第25話 イリスの正体

――お前は本当に真実を知りたいか?


 ローザリンデから告げられた言葉は、まるで今ならまだ引き返せるぞと言わんばかりの物だ。


 その言葉を聞いて、シズルは自身が思うことを伝える事を決めた。


「あのねローザリンデ。俺はさ、知らなかったんだ」

「……何の話だ?」


 突然前後の会話を無視して語りだしたシズルに、ローザリンデは困惑した様子を見せる。


 無理もない。これから話そうとしていることは、ヴリトラ以外誰にも語った事のないシズルの心の内側なのだから。

 

「知らなかった……母上の身体が、命が長くないことを、俺だけが知らなかったんだ……」


 無知。シズルにとってそれは罪だ。


 シズルが生まれた事により発生した分岐点。それによって大きく運命を変えた女性の事を、自分は何も知らなかった。


「俺は馬鹿だった! 自分は特別だと思い込んで、もう少し大人にさえなれば母上を回復させられると何となく思っていた! そんな時間なんてどこにもなかったのに!」


 父であるグレンは知っていたのだ。義母である侯爵夫人も知っていた。イリーナの世話をしている者達や、マールですら知っていた事実を、自分だけが知らなかった。


 それは本人の意思だったのかもしれない。


周囲の人間も、自分という才能を潰さないようにずっと黙っていたのかもしれない。


 だが誰よりも原因を理解しているシズルにとって、母の苦しみに全く気付かず、与えられた環境に満足して生きてきた事は到底許せるはずがなかった。


 命に関わるほど苦しかったはずだ。


なのに母はいつも笑顔で、まるで辛い事なんて人生に何もないと、ただ自分シズルが傍に居るだけで幸せなんだと語ってくれていた。


 それをずっと信じていた。


 その笑顔を見て、まだ大丈夫、自分がいつか治してみせる、などと悠長なことをずっと考えていたのだ。


 それが、全く的外れな考えだとも知らないで。


「嫌なんだよ……知らない所で誰かが苦しんでいるのを無視して前に進むのは……嫌なんだ」


 これだけローザリンデが真剣に言うのだ。きっと聞かない方がいい話なのだろう。


 聞かなければ、ローザリンデは風の大精霊ディアドラを復活させて、上手く話が進み、エリクサーを手に入れられるのかもしれない。


 そうすれば――母を助けられるのかもしれない。


 その過程で犠牲になった誰かを見ないふりさえしてしまえば、それで全ては上手くいく。


 ただ――その選択を選べるほど、シズルは心を鉄には出来なかった。


「ねえローザリンデ。俺がこの話を無視したらさ、二度とイリスとは会えなくなる気がするんだ」

『っ――』


 その言葉に反応したのは、覚悟を決めているローザリンデではなく、隣でずっと黙って座り込んでいたイリスの方だった。


「俺はさ、同年代の友達ってほとんどいないんだ。だからこうして旅をして、色々な話をした二人は初めて出来た友達なんだと思ってる」


 色々隠し事の多い二人だったが、一か月近い時間をずっと一緒に過ごしてきて、二人の人となりは分かっているつもりだ。


 ローザリンデは真面目な騎士のような性格。


だけどまるで融通が利かないわけでもなく、色々と細かいところまでフォローをしてくれた。


 イリスは小動物のような雰囲気を持っているが、ホムラと二人で暴走した自分達がローザリンデに怒られる姿を笑ったりなど、意外な一面もある。


 ルキナは婚約者でヴリトラは相棒。そしてマール達は家の者はみんな家族だ。


 【世界最年少ドラゴンスレイヤー】にして【奇跡の子】。


シズルというハイブランドの名は、同列に立てる者などほとんどいない。


 だが、この二人は違った。シズルの二つ名などまるで知った事ではないと言う風に、当たり前の隣人として共に在ってくれた。


「最初は迷っていたけど、もう迷わないよ。俺は友達を犠牲にして、前に進むなんてこと絶対にしない」


 シズルにとって、それがどれだけ嬉しい事だったのか、きっとこの二人は気付いていないのだろう。


「たとえそれを知った事で後悔するとしても、何も知らずに気付かない所で誰かが泣いているよりはずっといい。だから――」


 シズルは覚悟を決めた瞳で前を向く


「だから全てを教えて欲しい」

「……」

『……っ』


 そう言ったシズルに対し、ローザリンデは目頭を抑えながら天井を仰ぐ。


隣のイリスなど我慢できなくなったのか、瞳からは涙を流して顔を伏せてしまった。


 しばらく無言の時間が進む。普段は騒がしいホムラですら、今は腕を組んで黙ってシズル達の言葉を待っているくらいだ。


「……どうやら私は、お前を見誤っていたようだ」


 そうしてポツリと、ローザリンデは言葉を零してから、シズルを真っ直ぐ見る。


「すべてを語ろう。お前には、きっとその資格がある」


 ローザリンデはそう言ってから語りだした。


「イリスは風の巫女。ただし、それはお前達に語った意味合いではない」


 以前聞いた『風の巫女』とは、大精霊と言葉を介せる唯一の存在だったはずだ。だが、真実は違うと言う。


「この子はディアドラ様が最後の力を振り絞って生み出した『大精霊の御子』。そしてその役割は――」


 ――大精霊ディアドラの代わりに精霊の魔力を集め、その身と共に大精霊に捧ぐ巫女である。

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