第33話 ユースティアの覚悟
「さあ、やるわよ!」
シズルが教室に入ると、エリーを中心とした女子生徒たちが集まって円陣を組んでいた。
「なにこれ?」
「シズルか。まあなんというか、うむ」
それを遠目で見ていたユースティアに尋ねると、彼女は彼女で困った顔をしている。
そうして少し事情を聞くと、どうやらエリーがまとめ役となってノウゲートを糾弾しに行くらしい。
まとめ上げて婚約者が向かわないようにすると言っていたのに、まさかたった一週間程度で全てをひっくり返してしまうとは予想外もいい所である。
「可笑しいな。あの時のベアトリス嬢、結構冷静に見えたんだけど」
「エリーはああ見えて面倒見もいいし、周囲に流されやすいからな……それにどうやらいつの間にか、ミディール以外の上流クラスの男子まで落とされ始めているらしい」
「うそ、あれからまだ一週間も経ってないんだけど」
「ノウゲートは異常だな……もはやまともな相手とは思えん」
すでにシズルもエステルが普通でないことは理解していたが、それにしても侵攻が早すぎる。
少なくとももっと身近な一般クラスを制圧するまでに相当時間がかかっていたはずなのに、これではまるでどんどん力を増しているかのようだ。
「いや、もしかして……」
「どうした?」
「ノウゲート嬢は、自分の信者を増やすたびにその能力が強くなってるのかも」
「……なるほど」
パッとエリーたちを見ると、その数はすでに十人以上。これを見るだけでも、上流クラスの半分近い男子が落とされたことになる。
「……恐ろしい。今は学園の中で住んでいるが、これがもし王宮であれば、国が崩れるぞ」
「これ以上はもう放置できないか。王子はなんて?」
「それが……我々の好きにするといいと言うだけで」
「んん? それってどういうこ――」
シズルがそう尋ねようとしたとき、エリーたちが再び声を上げ始める。どうやら今からエステルに突撃する気らしい。
「シズル行くぞ」
「あれ止めに? 凄い怖いんだけど」
目が血走っている女子たちの前に突撃するのは、いくら最強の魔術師を目指しているとはいえ怖いのだ。
あそこに向かうなら、心配そうに見ているルキナの方に突撃したいと思う。
そう思うがユースティアが向かうので、一人にはしておけない。彼女と一緒にエリーたちの進行方向へと足を進め、そして彼女たちの前へと立つ。
「そこまでだお前たち」
「どいてティア。アンタだってわかってるでしょ。誰かがあのクソ女を叩きのめさないとこの学園が壊れるわ」
「わかっている。だがお前たちが向かったところで状況は解決しないだろう?」
「するわよ!」
ユースティアの言葉に止まる気がないのか、エリーはだいぶ感情的になっているようだ。
他の女子たちの剣幕もだいぶ怖く、シズルもあそこに入るのが躊躇わざるえない。
それでもユースティアは一人毅然とした態度で彼女たちの前に立つ。
「今のお前たちは感情的になり過ぎだ。そのまま向かったとして、良い結果が出るとは到底思えない」
「婚約者が奪われたのよ⁉ それで冷静になれって方が無理でしょ!」
「だからわかっている。お前たちが憤る気持ちはよくわかるつもりだ。だがそれでも、あの女は危険だ。お前たちをそのまま向かわせるわけにはいかない」
「じゃあどうするのよ⁉」
普段はユースティアに対して従順な他の生徒たちまでエリーに触発されたのか声を荒げ始める。中には感情が抑えきれないのか、その場で蹲り泣きだす少女まで現れる始末だ。
もはやこれは止めることなど出来ない。そう思ったシズルだが、ユースティアの一言で流れは一気に変わることになる。
「話なら、私が付けてくる」
「……え?」
「お前たちの気持ちは十分に分かった。私が一人であの女と話をして来よう。これだけ学園を乱したのだ。もちろん相応の罰を受けてもらうつもりだ。だからお前たちは少し待て」
学園で最も権力の強いユースティアがそう言ったことで、女子たちの動きが一瞬止まる。ユースティアがそう宣言するということはつまり、公爵家が動くということと同義だ。
王家に次ぐ権力を持つラピスラズリ家。
ユースティア本人も王子のことを考えて、出来ることなら大事にはしたくなかったはずだ。
何故なら彼女の宣言は、学園という治外法権の中でさえ、権力を行使すると宣言したことに等しいのだから。
「ティア……アンタ、自分が何言ってるのかわかってるの?」
「仕方あるまい。ことはもはや学園内にとどまらない事態まで発展しているのだから」
「そっか……ごめん」
「お前は悪くないさ。私だってもしジークハルト様が奪われるようなことがあれば、とても冷静でいられるとは思わないからな」
「でも、そのせいで……」
「気にするな」
エリーとユースティアの会話を聞いた他の令嬢たちも、そしてエリー本人も先ほどまでの怒りは落ち着いたらしく、意気消沈といった様子で黙り込む。
彼女たちも、ユースティアまで巻き込むつもりはなかったはずだ。
この学園内はともかく、一歩外を出れば公爵家の権力は絶大。そして、たかが男爵家の令嬢風情がこれだけの事態を巻き起こした時点で、もはやエステルの命はないに等しい。
その最後の引き金を、ユースティアに引かせる。それがこの瞬間に確定した。
「……ユースティア」
「なんだシズル。お前までそんな顔をして。言っておくが、これはもう確定事項だ。ノウゲートはクランベル伯爵家令嬢の婚約者であり、公爵家次男のミディールを誑かした。そのような危険因子、生かしておけるはずがないだろう?」
彼女の表情はどこか苦しんでいるようにも見える。
それはそうだろう。大人びているとはいえ、ユースティアはまだ自分と同じ十二歳。
そんな少女が相手の命を奪う選択を選ぶなど、精神的負担は相当なものに違いない。
「ほら、お前たちももう解散しろ。明日には全部終わって、いつもみたいな日常に戻してやるから」
だがユースティアは弱みを見せない。これが、将来王女として立つことを望まれた少女。
ジークハルトという、過酷な立場で生まれた男を支えるために歩く少女の生き様。
その姿はとても刹那的にも見え、彼女のことを思うと少しだけ苦しくなる。それと同時に、その在り方を格好いいと思った。
その時、背後の扉が開く。
「ふむ……なにやら騒がしいな」
入ってきたのは、この国の第二王子にしてこの学園の頂点に立つ男、ジークハルト・アストライア。
そして――。
「なんだか皆さんおかしな空気ですね。もしかして何か嫌なことでもあったんでしょうか? ねえ、ジークハルト様?」
「……え?」
その声を呟いたのは誰だろう。
自分かもしれないし、ユースティアかもしれない。エリーかもしれないし、もしかしたらその場にいる令嬢の誰かだったのかもしれない。
何にしても、誰が声を上げてもおかしくない状況には間違いないのだ。
なにせ――。
「……ジーク、ハルト様?」
「なんだユースティア? そんな呆けた顔をして」
「隣の女は……私の見間違いでなければ……ノウゲートではありませんか?」
ジークハルトと共に教室に入ってきたのは、つい先ほどまで騒ぎの原因とされてきた、エステル・ノウゲート。
「……ふむ、それがどうかしたか?」
そして、ジークハルトはまるでそれが当たり前のように、肯定するのであった。
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