに、厳しい教育を受け、あの方を支えるために様々なことを学んできた。だが、私はいらないと、はっきり言われてしまって……」
それはきっと、シズルには想像もできない辛さなのだろう。彼女の人生すべてを捧げてきた男に不要と言われる気持ちなど、わかるはずがない。
「ラピスラズリ様……」
隣のルキナも心配そうに彼女を見る。
「……すまない。本当はわかっているんだ。ジークハルト様がやろうとしていることは、この王国すべてを仇為す行為。そして自らを破滅に追い込む行為だ。だがなシズル、ローレライ。私は、それでもあの方が望むことをしてあげたいと、そう思うんだ」
「……」
美しい水晶のような瞳に涙を浮かべながら、ユースティアは己のやるべきことと、やりたいことが異なり苦しんでいる。
理性では分かっているのだ。だがそれでも、感情が、そしてこれまで歩んできた人生の土台すべてが、王子を支えることを望んでいる。
「なあシズル。私はどうすればいい?」
「……」
「私はあの方を支えたいのだ。守りたいのだ。だが、だがあの人にとって私は不要で、必要なのはエステルのような力で……」
「ユースティア……俺には、君が望む答えを用意してあげられない」
シズルは今、ユースティアが望んでいる言葉を理解していた。理解して、あえてその言葉を選ばなかった。
「俺が言えることはただ一つだけだよ」
「……なんだ?」
「エステルは君の敵だ。だから、叩き潰す。そしてそれを邪魔するやつがいたら、まとめてぶっ飛ばす!」
まるで父グレンや兄ホムラのように、あえて乱暴な口調ではっきりとそう宣言する。
「俺の友人のユースティア・ラピスラズリを泣かせたからね。そんなやつらに遠慮なんてしてやる気はないよ」
「……シズル」
「その途中で、もし君が邪魔するならそれでもいい。だけど俺はそんなことじゃ止まらないよ? 王子を叩き潰して、目を覚まさせてあげる」
「っ――ぅ、ぅぅぅ」
その言葉にこれまで我慢していたユースティアは、まるでダムが決壊したように涙が溢れ、そのまま崩れ落ちるようにしゃがみこむ。
「うわぁぁぁぁぁぁ‼」
そうして、誰の胸も借りず、ただ一人で泣き崩れるのであった。
それが彼女の覚悟で、十二歳の子どもがするには重すぎる想い。だが、だからこそ彼女は国母に相応しい強い女性なのだと思う。
シズルはただ泣き続ける少女が、己の感情をすべて出し切るまでただ黙って待ち続けた。
それは隣にいるルキナも一緒だ。二人はユースティアが再び立ち上がることを信じて待ち続けた。
そして――。
「……お前たちは、本当に酷いやつだ」
まるで幼子のように泣き続けたユースティアは、その瞳を赤く腫らしながらも、いつものように凛とした態度で立ち上がった。
「覚悟は決まった?」
「……さあな。今はともかく、再びあの方の前に立ったらどうなるかわからん」
「まあ、君がどんな選択をしても、俺は変わらないよ」
微笑みながら体内の魔力を少しだけ放出さえて、自身満々にそう言うとユースティアは儚げな笑顔を見せる。
「お前の力を、ジークハルト様は天災と例えたことがある」
「へぇ……酷い言い草だね。天災だなんてさ」
別にその日の気分で力をふるったことなど一度もない。
そんなことをするのは自分をこの世界に転生させた雷神か、父グレンか、兄ホムラか。とそこまで考えて、身近な人間が感情的に動きすぎることに気付いてしまった。
「俺の周り、好き勝手する人多すぎじゃない?」
「お前が誰を想像してるのかわからないが、私から見ればお前も一緒だよ。そして今だから思う。この学園に、いや同年代にお前がいてくれて、心からありがたい」
その言葉で、彼女がどういう選択をしたのか聞かなくても分かった。
彼女は決めたのだ、戦うことを。己の人生をかけて進んできたその道から一歩踏み出し、支えると決めた男を守るために。
シズルはユースティアの想いを尊重する。そして、彼女の心の在り方に敬意を抱いた。
だからこそ、守りたいと思う。そして、この思いは決して愛情ではない。この思いは、友愛の心だ。
「なら、やるべきことは一つかな」
「ああ、これ以上あいつの好きにはさせない。そして、ジークハルト様には、あのような邪の道など歩まず、ただひたすら王としての道を歩んで頂く」
「王子に聞き入れてもらえなかったら?」
「ふっ……決まっている」
――その時は、全力で張り手をして、力づくで言うことを聞かせるだけだ。
満面の笑みでそう言う彼女を見て、シズルはユースティアの全力のビンタはきっと、ものすごく効くだろうなと勝手に想像するのであった。
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